反射的に振り返ったシンジだったが、そこに思いがけない人物を発見してしまって目を丸くした。
「アスカ?」
積んである機械の影に隠れていたらしいのだが、身を乗り出して、倒し掛けてしまったらしい。
必死になって、崩れないようにと押さえていた。
慌てて駆け寄り、手を貸すと……
「リツコさんまで……」
リツコはシンジを無視すると、勢いよくゲンドウへと詰め寄った。
「……」
「……」
無言で見上げて来るリツコに、ゲンドウはシンジへと言葉をかけた。
「シンジ」
「うん……」
それだけで了解し、行こうとアスカを誘って外に出る。
困惑しながらも、見比べてしまうアスカであったが……
──タッ!
結局、シンジに従った。
二人が出ていったのを確認してから、ゲンドウはリツコへと意識を集中させた。
「……何故、ここに居る」
リツコは唇を噛み締めた。
「いつから……」
言葉を必死に搾り出す。
「いつからご存じだったのですか」
「何をだ」
「全てです!、このっ、黒き月のこと!、白き月のこと!、エヴァに使徒っ、その全てを!」
ゲンドウは一拍間を空けた。
「くだらん」
「!」
「報告は君の所にも回っているはずだ、それが全てだ」
リツコはひゅうと、奇妙に息を吸い込んだ。
怒りでその顔がどす黒く濁っていく。
「全てを知った上で……、利用していたわけですね」
「何を言っている?」
「とぼけないで!」
吐き捨てる。
「わたしはっ、母さんとは違うわ!」
それを叫んだ瞬間、ゲンドウの雰囲気が急激に変化した。
重く、威圧を放ち始める。
「うっ……」
後ずさり掛ける、しかしリツコは堪えた。
「かあ……、母さんにも、何も教えずに、利用して、捨てたくせに」
勢いが怯みかけた怒りを盛り返していく。
「あの人が……、ユイさんが死んで、すぐに母さんとっ、あんな……」
唇を震わせる、拳もだ。
脳裏に浮かぶのは、まだ誰も居ない、完成したばかりの発令所での光景だった。
灯が入れられておらず、暗い中、腰かけているゲンドウと母が口付けを交わしていた。
もっとも、のめり込んでいるのは母だけだった、この男は冷めた目をして、瞼を閉じようともしなかったのだから。
「わたしはっ、良いように利用された母とは違うわ!」
「だから何だ」
「!?」
「君には、利用するだけの価値があるのか?」
「なっ!?」
「それとも嫉妬しているのか?」
「!?」
「自分よりも研究にのめりこんだ母親、彼女をその研究よりものめり込ませたわたしを意識した、そんなところだろう」
冷静に分析されてしまうと損だった。
明晰過ぎるが故に自分を振り返ってしまうのだ、そうすると頭に血が上っているからか、彼の言い分にも一理あるような気がしてしまう。
反論が上手く浮かばない。
空回りをする。
「では訊ねよう」
ゲンドウは逆に問い詰める。
「ならば君は下の者に情報を隠匿していないのか?」
「それは!」
「機密として押さえず、全て公開しているのか?」
リツコの足が震え出す。
何故だろうか?、目の前の男の目がサングラス越しに見えた、それで分かった。
ぞっとする。
(敵と見られてる、何故!?)
何故も何も無いだろうが、そういうことではないのだ。
単純に、機密に触れたから、そんなことが原因ではないと感じる。
では何故?
(あ……)
リツコはゲンドウの姿にシンジが重なって見え、気がついた。
(ああ……)
納得する。
それでも口を衝いて出た言葉は……
「だ……、からと言って、司令が隠した事に、変わりは」
その返答には、意外な言葉が返された。
「そうだな」
「!?」
手首を握られ、引きずり寄せられる、抵抗を試みるが、相手の方が上手であった。
──唇を奪われる。
悔しさに歯噛みする、しかしリツコは気がついてしまっていたから、罪悪感から逃れ切れなかった。
──この男と母との間に、どのような交感があったのか?
それは本人達のみが知る物なのだ、それを自分は、勝手な想像と思い込みから踏みにじってしまった。
シンジが、何を感じ、どう思って来たか?
彼が全く理解されず、一方的な都合で唾棄され続けて来たように……
同じことをもって、この男を傷つけてしまった、どこかシンジに肩入れしてしまっていたものがあったからだろうか?
拒絶は、シンジへも同等の傷を与えるように思えてしまい、リツコはなされるがままに堪えようとした。
「ちょ、ちょっとシンジ!」
アスカは焦った。
何故だかシンジを怒らせてしまったらしいからだ。
リツコを追ってあのような場所に入り込んでしまった。
先にリツコに見つかり、隠れるのだと引き寄せられた。
レイの話になったようなので、身を乗り出して……
──そして、あのような事態になってしまった訳である。
「ね、ねぇ、シンジ……」
恐る恐る訊ねる。
「レイに……、使徒がコンタクトしようとするって、どういう事なの?」
シンジは急に止まって振り返った。
顎を引いて、酷くアスカを睨み付ける。
「シン……、ジ」
まるで敵を見るような目だと思った。
「あの……、あたし」
ふうと息を吐く声が聞こえ、プレッシャーが消えた。
顔を上げると、そこにはもう元通りのシンジが居た。
「……アスカ」
「なに?」
「アスカが選んでくれるなら……、教えてあげるよ」
「選ぶ?、選ぶって……、何を」
真剣に。
「僕と一緒に、生きるかどうか」
「え……」
「他の誰も頼らず、僕だけを信じて、みんなを疑って、誰とも関らず、何も打ち明けずに生きてくれるのなら、教えてあげるよ」
「そんな!」
シンジはその言葉に薄ら寒く笑った、しかしアスカはシンジの目を見て、何故だか傷つけてしまった事を悟ってしまった。
「シンジ!?」
「なんでもないよ、……さっきの話、レイにはしないで」
「どうして!」
「レイが傷ついても良いなら、そうすればいいさ」
そう、と……
「聞いた話を、相談とか、悩みとか、言葉をすり替えて、話題にしちゃって、噂をばら撒いて、傷つけることもある……、アスカは昔、そういうことをやっただろう?」
アスカは喘いだ。
それ以外に出来なかった。
好奇心から訊ね、どうしても一人の内側にはとどめておけなくなり、話してしまう、そんなこともあるだろう。
ポロリともらしてしまう事も、勢いから口にしてしまう事も、色々とある。
アスカは、シンジが何を懸念しているのかに気がついた。
それもまた、昔、シンジを傷つけてしまった、一つの事件であったから。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。