言いたいことも言わせてもらえない、何かを口にすれば皮肉られて素直に受け取っては貰えない。
 そんな状況では、無口になるしか無いだろう。
 それはもうイジメなのだ。
 アスカはそんな状況に対して、酷い良心の呵責を覚えていた。
 今なら認められる。
 シンジに対して……、したことであると。
(シンジ……)
 ──他の誰も頼らず、僕だけを信じて、みんなを疑って、誰とも関らず、何も打ち明けずに生きてくれるのなら、教えてあげるよ。
 だからその告白が、落ち着いて考えれば、どれだけ心を開いてくれていた物なのか良く分かる。
 いや……
 わからなければならないはずのものだったのだ。
(あたしは、そう選ぶんだって、思われたわけ?)
 シンジとだけ生きるより……
 この世界に、沢山の希望があるのだと。
 より大きな喜びを望んでいるのだと。
(シンジ)
 アスカは一人食堂に残って苦悩していた。
 テーブルの上に、震える手を組み合わせて。
 シンジが一緒に生きてくれ、と望んだ時、確かに自分は躊躇した。
 迷ってしまった。
 考えは加速していく、それをシンジはどう取ったのだろうかと?
 そこまで好きとは思ってない?、あるいは将来後悔するような、心残りがあるのだろうと?
 だから、あっさりと切られてしまったのだろうか?
 分からない。
 分からない、が……、しかし。
(レイの秘密……)
 アスカの意識、問題はそこへと集約していった。
(そっか、そうなんだ……)
 カヲルの時、レイの時、他にもだ。
 幾度か見たシンジの顔、どこかで見た表情。
 余りに古い記憶だったので、今まで思い出せないでいた、けれど。
(あれって……、あたしがシンジを『利用』し始めた、最初の頃に……)
 ぐっと唇を噛み、思い出す。
 何かを諦めたように、脅え、目を逸らすようになった……
 幼い頃の、シンジの姿を。


「やあ」
 悠々と通路を歩いていたカヲルは、正面から歩いて来るシンジとレイに挨拶をした。
「帰るのかい?」
「うん、カヲル君は」
「僕もだけどね……」
 ちらりとレイへ視線を送ったが、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
 苦笑する。
「まだ顔を出す所があるから……、一緒に帰れなくて残念だよ」
「うん……、じゃあ」
「また明日あす……」
 ビィーと、突如耳障りな警報が鳴り響いた。
「非常警報、使徒かな?」
「行くよ」
「うん」
 カヲルが駆け出し、シンジが走り……
 レイはやや遅れて、迷いながらも後を追った。


 ──発令所。
 飛び込んで来たのはアスカであった、シンジ達は既に整列している。
「遅いわよ」
「ごめん」
 謝罪、どちらもそれほど深刻には捉えていないのか、ミサトは先へ進もうと、アスカは先へ進めてくれと雰囲気を放った。
「使徒よ、発見されたわ」
「タイプは?」
「新種よ」
「またぁ?」
 そこで、プシュッと扉が開いた。
「遅れてすんません!」
 トウジはアスカの隣へと並んだ。
「使徒ですか」
「ええ」
「それで、攻撃パターンはどうなってるのよ?」
「それが……」
 ミサトは妙に困惑して見せた。
「目からの怪光線に、手を使ってのブレード、後はATフィールド」
「はぁ?」
「確認出来たのはそれだけよ」
 いつものごとく真っ暗な世界で、赤外線が映し出すモノクロの怪物が、ふわりと浮き上がっては無人戦車を切り裂き、爆発させていた。
「案外……、第三使徒のプロトタイプのような存在かもしれないわ」
「第三使徒の?」
「ええ、MAGIもその可能性を示唆しているわ、……まだ対使徒戦の兵器が揃ってない頃なら、プロトタイプでも奥地にまで斬り込めたはずだもの、その内の一体が機能停止に追い込まれて、眠ってしまっていたんじゃないかってね?、自動兵器である使徒だもの、自己補修を繰り返して生き残った可能性も」
「そんなことはどうでもいいわ」
 アスカは長演説を切り捨てた。
「で、どう攻めるの?」
「……そうね」
 ミサトは一同を見渡した。
「……初号機はまだ修復中、稼働可能なのは三体、S機関搭載型であるレイには回収を請け負ってもらうわ、いつものシンジ君のポジションよ」
「はい」
「アスカとトウジ君で先鋒、いいわね?」
「っていつもの組み合わせじゃない」
「そやな」
 だが、と。
「少しは鍛えたんや、いつもみたいにヘマはせん」
「じゃ、みんな配置について」
 はい、っと元気の良い返事が聞けた。


 ──プシュッとエアの抜ける音がする。
 プラグスーツは裸で着込んだ後に、まず襟首を締める事で内部を密閉し、中の空気を一度に抜いて、体を丸ごとパッキングするような仕様になっていた。
 アスカは隣の音に顔を向けた。
 レイが静かに着替えている、どこか……、いつもと違った雰囲気が窺えた。
 苦みが生まれる。
 森で見た、シンジとの抱擁が思い出される。
(なにがよ)
 アスカは自己を確認した。
 シンジを好きかと問われれば違う、違うと思う、そんなことを言っていたくせに。
 今は独占欲を盛り上げている、あるいは妬心か?
(ちっ)
 内心舌打ちしてしまった。
 ──なんでアンタが抱きしめてるのよ。
 アンタのせいで、あたしは避けられてるってぇのに。
 そう言いそうになる、だがアスカは懸命にそれを堪えた。
 口にしてしまえば、きっと彼女を悩ませる。
 それはシンジを追い込む事にも繋がってしまうから。
「レイ」
 レイはびくりと震えてから顔を向けた。
「え?、な、なに?」
「……」
 瞼を閉じて、すうっと一回、深呼吸をする。
「悪かったわね」
「え?」
「学校のこと」
「あ、ううん、いいけど、もう……」
 それを聞いてから、アスカは背を向けて、自分の頬をぴしゃりと挟んだ。
「アスカ、行くわよ」
 小さく呟く。
 レイはアスカによって困惑を与えられてしまった。
 それがいつもなら思い付く、戦闘前に行っていた『儀式』を忘れさせてしまった。
 このことが後に、苦労となって跳ね返って来てしまうことを……
 この時にはまだ、思い至れず、レイはアスカを行かせてしまった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。