「ふうん?、それでふてくされていると、そういうことなのかい?」
 学校からの帰り道である。
 トウジはカヲルに事情を説明し、ついでに感情を吐き出していた。
「そや!、そりゃわしの力が向かん事は分かったけど、そやかて」
「仲間外れは嫌なのかい?」
 ふぐっとトウジは言葉に詰まった。
 正に図星を突かれたからだ。
「嫉妬したところで始まらないさ」
 ただねぇ……、とカヲルの視線はあまり好意的ではない。
(そんなに『死』に近づきたいのかい?、君は)
 役立たずになりたくはないだろうが、それにしてもその力の使いみちには色々な方向性があるはずだ。
 戦闘はその一つでしかない、ましてや戦闘における状況の中にあっても様々だろう。
 それを忘れて、役立ちたい……、いや。
 目立ちたいとぼやいている。
(好きになれないタイプだね、君は)
 シンジやレイ、アスカのそれとは明らかに違う動機に嫌悪感さえ感じてしまう。
 薄っぺらいプライドのためだけに喚いている、そんな気がする。
 シンジが賭けているものは謎だ、だがアスカやレイはそんなシンジに不憫さを感じて付き添っている。
 あくまで使徒との戦闘は自分達が解決すべき問題に対する障害にすぎない、だからこそ相対している。
 必死になって。
 理由が余りにも違い過ぎる、しかしカヲルは口にしない。
(まあ、人の価値観なんてそれぞれのものさ)
 口にしたところで彼は反発するだけ、決して認めはしないだろうと諦めている。
 だが、さらに正直に言ってしまえば……
(まあいいさ)
 ということになってしまう。
 所詮は他人事なのだ。
「そう言えば、昔は三人で仲良く暮らしていたそうだねぇ……」
 ならそう心配せずとも、上手くやっているだろう、カヲルはそう考えたのだが……
 それは実に甘過ぎるほどに甘過い判断と言うものであった。


 シュッシュッとレオタードから伸びる拳や足が振り回される、その度にシャツとレオタードで吸い切れない汗が飛ぶ。
 しばらくすると、きゃっとレイが足をもつれさせて転がった、その瞬間、アスカのこめかみでぶつっと異常な音がした。
「だぁ!、もうやってらんないわよ!」
 トレーニングルーム、組み手の『形』を演じていたアスカは、喚きとともに練習を放棄して、レイに血走った目を向けた。
「あんた鈍過ぎるのよ!、合わせるとかどうとか以前に!」
 レイも分かってるのか、ううっとしゅんとするだけである。
「練習ったって!、行動が読めてもどうにも出来ないなら無駄じゃない!、ミサト!」
「はいはい」
「エヴァを使ってジオフロントで訓練ってわけにはいかないの?」
「……またそんな無茶を」
「でも時間が無いんでしょ!?、このままじゃ進まないじゃない!」
 シンジはミサトの隣で腕組みをし、瞑目したまま何も口にしなかった。
 ──実は同じことを考えていたからである。
 もちろんレイの身体能力はそれなりにある、かと言って、疲れ知らずと言う訳でも無い。
 アスカほどの持久力が無いのである。
 その上、自分とは全く違ったアスカの行動パターンを模して動こうとすれば、普段使っていない筋肉が酷使されて悲鳴を上げる。
 レイはアスカが喚き散らしている間にも、腿を揉んで懸命に痙攣を抑えようとしていた。
 ──ぎゅっと唇を噛み締めて。
 こうなっているのは自分が悪い、いくらそうではないと告げられたとしても納得出来ない自分が居た。
 やるべき事、出来る事を全てやらずに、今ここに居る。
 それだけで堪え難い悔いが発生し、レイの心を蝕んでいた。
「シンジクン……」
 レイは傍に膝を突いたシンジに感謝した、シンジの手が剥き出しの腿を撫でると、酷いくらいの熱が発生し、体を急速に癒してくれた。
 ──ヒーリング。
 それもトウジに施された様なものとは違って、これはアスカの分野のものだった。
『加速』による細胞の活性化。
 熱の発生はそれに伴うものだ、レイはくぅっと、悶えるような声を発した。
「……ごめんなさい」
 弱気なレイにアスカは激昂する。
「謝ってる場合じゃないでしょうが!」
 言葉を容赦無く叩きつける。
「やるしかないってのに!、これじゃあ鈴原と組んだって変わらないじゃない!」
「……」
「いっそのこと鈴原と組んでパワーアタックでけり付けた方が良いかもね!」
「アスカ言い過ぎよ」
 あっと、調子に乗っていたアスカは俯いてしまっているレイに気がついた。
 しかし今更取り消せるものではない。
「……シンジ君」
 ミサトは一つ溜め息を吐いてから命じた。
「レイと合わせてみてくれない?」
「僕が、ですか?」
「ええ」
 真剣に。
「レイの『エヴァ』を模倣して」
「……わかりました」


「さぁて、どうなっていることやら」
 トレーニングルームに入ろうとしたカヲルは、やってらんないとのアスカの叫びに首を傾げた。
「はて?、おっと」
 どんっと飛び出して来た人物とぶつかった。
 アスカだった。
 はっとしたように顔を背けて駆けて行ってしまう。
「泣いていた?」
 室内を見ると、シンジもまた走って来た。
「カヲル君、ごめん!」
 慌てて後を追いかけていく。
 カヲルはますます首を傾げて室内に目をやり……
 不安げにおろおろとしているレイと、あちゃーっと自策に自滅したミサトを見付けてしまった。


 何があったのか?、簡単な事だった。
 レイの第三眼に合わせてシンジが同じ力を発動させた。
 その結果は……
 ──共振作用。
 思わずミサトが呟いた。
「01が無事なら迷わずシンジ君とレイを出すところね」
 だからアスカはキレたのだ。
 暫く走っていたアスカであったが、やがて足を止めてすんっと鼻をすすった。
「頭……、冷やさなきゃ」
 くっと何かを堪えて我慢する。
 トウジに対して役立たずだからってヒネるなと思っていたはずなのに……
 いくら疲れていたからと言って。
「おうっ、アスカじゃないか」
「加持さん」
 アスカは彼を見付けてはっとした。
「だめ!、こっち来ないで!」
「おっと、悪い」
 シャツを引っ張り下げて下半身を隠そうとするアスカの態度に、加持は理由を見て取ったのか背を向けた。
 練習で汗をかいているし、大体、着ているものも着ているものだ。
 恥ずかしい。
「そういや特訓中だったな?、どうだい、出来は」
「……」
「その様子だと、上手くいってないみたいだな」
「……うん」
(うん、か)
 シンジは隠れ聞いて、少々ではないショックを感じてしまった。
 それは余りにも無防備過ぎる、正に『女の子』の声であったから。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。