「なんでじゃあ!」
ガンッとトウジは手短な壁を殴りつけた、ケージに音が反響する。
整備員達が哀れみを含めた同情の視線を向ける。
それを感じ取れるのだろう、トウジは振り向こうとはしなかった。
──そんな彼に声をかける。
「時間はあるわ……、暇なら医務室に行って『ヒーリング』を受けてくれば?」
怪我の多さは戦闘が激化して来たことを指す。
同時にこの遺跡、黒き月の中央に近づいていると言うことは、それだけ防衛網が強くなって来ていると言う事も指している。
これからはエヴァだけを頼りにする訳にはいかないと、ごく一部であったがチルドレンの動員が行われていた。
「怪我なんぞしとらん!」
「頭冷やして来いって言ってんのよ」
呆れるアスカだ。
これはアスカに対してシンジが忠告した事を聞き、リツコなりに判断を付けた結果であった。
頭に血が昇っている、と俗に言われる状態は、つまりアドレナリンが過剰に分泌されてしまっている状態をさして言う。
心理的なものは根本において直せずとも、考え方などは心の持ち様である。
辛い出来事は体に鬱をもたらす、それが心理的な状態に負荷をかける。
ならば逆もまた、だ、体調が整えられれば、心理的な負担は軽減されて当然だろう。
人はそれが可能な生体として『創造』されている。
アスカの言ったヒーリングとは、それに関係しているものだった、頭に血が昇っているのなら、ヒーリングによって過剰に分泌されているものを平常の状態に保ってもらえば『気が楽』になる。
とにかく興奮していては、まともに働くなど不可能なのだ。
頭を冷やす、と簡単に言ってしまうがそうではない、興奮状態を治めてもらって来い、そう言った意味で伝えたのだが……
(だめね、そんなことも分からなくなってるようじゃ……)
そのヒーリング班の面子は、当然のごとくクラスメートから選抜されているのだ。
それでどういったことをするのか?、教室で盛り上がった覚えがあった。
『なんや、裸まで見られとんのに、頭まで上げられんようになんのかぁ?、かなわんなぁ』
裸……、は先日の大怪我のことを指し、頭はヒーリングをカウンセリングの補助として用いるかもしれないとの話から来た表現であった。
退却したエヴァがケージにて補修を受けている頃。
シンジは難しい顔をして、待機部屋でレイの相手を務めていた。
「……」
何も言えない、とはこの事だろう。
「あたしが……、ちゃんと『未来視』をやってたら」
慰めを言う。
「けど……、二人とも無事だったんだから」
レイはベンチでうなだれたまま、激しく頭を振って髪をばたつかせた。
そしてそのまま黙り込んでしまう。
「……でも」
シンジは続けた。
「仕方ないって、僕が出られないからって、力はなるべく温存ってさ」
困ったように。
「01の修理が終わるまで……、僕は出せないからって、ミサトさんはレイを温存するつもりだったみたいだし」
「……」
「もし何かあった時、僕は動けないから、レイに回収してもらうしかないって、ミサトさん考えてたみたいだよ」
溜め息を吐く。
「だからレイに力を使わせて、疲れさせたりしたくなかったみたいなんだ、だってアスカと鈴原君の二人がかりでどうしようもないなら、レイが全力でかかっても二人を回収出来るかどうか分からないんだからね」
それには戦闘向きでないとの理屈も付随する。
「まあ、敵の特性は分かったんだから……、今度は三人掛かりで」
呼び出しが掛かった。
『ファースト及び、サードチルドレンは……』
「って、え?」
きょとんとする。
「僕も?」
シンジはスピーカーに向かって問いかけた。
「互いを修復し合う使徒に対しての戦法は一つしかないわっ、二点同時の過重攻撃よ!」
──作戦会議室。
力説するミサトを余所に、シンジはその隣のリツコへと問いかけた。
「でも末端に攻撃を集中しても仕方ないんですよね?」
ええ、と肯定。
「アスカの燃焼による使徒の『火傷』は全体の28%に達しているわ、これを修復するには相当の時間が必要なようね」
あるいは、と。
「自動兵器である思考形態から、拠点防衛を行っているのか、とにかくあそこから動こうとはしてないわ」
「はいはいは〜い」
アスカ。
「今のうちってのは?」
「無理ね」
「どうして?」
「無理をすれば動けないことはないでしょうから、一瞬で分裂した事からも分かるように、『割き口』が奇麗なほど修復は容易なんでしょうね」
「ナイフで切り裂かれるよりも、のこぎりで切られた傷口の方が痕が酷く残るって事?」
「使徒は焼けただれた皮膚の下で新しい組織を作り直しているのよ、新しい皮膚の方が修復速度が速まるんでしょうね」
肉体の修復とはすなわち細胞の分裂だ。
奇麗に断ち切られた場合は分裂も容易だが、煮る、焼くなどの目にあった場合、変質してしまって遺伝子に異常が発生してしまうのだろう。
「だからただそれだけのことで、現在の状態でも戦闘力に支障があるとは考えづらいわ」
実際、その移動は歩行というよりも浮遊に近い。
攻撃方法も手によるブレードと閃光のみだ。
体などあればいいだけで、関節を動かす必要性など無いだろう。
「全く」
アスカは毒づく。
「それで?」
「……過重攻撃については、全体を通して同時に行う必要性は無いわ、まあ、その方が損傷を与えるって意味では好ましいでしょうけどね」
シンジはようやく、そういうことかと納得した。
「つまりコアに対してタイミングがあえばそれで良いんですね?」
「ええ、その一瞬を逃さないように合わせられれば、でもね」
ピッと、正面モニターに分裂後の使徒の様子を映し出す。
「……気がつかない?」
「なによ?」
「……」
「あ」
言葉を発したのはレイだった。
ミス……、というわけでもないのだが、やはりやれることを忘れていたのが悔やんでも悔やみ切れない状態らしい。
だから今まで会議に集中して、完全に黙り込んでしまっていたのだ。
「二つとも動きを揃えてる」
「ご明察」
よくできました、とリツコは続ける。
「使徒は互いに『情報』を共有していると思われます、その方法は不明ですが……」
あるいはシンジ達のような……、思考のやりとりを。
その考えを、今は関係ないとリツコは無理矢理内に抑えた。
「全く同じタイミングで、全く同じ傷を負わせようと思ったら、こちらも全く同じに動いて見せるのが最良でしょうね」
「そんなこと、出来るんですか?」
「できるようになるしかないのよ!」
いきなり声を張り上げるミサトである。
……どうやら無視されている状況に堪えられなくなったらしい。
「そこで!、レイとアスカとシンジ君の三人にはこれからユニゾンの訓練に入ってもらいます」
「ユニ?」
アスカはきょとんとした。
「なによそれ?」
「要するに互いの考えを読んで、攻撃を合わせられるようになれってこと」
「じゃなくてぇ」
頬を膨らませる。
「フツウ、ユニゾンって二人でやるもんじゃないの?」
「アスカとレイとじゃ、能力に差があり過ぎるのよ」
リツコだ。
「お世辞にも攻撃に適しているとは言い難いレイの『エヴァ』では、あなたの戦闘力に追随するなんて不可能よ、そこでレイの00には、シンジ君に同乗してもらいます」
「なんですって!?」
「これは先日のあなたとのタンデムから結論付けたことのなの、足りないのなら補えばいい、……もちろんあなたの能力を制限してレイに合わせてもらう方法もあるけど、それでは勝つなんて無理でしょうしね」
リツコは爪先でしゃがみ込んでしまったミサトを隅へ追いやった。
「わしは……」
「トウジ君にはバックアップに回ってもらいます」
「なんでですか!」
「……単純な理屈よ」
はぁっと、感情的になった相手には理詰めで言い含めるしかない、リツコは声の質を硬くした。
「……シンジ君を除けば最大の攻撃力を持っているのはアスカよ、シンジ君を外すのはレイとあなたのどちらを選んだとしても、攻撃力の補強に回ってもらわなければならないから」
「……」
「で、残りのどちらを選ぶかだけど……」
ねめつけるようにして、緊張の面持ちを作る二人を見比べる。
「トウジ君を選ぶなら、それは本当に一からの訓練となるわ、それでは間に合わない、けどレイには『第三眼』があるもの、アスカの行動を読めるはずよ」
トウジは苦々しく顔をしかめ、背けた。
またかとその顔には張り付いていた、どうしてこう、力をつけたと自信を付ける度にくじかれるのだろうかと。
「それで、訓練の時間は?」
「使徒の再生速度から完全修復迄には約十日の余裕があると見ているわ」
「十日……、ね」
なんだ、結構余裕あるじゃない、とアスカは安心した、しかし……
「二度目は無いから、そのつもりでね?」
リツコにきっちりと、釘をさされた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。