室内に音楽が鳴り続ける。
それに合わせて三人は型を踊り続けていた。
正拳から左の蹴り、もう一度右のパンチ、そしてそのまま前に倒れるようにして浴びせ蹴り。
一見すればぴたりと揃っているように見えるのだが……
「はいはいはい、そこまで」
パンパンと手を打ち鳴らして動きを止めたのはミサトであった。
その表情はとても渋い。
「ん〜〜〜、なぁんか違うのよねぇ」
格闘パターンを煮詰めて、状況に合わせて出す技を決定していく。
持ち技を限定する事で互いの考えを読みやすくする、それが狙いなのだが、もちろんどんな事態が訪れるかわからないだけに、臨機応変さを捨てよと命じるこの作戦にはリスクが大きい。
それでも三人の戦闘レベルを同じ高みで揃える事こそが絶対条件なのだ。
この作戦は。
だが……
「まあ良いわ、今日はここまでにしましょう」
はぁいとアスカ。
「汗かいちゃった、レイ、シャワーに行きましょう?」
「え?、あ、うん……」
シンジに何かを話しかけようとしていたのだが……
アスカはそんなレイをからかった。
「なぁによぉ、別に部屋に戻ってからでもいいじゃない、嫌でも一緒に居なきゃならないんだから」
「そうだけど……」
「はいはいはい、ごちそうさま、……それともシャワーに誘ってみる?」
「え?、……えええええ!?」
「シンちゃん背中流してあげるぅ!、なんてね?、……って本気にするなぁ!」
シンちゃあんっと飛び付いていくレイに怒鳴り散らす。
──その一瞬。
アスカはシンジの目を見てしまった、自分を見て、どこか辛そうに揺れていると、アスカは何故だか感じてしまった。
LOST in PARADISE
EPISODE21 ”疼き”
「ふう、すっきりしたぁ」
シンジとアスカとレイの三人は、体内時計も合わせるとかで半ば無理矢理本部の宿泊施設に閉じ込められていた。
天井に下げられているスピーカーからは、一日中同じ音楽が流れている。
タイミングを合わせるために、一定のリズム、テンポを学んで、基準にする。
そういうことなのだが……
ともかく、アスカは髪をタオルで拭いながら現れた、奥のシャワールームからだ。
レイはまだ浴びているらしい。
ベッドの上のシンジは、ちらりとアスカの格好を見やった。
タンクトップにランニングシャツの無防備過ぎる組み合わせだ、その上、上は下着を着けていない。
単に寝る時息苦しいので、ブラをしない主義らしい、これには最初参っていたシンジであったが、今では多少赤くなるだけで済むようになっていた。
(第一、さ)
シンジは多少暗く落ち込んだ、脳裏に浮かぶのは楽しげに談笑するアスカと加持の姿である。
(未練がましいんだよね、僕ってさ)
壁にもたれ、膝を三角にしたまま、手に持っていた雑誌で顔を隠した。
広げて読んでいるふりをして、考える。
(第一、避けてたのは僕だろう?、それを今更)
シンジは明確に二人の関係に嫉妬しているのだと自覚していた。
そして同時に、そんな自分に対して酷い自己嫌悪に陥ってしまっていた。
「勝手なんだよな……、僕って奴は」
「ん〜〜〜?、何か言ったぁ?」
小型の冷蔵庫から牛乳パックを出すアスカにシンジは焦った。
「ん、別に……、独り言」
「そう?」
「うん……、だから気にしないで」
アスカの柳眉が僅かに反応を示す。
「あのねぇ、そういう言い方、気になり過ぎるんだけど?」
「……ごめん」
「まったく!」
ちなみにこの部屋にはオーディオがある以外なにも無い、練習出来るようにだろう。
四角形に近い部屋だが、トイレとバスがある。
板張りのわりには冷えない、暖房床かなぁとボケたことを言ったのはシンジである。
並べられている布団はアスカとレイのもので、シンジのはふたりの枕許に横向けに並べられていた。
気になるじゃないのよ、とボソリと聞こえたのだが、シンジは無視した。
訊ねられても困るからだ。
(ショック……、受けてるんだよな、結局、僕はさ)
それがシンジのムカツキの原因であった。
「ふう……」
ちゃぽんと音を鳴らして腕を伸ばす、ザァ……、と湯を割って現れる白く細い手。
レイは『玉の肌』と言うには奇麗過ぎる腕を指先でなぞるようにして遊んだ。
「……」
再び湯に沈めて……、ついでに体もずらして口元まで浸かり、ぷくぷくと泡を噴く。
(シンジクン……)
レイは気がついていた。
シンジの目が、変わっている事に。
(やっぱり好きなんだ、アスカのこと……)
ずきんと胸が疼いてしまう。
レイは左の胸を押し上げるようにして、その柔らかさの奥にある空洞を抑えようとした。
どんなに楽しい事も、その『空しさ』が全て呑み込んで消し去ってしまいそうに思えたからだ。
(加持リョウジ、さん、か……)
好きじゃない、と思う。
(あの感じ……、人を詮索する、嫌な感じ)
すれている、そう言ってしまっても良い、レイは男性を見る目に関してはシビアだった。
男の悪癖や気持ちの悪い自分勝手な論理など、それこそ腐るほど見て取って来たレイである。
シンジほどの『ピュア』さがないと感じられる。
(アスカ……)
忠告したのに、と思えたが、止められないものなのだろうと諦める。
(頼れる大人、か……)
碇ゲンドウ、自分にとってはあの人がそうだと思う。
それが恋心に移行せずとも、初恋と言う意味では自分もシンジではなく『あの人』だったかもしれないのだ。
──自覚できない内にシンジに出会ってしまったが。
それでも、信頼や信用となって今でもその感情は息づいている、アスカがさらに進んだものを加持と言う人に対して持ったのだとすれば?
(邪魔する権利なんて、ないもんね……)
痛ましい、と思ってしまうのは、その考えが自分の中にあるものではなく……
きっとシンジの立場であると思えてしまったからだ。
かつてアスカ本人の口から聞かされたこと。
好きかどうかで言えば、そんな感情は持っていない、ただ謝りたくて追いかけて来た、それが本当。
シンジからも聞かされた、いつからアスカの中の罪悪感は、恋愛感情にすり変わったのか?
(残酷なんだ……、本当のことって)
敏感なシンジのことだ。
もう悟ってしまっているだろうと想像がついた。
誰にも相談出来ずにもやもやとしていたアスカが初めて出会った頼れる相手。
それに対して、果たしてどのような感情が芽生えてしまうのか?
いつしかレイは第三眼を開いていた、くるくると球体が回転している。
じっと紅い瞳で凝視する……
その球体の中に見えているのは、加持に懐いていくアスカの姿と、それを見てぎゅっと目を瞑り、顎を引いて震えてしまっているシンジの姿……
(もう遅い、のかな……)
確かにシンジのことは好きだし、独占もしたいが……
これは違う、と心の何処かで思ってしまうレイだった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。