え?、とシンジは横向いた。
そこにはアスカが立っていた。
それもタオルを体に巻き付けた、たったそれだけのあられもない姿で。
「うっ、うわぁあああああ!」
胸元でタオルを合わせ押さえているアスカは、どこか艶のある挑発的な目をしていた。
「お・ま・た・せ・☆」
「なななななっ、なにやってんだよ!」
んふっとアスカ。
「何って、背中を流してあげようと思ってね♪」
「もう洗ったよ!」
「そう?、ま、良いじゃない、前は良く一緒に入ったんだし」
「いつの話してるんだよ!」
「ん〜〜〜?、だから今のアタシを見せてあげようって言ってるんじゃないのよ」
湯船に手を置いて体を倒し、胸元を見せる。
「もう丸二年近く付き合ってるってのにぜんっぜん手ェ出して来ないじゃない?、ちょっとプライド傷つくのよねぇ」
「わぁああああ!、取るなぁ!」
シンジは慌てて顔を背けようとした、が。
アスカがタオルを取る方が早かった。
「あ……」
呆然としてしまった。
裸だ……、と思っていたアスカが、小さな水着を着ていたからだ。
くっ、っと笑いを堪えたものに我に返る。
「な、なんだよもう!、騙したな!?」
「からかったのよ」
怒るシンジの鼻先をピンと弾いて……
「今のアンタの顔!、耳まで真っ赤になっちゃって、おっかしぃ!」
ぺたんとお尻を落としてげらげらと笑う。
シンジは拗ねたように唇を尖らせた。
「悪かったね、からかい甲斐があって」
悪意が無いとしても、やはり気分の良い物では無かった。
昔の記憶が掘り起こされる。
『ねぇ、キスしようか?』
そう誘われて、からかわれた記憶が蘇って来る。
あの時と同じじゃないかと。
「……」
シンジはどんどん嫌な気分になって来るのを感じて湯を出ようとした。
「あっと、待ちなさいよ」
アスカはシンジの肩を押して湯へと戻した。
その膝の上に横座りになって自分も沈む。
──ザァ……
溢れた湯が流れ出た。
「アスカ?」
「見せてあげるって言ったじゃない」
頭をもたげてシンジに預ける。
高校生二人が入るには狭い湯船だ、特に横向けのアスカには窮屈過ぎる。
その分、身を小さくしてシンジへと預けようとするものだから、シンジは彼女がバランスを崩さないように抱くしかなく……
「ねぇ」
アスカの声にどきりとなる。
「レイ、アンタと寝たの?」
シンジは呼吸を止めてしまった。
「……うん」
「そう……」
「アスカ?」
怪訝に思う。
彼女は怒りもしなければ呆れもしなかったからだ。
「怒ってないわよ」
そんなシンジの気持ちを鋭く見透かす。
「アンタから引き込んだってんなら別だけど……、違うんでしょ?」
「うん……」
「だから……、これは対抗心」
アスカはシンジの両手を取ると、自分をきつく抱き締める様に組み合わさせた。
胸を下から持ち上げるようにさせる。
「アイツより、大きいでしょ」
「あ、あの……」
「シンジってさ」
アスカは鋭く斬り込んだ。
「ドーテイ?」
激しく動揺する。
「あっ、当たり前だろ!?」
「そう……、そうなんだ」
もぞりと腰を動かすアスカだ。
──お尻に当たるものが気になったのかもしれない。
シンジは気付いていなかったが、先日の戦闘の時も今回と似たような状態であった。
フィードバックを受けるためのプラグスーツは、人の目から肌を隠す役割を果たしてはくれても、服のように刺激から守ってくれるわけではないのだ。
風も感じるほどに敏感に刺激を伝えてくれる、その上、あの時シンジは興奮からか『勃起』していた。
それを直接抱きつくようにして押し付けられたのだ。
今の恥ずかしさの比ではない、今は下着代わりの水着があるが、あの時は裸に抱きつかれたも同然に感じた、エヴァから降りたアスカが、真っ赤になってぼうっとしていたのも、ある意味やむを得ない事だったのだ。
「シンジってさ」
アスカも健康的な女の子だった。
「もうしてるのかと思ってた」
「え?」
「……他の誰かと」
そういうことに対して興味がないわけではない、いや、むしろ彼と決めた相手が居るのだから加速する。
「デートばっかりしてるしさ、キスも、その先だって」
「……」
「ねぇ」
不安を告げる。
「アタシって、そんなに魅力ないかな?」
「そんな……」
「じゃあ……、どうして何もしないのよ?」
今こうしていても顔が近い。
ぷくりとした唇がすぐそこにある、ほんの少しだけ勇気を出せば彼女は目を閉じてくれる、そんな気がする。
──それでも。
踏み出せる勇気が無い。
顔を背ける。
「僕には……、何も無いから」
「シンジ?」
「僕には、昔酷い事をされたってこと以外、アスカに構ってもらえる理由なんて何もないから」
「……」
「それと……、これとは違う気がする」
アスカは何かを言い募ろうとした。
それこそ、それとこれとは違うのだから。
罪悪感と、好意、好きと言う気持ち。
──シンジと同じように、昔は仲が良く、好きだった。
順番から言えば、好きが最初にあったのだから、と、しかし。
「んん〜、シンちゃんここぉ?」
がらっと戸が開かれた。
「な!?」
ぎょっとするレイ、そして。
「なにやってるのよぉ!、アスカぁ!!」
一気に寝ぼけ眼から覚醒した眼光鋭い赤い瞳に、アスカはちっと舌打ちをした。
「あちゃ〜」
顔を押さえて天を仰ぐミサト、その隣では加持が引きつった笑みを見せていた。
シンジを挟んでそっぽを向き合う二人、あまりにも険悪で互いを全く見ようとしない。
頬を膨らませて、二人はシンジと腕を組んでいた、隙きあらば、と自分の側へ引っ張り合いをしている、右がアスカで、左がレイだ。
針の筵に座らされているも同然のシンジは、助けて下さいと縋るような目をして憔悴していた。
「こりゃ作戦は失敗したようなもんだな?」
「呑気なこと言わないでよ」
肘打ちをするミサトである。
「アスカ、レイ」
強権を発動する。
「命令よ、シンジ君から離れなさい」
いや、っと反射的な反抗の意志が返される。
「アスカが」
「レイが」
『離したら!』
二人はシンジ越しに睨み合った。
「シンちゃんはアスカなんかにくっつかれても嬉しくないってさ」
「レイこそ、あんたがくっついたからって嬉しがる奴なんて居ないわよ」
ぐにゅぐにゅとシンジの腕と肘で胸の形を変えて見せる。
「ねぇ?、シンジィ」
甘く囁き、耳に息を吹き込む。
(どこでそんなこと覚えて来るのよ?)
ミサトは悶えているシンジに哀れを感じた、露骨に反応してしまえばレイがキレる。
それを察知してか、必死に堪えるシンジが少し可哀想になったのだ。
「あのねぇ」
しかし、そんな気遣いを止める横槍が入れられた。
「やあ、何をもめているんだい?」
一斉に視線が向けられる、助かった、邪魔者、どうしてここにいるのか?、と。
カヲルはいつもの飄々とした態度のままで口を開いた。
「シンジ君」
「な、なに?」
「……司令の命令だよ、今日中に目処が立たないようなら、今回に限り僕とシンジ君で殲滅に当たるそうだよ」
これに反応したのはミサトである。
「あなたが!?」
「ええ」
「でもエヴァが無いわ!」
「問題ありませんよ」
肩をすくめる。
「先程弐号機とのシンクロに成功しました」
「なんですって!?」
「シンクロ率は五十前後と惣流さんには及びませんが」
「あんたっ、乗ったの!?、あたしの弐号機に!」
「まあね」
射殺さんとする視線を受け流す。
「僕の『エヴァ』は知っているだろう?、増幅されたそれはATフィールドを完全に中和する、『完全』に、だ」
困惑する一同に対して、シンジだけがその意味を知る。
「まさか……、カヲル君」
うん、と頷いた。
「君も知っているんだろう?、ATフィールドは心の壁だと言う事を」
意味深であるが、言うことは簡単だ。
心の発するエネルギーが障壁として具現化しているのなら、もしそれを完全中和すればどうなるか?
生物は心を失い、死ぬのだ。
「僕一人では無理でも、エヴァと言う増幅器を使い、さらにシンジ君と共振効果による効果の拡大を行えば」
「通じる……、か」
「ちょ、ちょっとシンジ!」
アスカは焦った。
シンジがカヲルの言葉に乗るということは、自分の存在意義に関るからだ。
使徒殲滅の立場を失ってしまえば、このようにシンジに四六時中張り付く事など出来なくなってしまう。
と同時に、レイはレイで不機嫌さを倍加させていた、もちろんこれは気に食わないからだった。
カヲルと言えば突然やって来てケンカを売って来た相手である。
今は温厚に見えても、やはり根底では信用し難い面を持つ、なによりも彼は自分よりもシンジをより理解しているふしがある。
それが、気に食わない。
アスカとレイの利害は一致した、ふたりは素早く目を見交わすと、気付かれない程度に頷いた。
「さっ!、練習よシンジっ、時間がないんだからね!」
「え?」
「そうよシンちゃん、今日中になんとかしなくちゃならないんだから」
「え?、え?」
なんだろう?、そう思って助けを求め、大人達を見ると……
「な、なに?」
「まあまあ」
どうやら助けにはならないようだ。
シンジと同じようについていけないミサトを押しやり、加持はカヲルに問いかけた。
「これが狙いかい?」
カヲルは口の端を釣り上げる。
「いいえ、全ては本当のことですよ、まあ……、司令の狙いはこれで良いのかもしれませんけどね」
加持とカヲルは苦笑し合った。
──元々気の合う二人である。
意気投合してしまえば、後はそう難しい事では無かった。
(なんだよ、それ)
シンジが呆れるほどの上達ぶりだった、むしろシンジが置いていかれるほどだ。
やむを得ない、とシンジは『力』を使いずるをしてまで、アスカとレイの『ダンス』に追随した。
──そして、決戦の日が訪れた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。