「それじゃあ、作戦を確認します」
 重々しく口を開くミサトを前に、シンジ、アスカ、レイ、そしてトウジとカヲルが神妙な面持ちをして並んでいた。
 場所は本部発令所である。
「鈴原君」
「はい」
「先鋒を担当、使徒を分離状態に持ち込んで」
 ちらりとメインモニターに目を向ける、そこでは再生を終え、元通りの一体に戻った使徒が通路を浮遊し進んでいる。
「敵分離後、速やかに交代、レイ、アスカ」
『はい』
「必勝パターン、叩き込んであるわね?」
「もちろんよ!」
「無敵の十連コンボ、成功させます」
 あたたたたた、と筋肉痛に情けないレイ。
 そんなレイに苦笑し、ミサトはシンジに顔を向けた。
「サポートよろしく」
「はい」
「渚君」
 ミサトの呼び掛けにカヲルは顎を引いたまま頷いた。
「どこまでやれるか、わかりませんよ?」
「ジョーカー……、いえ、切り札なのよ、あなたはね」
 誰にとっての、とは口にしない。
 使徒か、あるいはチルドレンか、それとも……
 ──人類に対しての、か。
 何を思ってこのような危険な能力者を保持し、送り込んで来たのか?
 ミサトだけではなく、他の誰もその真相は知らない、それでもだ。
(使える物は……、使える内は、使わせてもらうわ)
 パンとミサトは手を打ち鳴らした。
「それじゃ、総員配置について」
 ──はい!
 その威勢の良い返事は子供達からだけでは無くて、発令所全体から返された。


LOST in PARADISE
EPISODE22 ”檄”


「しっかしまぁ……」
 とある機体を見上げ、アスカは呟く。
「こんなものまで持ち出すとはね……」
 アスカが呆れているのは、先日叩きのめしたあのアルファであった。
 そのタイプツー、『オメガ』、かなりエヴァに近い形状に変更されているが、それはネルフ職員の手が入った結果であった。
 子供達も動員されて、再設計されたこの機体は、実に思い切った戦闘仕様に全てが作り直されている。
 この点は、子供達だけではどうしても成しえなかった問題であった。
「本当は、故意に与えなかった知識だったのよ」
 そうリツコが口にしている。
 どれだけ『力』によって想像力が飛躍しようとも、人間には育った環境から来る発想の限界と言う物が存在するのだ。
 そのための純粋培養……、第一中学校などの保護、確保はそういう意味合いもあった。
 並みではない彼らに『残酷』という概念を与えた時、どれだけ突き詰めたものを実現してしまうのか?
 それは考えるだに恐ろしい事なのである、だからわざと、『兵器』と言ったものの『悲惨さ』、『酷さ』、『恐ろしさ』を教えなかった。
 触れないように注意していたのだ。
 ──今回、その禁が破られたのである。
「人の愚かさを感じるよ」
 アスカは背後からの声に振り返った。
「……」
 なんと声を発するか迷い、結局アスカは口をつぐんだ。
 馬鹿らしくなったからだ、心配してやる理由など無いと。
「あんたの趣味?、あれ」
「まあね」
 機体は白銀に染め上げられていた。
「他にもこの『遺跡』から発掘された技術が色々と組み込まれているよ、都合上、あれは4号機と呼ばれる事になった」
「はぁ?」
「エヴァなんだよ、あれは既に、ね……」
「どこが?」
「大昔、僕達のような存在がエヴァを作った、それは侵入を防ぐためだった、そして今、僕達は新たなエヴァを創造する、それは彼らを解き放たないため……」
「……」
 カヲルは口元に皮肉を浮かべた。
「時々考えるよ……」
「なによ?」
「大昔、もしかすると同じことが試みられたんじゃないかってね?」
「……」
「この奥に封じるべく、使徒と呼称される兵器が大量に投入された……、そうは考えられないかい?、それに抵抗するためにエヴァが生産されたんだ、……今の状況に良く似ているよ、だとすれば、この戦いの先にあるものは……」
 ギッとアスカは睨み付けた。
 言うな、と。
 それに対してカヲルは苦笑すると、ゆっくりとかぶりを振って、了承の意を告げた。
 確かに、決して口にして気持ちの好い想像では無かったからだ。
 ──力を恐れた群集に、この地の底に封じられてしまう様など。
(そうさせぬために僕達は『有り様ありよう』を示さなくてはならない、そのための『裁判官』である僕、そして……)
 アスカを無視して、レイを伴ってやって来たシンジへと目を向ける。
(執政官、か……)
 哀れみを含める。
(辛い道を歩むね、君は)


「零号機……、ゼロ、か」
 カヲルが行き、一人となったアスカはシンジの傍に歩み寄った。
 レイと並んで、シンジの背中をじっと見つめる。
「あんたに動かせるの?」
「……動かすのは、レイだよ」
 そう言えば、とアスカは思う。
 いつからレイと馴れ馴れしく呼ぶようになったのかと。
(そりゃあ、ね……)
 暫くは隣の部屋で、半同棲のようにどちらがどちらの部屋と言う事も無く暮らしていたのだ。
 親しくなって当然だろうが……
(でもあの頃はまだ、綾波って呼んでた……)
 シクシクと疼く、胸が。
 アスカは慌てて否定した。
(大丈夫、まだ『取り戻せる』、きっと……)
 ぽんとレイの肩を叩く。
「それじゃあたし、あっちだから」
「あ、うん……」
 レイはそんなサバサバとした態度に戸惑いながらも頷いた。
 去って行くアスカを見送り、目をシンジへと戻す。
(シンジクン……、気を抜いてる?)
 アスカが傍に居ると、シンジの肩に力が入っているように見える、その状態をいつものものとして見ているアスカには、この変化には気付けないだろう。
 それを寂しく感じて、レイはシクリと胸を傷めた。
 ──しかしそれもまた早計なのだ。
(行ってくれたよ……)
 シンジが気にしているのは、実はレイのことだった。
 秘密の一端を知ったアスカが、レイに相談しないとも限らない。
(まずいよねぇ……、父さんもフォローしてくれたら良いのに)
 脳裏に何とかしろとニヤリと笑った、底意地の悪い父の顔が浮かび上がってしまう。
 はぁ、すぅと深呼吸を幾度か行い、シンジは顔を作り直した、固く、強ばらせて。
 ──笑みの形に。
「行こうか?」
「う?、うん……」
 釈然としないレイに気付いていながらも無視をする。
 それは隠し事をするための態度であった。
 ──互いにずれた思い込みをして胸を痛めたまま、エヴァに乗り込む。
 先ずはレイが乗り込み、その後にシンジが続いた。
 ぬるりとした感触は馴染んだ物だが、その次にシンジは気持ち悪さを味わった。
(……02もそうだったけど)
 生理的に受け付けないのだ。
 完全な生体ではなく、補助的に機械が組み入れられている、それはまるで歯を作り物に代えられてしまった様な違和感を『感じ』させる。
 これはエヴァが感じている違和感だった、フィードバックによってパイロットへと伝えられる物である。
(よく、これで……)
「なに?」
「あ、なんでもないよ……」
 そう?、とレイは首を捻る、が、その動作は萎縮していた。
(これは……、恥ずかしいわ)
 アスカが真っ赤になって恥じらっていたのも当然か、と納得した。
 ──人間には『気持ち好い』と感じるための神経は無い。
『痛覚』がある、それだけだ。
 痛覚が痒みに始まって痛みを感じる、その途中具合を脳内麻薬の作用などもあって、気持ちが良いと感じ取ってしまうのだ。
 ──異物。
 今の00にとって、シンジが正にそうだった、まるで生殖器に異物を挿入されてしまっているように、性的な興奮を与えてくれる微妙な刺激物となって存在を誇示している。
 それがどうにも、伝わって来るのだ。
 シンジが身動きする度に、ピクンと反応してしまう。
 レイはHMDを被って護魔化した。
 彼女にとっては、そのような機械がある状態こそが『自然』であった。
 機械の存在に対して、それ程までに『馴染んで』しまっているのだ。
 だからシンジは、レイの萎縮した態度をこの埋め込まれた機械による苦痛から来ているのだと思い込み、レイはレイで、シンジが自分と同じ物を感じているのではないかと気恥ずかしさに堪えていた。
『それじゃお先に』
 アスカの声。
「うん、わかった」
 身じろぎしたために、HMDの後頭部がシンジに当たった。
 辟易してしまうシンジである。
(邪魔なんだよね、これってさ……)
 そういえばあの時、と、アスカが付けていなかったことを思い出した。
(エヴァごとに制御機構が違ってる?)
 シンジは妙なことを気にしながらも、HMDの後頭部に顔を押されながら、レイの背中により密着した。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。