腕を組んでいるミサトが居る。
その顔はどこまでも険しく、モニターを強く睨み付けていた。
背後でエレベーターが上がって来る。
ミサトは一瞥をくれただけで、気難しい顔を崩すことはやはりなかった。
そんな態度のミサトに対し、上がって来たリツコは溜め息を吐いて忠告をした。
「そう肩に力を入れる事は無いんじゃない?」
「……」
「何かがあったとしても、もうここからじゃ手は出せないのよ?」
「……分かってるわよ」
吐き捨てるように。
「だから苛ついてんのよ」
八つ当たりをする。
「そっちこそどうなの?、四号機」
「04?、まあ、そこそこ形には纏まったわ」
「……そこそこ、ね」
「元々オーバーテクノロジーとして、解析不能で保管庫に押し込められていた物を引っ張り出して、それを子供達を動員して調べて、使える物を継ぎ接ぎして……、本当、よく動いているものだわ」
ミサトは唖然とした顔をした。
「なによそれ?、安全なんでしょうね?」
「理論上はね」
「呆れた……」
「……だったらこんな土壇場の突貫作業で作製だなんてことさせないで、ちゃんとした開発期間を与えて欲しかったわ」
ミサトは眉根に皺を寄せた。
「……そうね」
確かに、と心の中で復唱する。
(確かに変だわ、これまでは危な過ぎるって事で封印されていたのに、なりふり構わなくなって来てるにしても)
余りにもあっさりと使用を認められている。
「ねぇ……」
「なに?」
「遺物の持ち出しと使用の話って、誰が出したの?」
「碇司令よ」
「委員会……、相当しぶったようだな」
パチンと……
広過ぎる総司令執務室に、冬月の打つ将棋駒の音が奇麗に響く。
「遺物の中には古代兵器と呼べる物もある、良いのか?」
机に肘を突き、手で橋を作り口元を隠しながらゲンドウは笑った。
「……エヴァを使っていながら、今更だな」
「……そうだな」
「何よりも危険なものはエヴァであり、『シンジ』だ、その証明を成すためには、比較対象は多いほど良い」
「ふん、お前が狙っているのは、人の手に扱える代物があったとしても、彼らを不要とできる程のものではないと言う証明だろうが」
にやりと笑う。
「問題無い、シンジが上手くやるからな」
「うおりゃあああああ!」
カヲルは突っ込んでいく03の後ろ姿に、美しくないと顔をしかめた。
肩パーツに予備電源を増設し、背中にジェネレーターを背負い、両腕に『電極』を固定している。
右腕はプラス、左腕はマイナスだ。
そして背中のジェネレーターにコードで繋がっている。
即席のスタンスティックであった。
そして手榴弾代わりの炸薬を腰に巻き付けている、太股には長めのナイフ。
(電磁警棒は殴るためにあるものじゃないんだよ?)
あの調子では、『ビームサーベル』かなにかと勘違いしているな、そうカヲルは思い、事実その通りであった。
「なんじゃこりゃあ!?」
右のもので殴りつけた途端、腕部の固定具が簡単に『弾け』飛んだ。
壊れたのだ。
「当たり前の結果だね」
白銀のエヴァに似た人型兵器は、比べてみればエヴァよりも一回り大きかった。
無骨な鎧を着ているようでもある、事実その通りで、エヴァが現代的な特殊部隊の装備を連想させるなら、オメガは中世の甲冑を想像させた。
しかしながら、武装は酷く殺人的である。
背中にある二連ロケットランチャーは、ミサイルでは無く『針』を撃ち出すための物である。
ニードルランチャー、極悪なほどに太いこの針は、『サキエル』の剣と同じく高振動粉砕システムを内蔵されている。
これもまた遺物の一つである、模造品だ。
両腕に持つ大太刀は、実は大きさに見合った硬度は無い。
壁を叩けば折れてしまう様な代物だ、このサイズでそれだけの硬度を持たせるのは、実に不可能な話なのだ。
しかし実用化されたのは、それが対使徒専用と『見限られて』のことだった、両腰にある部位からコードが伸びている、それは柄に直結されていた。
剣は炉から直接エネルギーを得て、白熱を発している。
一種のエネルギーソードである。
硬度を持たせる必要はなかった、使徒は生き物なのだ、つまり『殻』ならばともかく、『裸』である。
生肉を直接切り裂くのに、包丁のような硬さはいらない。
焼けたナイフでバターを溶かし壊すような、そんな能力があれば良いのだ。
他にも幾つも、対使徒用の装備はある。
ただ……
そこまで使徒に抗ずるために特化しておきながら、ただ一つ足りない能力が存在していた。
──ATフィールドの、中和能力である。
そのためだけに、パイロットとしてカヲルが選ばれたのだ、カヲルを得て初めて兵器として完成する。
カヲルはある意味、パーツ、不可欠な部品であった。
「ふっ!」
それでも驚くべきは、その学習能力の高さであった、完全な機械である04は、他機のような思考トレースなどしてはくれない。
腰掛けるようなシートに座って、両手両足で操作しなければならないのだ、その複雑さもだが、『居住性』は想像を絶する。
何せ、十メートル近い巨体が歩き、走るのだ。
上下に揺さぶられ、胃の中はひっくり返り、三半規管もやられてしまう。
普通は、だ。
だがカヲルは、トウジの操る03以上に素早く、洗練された動きをさせて見せた。
閃光による爆発を受けて押し戻された03を盾に、黒い機体の向こうに僅かに見える使徒の顔面へと左背のランチャーを使用した。
ドシュ!、発射された針が仮面のような顔に突き立つ、のけぞる使徒。
背中から倒れた03を飛び越えて、04は使徒を脳天から股間へと二つに割いた、大太刀で。
(ここからだね!)
すぐさま跳びすさる、慌てて起き上がる03を残して。
「のわぁ!」
にゅるんと足りない部分を補完して、二体に分離した使徒が同時に閃光を放った、ドン!、顔面に爆発を受けて03は転がった。
「……なんかさぁ」
アスカはどうしたものかと困ってしまった。
このところ、トウジの気概は完全に空振っているように思えるのだ。
「アイツって、あそこまで弱いわけじゃないのに」
「だったらアスカが見守ってあげればぁ?」
むっとして隣の機体を見る。
「レイ、あんたねぇ……」
「向き不向きっていうのがあるんだと思うよ?、鈴原君は前に出るしかやり方知らないから……」
アスカははっとして口をつぐんだ、思い出したのだ。
レイは昔、トウジに守られていた時期があったと言う事を。
単なるお節介に陥ってしまっていたのだが。
「物事ってのは遠回しにやったって、それは逃げてるだけで解決しないってこと、確かにそれはそうなんだけどね……、正面からぶつかるって言うのは良い言い方に聞こえるんだけど、実際には解決出来なかったら玉砕しちゃうだけなのよね」
「あんな風に?」
「うん」
アスカはなるほどと納得した。
確かに、十分な実力があれば使徒を予定通りに分離させる事が出来ただろう。
だが力が及ばなければ、あのように無様な姿を晒すしかないのだ。
「……あたし達も、ああなるかもね」
「あたしはヤだな」
「あたしだってそうよ」
すぅっと息を吸い込んで……
「だから、上手くやんなさいよ?」
「……そっちこそ」
「シンジ貸してあげるんだからね、失敗したらただじゃおかないんだから」
「……借りっぱなしで良い?」
「んなわけないでしょうが」
「ケチ……」
「絆の深さを知れってのよ」
「ふんだ、なによ、それ」
ふふんとアスカ。
「あたしの力に合わせられるってのは、それだけ結び付きが深いって事でしょうが、あたしとシンジのね?」
「……気持ち悪」
唐突にシンジが口を挟んだ。
「冗談はそれくらいにして」
「誰が」
「本気なんだけど」
「……行こうよ、あっち、つらそうだから」
のわぁああああっと聞こえたのは、身に付けていた炸薬の暴発によって光と煙の中で転げ回っている鈴原トウジの悲鳴であった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。