「行くわよ!」
 アスカの言葉に反応し、レイは小さく頷いた。
 アスカのやろうとしていることを正確に読む、それをサポートするのはシンジの役目だ。
 二体の背中に炎の翼が展開される、そして次の瞬間、待機場所から消え失せた。
 ──跳躍。
 分離後の使徒はまるで体細胞の数が減ってしまったかの様に『スカスカ』だった、ニードルを撃ち出せば貫通してしまうのだ。
 そして空いた穴は一瞬で塞がる。
「不公平だね」
 ちらりと横のモニターを見る。
「こちらは無様だけど」
「誰がじゃあ!」
「そう思うなら、立って役に立って欲しいものだね」
 何しろ、と。
「こちらはそろそろ限界なんだよ」
 実際、カヲルは額に汗をびっしょりとかいていた。
 長い前髪が酷く張り付いている。
 使徒の能力は底が知れない、その緊張感もある、04は機械制御だけに、少し壊れれば終わってしまう、被弾を承知で戦闘は出来ない。
 その上で、使徒の強大なATフィールドの中和に務めているのだ。
 エヴァと言うブースター無しで。
(舌を巻くで、ほんま!)
 トウジは内心で自分の不甲斐なさを恥じた、何もかもぶっつけ本番でこなしているカヲルのプレッシャーは、想像を絶してしまうものなのだ。
(そやのに、わしは!)
 何とか体勢を立て直した時、ブンッとその正面、使徒との間に、二体のエヴァが出現した。


 アスカと使徒の動きを読むために、レイは既に第三眼を開いていた。
 出現直後に配置を見てとって、『よし』と心でガッツポーズを決めてみせる。
 絶好の配置だったからである。
 ユニゾンと呼ばれる行動をする必要性はただ一つだ。
 相手にも同じ行動を強いるためである。
 敵は分離したとしても、元は同じ『存在』である、同じ状況を与えてやれば、当然同じ反応を示すはずなのだ。
 同じポイントへ同じ打角から同じ衝撃を与えるためには、同じ体勢を取らせなければならない。
 ならば同じ攻撃を仕掛けてやれば良いのだ、そうすれば相手も同じ体勢を取ってくれる。
 そして、今。
 両使徒に対して、00、02の位置は最適な物だった、まず距離が同じなのだ。
 半歩分ずれているだけでその修正は難しくなる。
「アスカ!」
 レイは叫んで主導権を握った。
 ──グン!
 双方揃えて左に身を捻り、肩を突き出すようにして振るった。
 ──ブン!
 炎の翼が使徒を嬲る、明らかに使徒は怯んでのけぞった。
 ──ドン!
 その炎を突っ切って飛び込むエヴァ二体、赤と青は右拳を引き絞っていた。
 ──ゴン!
 技術も何も無いストレート、炸裂した使徒の白い仮面が見事に窪む。
 ──ドゴ!
 返しのフックが立て直しをはばむ。
 ──ガン!
 振り上げた足の踵を落として下向かせる。
 ──ドゴン!
 打ち下ろし気味のパンチ。
 ──ガゴ!
 蹴り上げて顔を上げさせる。
 ──ドゴン!
 更にストレートを決め……
 ──ガッ!
 左を叩き込み……
 ──!
 アスカは右回し蹴りを……
 レイは左回し蹴りをくれた、ぶつかり合って使徒達の動きが止まったかに見えた、いや……
 融合しようと、して……
 ──好機。
 一つになろうとするコアに向かい、アスカとレイはそれぞれ右と左の拳を入れようとした。
 だが。
(ちょ、ちょっと待ってよ!)
 アスカは使徒の『目』を見てしまった。
 真っ黒の……、暗い中に、赤い光がちらついていた。
 それはまるで……
(あ、く!)
 レイが居る。
 シンジが居る。
 腕に組み付いているレイが居る。
 戸惑いながらも、楽しげにしているシンジが居る。
 自分はそれを眺めるように見ている。
 しようがないなと。
 いつものことだと。
 笑って済ませている自分が居る。
(い、や……)
 それは自分の目だ。
 取り繕う事で波風を立てないように……
 物分かりの良いふりをして。
 昔をくり返さないように務めていながらも、本心で……
 本音の部分で、冷めて見つめている自分の目だ。
 そう感じてしまって。
「アスカ!」
「え?、きゃあ!」
 ──浅かった。
 パンチの威力が足りなかった、二人は揃って殴り飛ばされた、一体に戻った使徒の閃光によって。
「あ、く……」
 駄目だ、駄目だ、駄目……、アスカは混乱した。
 使徒が自分に見えてしまう、冷めた目をして自分を見下ろしている。
 ──馬鹿にした目で。
 態度だけ大人になっても、本当に大人になれるわけではない。
 状況に満足していても、実際には何も変わっていない、浮き彫りにされた感じだった。
 シンジに対して、何もフォロー出来ていないのだから。
 シンジとの衝突が減った、気を遣う場面が無くなった。
 それは何とか出来たからでは無くて……
 触れ合う時間が、無くなった、それだけで……
(あ、う……)
 ちかちかと……、光る、目が。
 こんな馬鹿な自分を燃やし尽くそうとする業火を放つ準備をしている。
 そう思えた。
 走馬灯が過る。
 卑屈に顎を引き、上目遣いに見ているシンジが居た。
 嫌いだと言われているようだった、だから反発した。
 鬱陶しいと。
 そのシンジを追いかけてここに来たのは?
 シンジがジオフロントで、何年も篭ってしまうかもしれない、そう聞かされたからだった。
 もう、謝ることができなくなるから、償う機会を失ってしまう。
 それが恐かった、そのはずなのに……
「あ、たし……」
 何も出来ていない、まだ何も出来ていない、いや。
 まだ、何も進めていなかった。
 償いなんて、なにもしていないじゃないかと……
 シンジは秘密を抱えて、一人ジオフロントに篭ってしまっている。
 思った事を口に出来ない、そんな立場に居るのではないか?、そう告げられた。
 その一端を掴んだ、偶然であれ知ってしまった、なのに。
(あたしはっ、尻込みした!)
 シンジは一緒に抱えてくれるかと頼んでくれたのに、迷ってしまった。
 弱音……、だったのかもしれない、自分だけでは抱え切れないから、こぼしたのかもしれない。
(まだっ、終われない!)
 ──ギュウウウウウウ、ブチ!
 何かが噛み切られた音が鳴った、それは自身の唇の音だった。
「シンジィ!」
 アスカは吠えた、強く、悲鳴のように声を荒げた。
 ──血を噴き散らして。
 ──ユニゾンのもう一つの強みは、パートナーの考えを読めるようになることである。
 的確にフォローを行えるようになるのだ、そしてシンジとレイはそれに応えた。
 レイが先読みをし、ベストなタイミングをシンジに『送る』、シンジはそれを実現するために力を振るった。
 炎の渦が立ち上って、一体になった使徒を束縛した、そして……
「負けてらんなのよっ、このアタシはぁ!」
 ──バガン!
『加速』を司るアスカだけの能力が炸裂した、それも二つだ。
 一つは『遅延』、使徒という存在の全てを遅延させた、原子とその周囲を回る電子を、使徒は逃れられなくなった。
 時間を止められた事によって硬度を増したコアが、強い衝撃に粉々にくだかれた。
 二つ目の力、『加速』であった。
 アスカは抜いたナイフを投げ付けた、それだけであったのだが、加速されたナイフは第一宇宙速度を突破していた。
 分離のためだろう、本来コアは斬り付けられても抵抗無く割かれるだけに終わる、それが遅延のために割れるしか無かったのだ分子が凍らされてしまっていたから。
 粉々に砕け散った、修復するエネルギーを発現させられるほど粉々に。
 ゴガン!
 どこかの壁にぶつかったナイフは、軽い地震を引き起こし、それ自体は潰れて散った。
 これにぞっとしたのはリツコであった。
「……破壊の王、ね」
「リツコ?」
 怪訝そうなミサトに答える。
「死んだら人は硬くなるわ、時間が止まるから……、それは比喩的な表現では無くて、生命活動が停止して細胞が死滅するからよ、柔らかさが失われる、みずみずしさが……」
「……」
「アスカは……、それを使徒に対して強制したのよ、その一方で物質を加速させて破壊力を増した、運がよかったわ……、もし『タガ』が外れていたのなら、先の攻撃は亜光速に達していたかもしれないもの」
 その衝撃は、空間すらも破壊するだろう。
「……運が、良かったわ」
 ミサトは複雑な想いでその言葉を聞いていた。
(あたしは、シンジ君の方に驚いたけどね……)
 シンジのフォローが無ければそれも無駄になっただろう。
 あの瞬間、シンジは00を支配していたように見えたから。
(レイの存在を無視してね)
 それが何を示すのか?
 理解し切れないまでも、本能に近しい部分で、ミサトは警戒心を強めていった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。