暇になるとリツコの研究室兼事務室へと顔を出すミサトであるが、今日はあまり優れない表情をしていた。
「オリジナルエヴァに復元エヴァ、それに今度は模倣品、か」
 あら?、とリツコがキーを叩く手を止めずに口を開いた。
「模倣とは言え組み込まれている部品は正真正銘の発掘品よ?、そういう意味ではエヴァ同様に立派な発掘兵器だわ」
 良く分からない物を良く分からないままに適当に組み合わせただけでしょうが、と口ごちる。
「……」
「気に入らないの?」
 そんなミサトにリツコは言う。
「わたし達には手段を選んでる余裕なんて無いのよ?」
「わかってるわ」
 ふう、っと息を抜いてミサトは答えた。
「複雑なのよ、使える『駒』が増えることは有り難いわ、それだけ個々の危険頻度を減らせると言う事だもの、でもね」
 その先はリツコが奪った。
「……そのパイロットが、彼であるということが問題なのね?」
「ええ」
 ミサトは認めた。
「今、4号機……、04に足りていない能力はただ一つ」
「ATフィールドの展開能力ね?」
 リツコはカコッとキーを叩いて、新たなデータを呼び出した。
「ATフィールドほどでは無くても、使徒の基本的な能力である『閃光』程度なら堪えられるわ」
 それは一種の防御フィールドの展開装置だ。
「使徒の閃光は爆縮に近い物だわ、ATフィールドを広域に展開し、目標地点に向かって集束させるの、その凝縮によって大気が圧壊、核反応を起こすのよ」
「……つまりあくまで物理現象ってわけね?」
「ええ、……ま、あなたの心配を助長するだけのものでしょうけどね」
 ミサトの眉間に皺が刻まれた。
「……ジレンマなのよね、使徒を見ていれば分かるわ、深い階層へ進むほどに使徒の戦闘能力は強くなってる、これからの戦いには04が……、彼の助けがいる、けど」
「……彼は『委員会』が直接送り込んで来た、引っ掛かってるんでしょ?、そのことが」
 ミサトは頷く。
「そうよ、単独での使徒撃破が可能になるぐらいでないと使い物にはならないわ、けど本当にそんな力を与えてしまっていいのかどうか……、不安になるのよ、いつその『牙』がこちらへと向けられるか分からないんだから」
 そうね、とリツコ。
「でもそれは……」
「ん?」
「チルドレン、あの子達全員に言えること、そうでしょう?」
 ミサトには肯定する事しか出来なかった。


LOST in PARADISE
EPISODE23 ”偽作”


「さてと……」
 シンジはテーブルにトースト二枚を重ね乗せた皿を二つ用意すると、奥の部屋へと目を向けた。
 表情は義務感半分と言った感じである。
 二、三歩も廊下を歩けばもう部屋だ、そんなに大きな家ではない、家と言ってもマンションであるが。
 トン、トトン、シンジは軽くノックして、中の人物の意識を安眠の底から浮上させた。
「ミサトさん、朝ですよ、起きて下さい」
「ん〜〜〜、朝やっと帰ってこれたのよぉ、もうちょっと寝かせて」
「だめですよ、今日は04のフィールド展開実験やるから起こせって言ってたじゃないですか」
 ずりっと音がしたのは、被っていた布団から這い出した音だったのだろう。
「そうだっけ……」
「早くしないとパンが硬くなりますよ?」
「わかったわぁ……、ビールの準備もお願いねぇ〜」
「……」
 シンジは一つ、溜め息を吐いた。


 学校の行き道には当然幾つかの合流点がある。
 わいわいがやがやと忙しい、少し前の衝突以来、下級チルドレンとナンバーズとの垣根は、かなり低くなっていた。
 そのためか、以前に見られたような道を譲る、尊大に振る舞うと言った気分の悪い光景は無くなっている。
 ──そんな中。
 T字路の角、ガードレールに腰かけている少女が居た。
 金髪の髪を軽く掻き上げる、……アスカである。
「ふう……」
 物憂げに目を落とし、靴先を見る、その途中にはスカートの上で揺れる鞄があった、両手で取っ手を支えている。
 シンジの登校は気まぐれだ……、いや、ある意味理由が無ければ行われない。
 他の生徒には義務づけられている学校生活、それはある種の職業訓練であるのだが、シンジには必要が無いとのことで、かなり大目に見られていた。
 実際、免除しようとの話もあったぐらいなのだ。
 学校に来ようとしないシンジが、免除は断り、在籍を希望した、それは何か問題が起こった時に、仲裁に割り込むためだと、アスカはそう思っていた。
(いっつも……、みんなが殺気立った時とか、顔出しに来てたし)
 でも違ったかもしれない。
 刺のように、時々思い出してしまうのだ。
「本当のシンジ、か……」
 顔を上げて、左肩に倒し、目だけで空を見上げた、曇っていた。
 シンジが本当は何を考えているのか?
 それが目下の問題なのだ。
(もしかすると、シンジ……、本当は学校に来たいのかもしれない、だから)
 それは自然な事に思えた、だからこそ、アスカは胸を疼かせた。
 ──小学校。
 それ以来、シンジにとって集団で居る場所は居心地が悪い場所であっただろう、理由はもはや繰り返すまでも無いことだ。
 しかし……、それまでは楽しい場所であったはずなのだ。
 毎日行きたかった場所なのだ。
 誰がそうしてしまったのか?
 それを考えた時に、軽い現実逃避を起こしてしまう。
 あの時は……、仕方が無かった、と。
 自分も追い詰められていたのだと、しかし……、アスカは人目もはばからずにかぶりを振った、それではいけないのだ。
(あたしは……、それを認めて、謝るために来たんでしょうが)
 シンジが存外に『優しく』て、ついつい忘れてしまっていたのだ。
 謝罪はしたかもしれない、けれど『贖罪』はまだなのだ。
 もういいよ、気にしてない……、その言葉は救いになったが、それは裏を返せば『切り捨て』だ。
 もう関係ないとばかりに、縁を断ち切ることで、シンジは平穏を取り戻したのだろうか?
 全てが自分とは縁が無かったとすることで、こだわりを捨て、立ち直ったのだろうか?
 段々とアスカは落ち込んだ、明確な答えが見つからないからだ。
(あたしは……、捨てられたの?、シンジに)
 違う、と思いたいアスカが居た、時々優しいかと思えば、突き放し……、時には孤独であろうとしながらも、触れ合いを求めて和もうともする。
 一貫していない、ばらばらなのだ、だから……
 アスカはあれ?、と小首を捻った。
 いま正確に、正しく言い表した言葉が思い浮かんだ気がしたのに、形に纏まる前に霧散してしまったからだ。
 掴み損ねた気持ち悪さが残って、奥歯をぐにゅぐにゅと噛む、そこへ……
「あれ?、アスカ」
 怪訝そうなシンジの声が掛けられた。


 美人が美人として見られるのは、そこに一生懸命なものがあるからだ。
 例えば化粧であったり、姿勢であったり……
 それが無ければ、身に纏う雰囲気は極普通のものとなり、周囲に埋没してしまう。
 当然、人目を引く事も無くなる。
 中学生の頃は、よく高校生……、下手をすれば大学生からも声を掛けられたアスカであったが、それはその当時、誘われる事を誇らしく思い、誘いを掛けにこいとばかりに、そういう掛け易い雰囲気を発散していたからだった。
 しかし今ではもうそれはない、だからか、喫茶店に入って適当な席に落ち付いても、視線を集めるような事は無く、シンジは気楽な調子でいることが出来た。
「なによ?」
 そんなシンジの心境を見透かした訳ではないが、態度の違いは見分けたらしい。
「そんなにあたしと喫茶店入るの、嫌なの?」
「そういうわけじゃ、無いけどさ」
 半眼で脅しを掛けるアスカにシンジはやや萎縮した。
「ちょっとね……、中学の時はよく奢らされたし」
「……」
「あ、ご、ごめん!」
 顔を伏せるアスカに慌てる。
「そういう意味じゃなくってさ!、ほら……、アスカ、よく誘われてたでしょ?、その時にさ」
 シンジは懐かしいなぁと自嘲気味の笑みを浮かべた。
 あの頃、自分の殻に閉じ篭っていたシンジは、お世辞にもアスカの友達には見えなかった。
 どう見ても家来か下僕、しもべであった。
 見ていてそれが分かるからか、男連中が声をかけて来るのだ、そんな奴放っておけと口にして。
 その度に卑屈になっていた自分を思い出すと、もう笑うしかないのだろう。
「逆恨みしてたからね……、喫茶店なんか行きたくないのにって、つまんない、面白くないって言うなら、僕なんか連れて歩かなきゃ良いんだって」
「……」
「虫除けにもならないなんて情けない、って良く言われたよね……、僕は」
「ねぇ」
 アスカは無理に割り込んだ。
「さっきから……、なんか警戒してない?」
「警戒?」
 うん、と上目遣いのままでアスカは頷いた。
「距離取ろうとして牽制してるみたい……」
「……そうかもしれない」
「そんなにあたしが怖いの?」
 シンジは口篭り、顎を引いた。
 手元の水の入ったコップを見つめる。
「そうかもしれない」
「……そう」
「うん……、別にアスカに限った事じゃないけどね」
 え?、と驚きの顔を上げると、シンジはいつもの表情で笑っていた。
 乾く寸前の、作り笑いに近い諦め顔で。
「みんな……、怖いんだ、何を考えてるのか分からない、なのにみんな僕のことを『覗いて』る、見てる、知ってるみたいだ……、アスカもレイもカヲル君も、僕って人間の性格を知ってる気がする……、ねぇ?」
「なに?」
「アスカには、僕ってどんな風に見えるの?」
「どんな、って……」
 シンジはずり落ちるように、背もたれに体を預けて尻を半分椅子から落とした。
「言葉には、できない、か……」
「そ、そうよ……、普通そうでしょ?」
「かもしれないけど」
 軽く頭を振る。
「僕は……、あまり知りたいとは思ってないんだ」
「え?、どうして……」
「だって……、だから、怖いんだよ」
「……」
「何も知らなかったら……、楽しいだけの友達で居られたのに、力になりたいって思えたのに……」
「シンジ?」
「下らない幻想だよね、僕には……、何も出来ないんだ」
(レイの事を言ってるの?)
 胸の疼きがいやましていく。
 アスカはそれが、空しさと悔しさの同居だとは気付かなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。