──翌日。
「アスカ、集中して」
「わかってるわよ!」
シンクロテスト中の一幕である。
リツコは溜め息を吐き、アスカのヴァイタルデータが表示されているパネルを覗いた。
「注意力散漫よ」
「そう目くじら立てる事も無いでしょう?」
忠告したのはミサトであった。
「アスカ今日機嫌悪いのよ、……二日目だし」
「シンクロの値は表層的なものに左右されることはないのよ、何年このテストを繰り返して来たと思ってるの?、そのくらいのことは知ってるでしょう?」
「……」
ばつが悪そうなミサトに対し、リツコは眉間に皺を寄せた。
「子供達のメンタルケアの担当はあなたでしょう?、なにやってるの」
「ごみん……」
まったく、と毒づくリツコに返す言葉も無い。
頭を掻きつつ、02を見下ろす。
その眼球が01へと向いているのが分かる。
「子供の悩み、か……」
「そんな風に見ていると、永遠にあの子達の信用は得られないわよ」
むっとする。
「リツコには分かるわけ?」
「あなたよりはね」
さらにむむっとする。
「ど、どうせあたしにはあの子達の自分の感傷なんて理解出来ませんよーだ」
拗ねたミサトに溜め息をこぼす。
本当は彼女も分かっているはず、リツコはそう思っていたし、そしてそこ『だけ』は当たっていた。
(アスカ、か……)
アスカの悩みの正体については、ミサトはミサトなりに理解していた。
チルドレンである、さらにはエヴァの専属パイロットでもある、となれば身辺調査や在る程度の思想調査も行っている。
アスカの過去、シンジとの接点、関係に至るまで、ネルフの諜報部は調べ上げ、それをミサトに回していた。
勘の良い……、いや、聡明なアスカはそのことを知っている。
それを知られている負い目があって、なのに開き直れないから、面と向かって話す事が出来ないでいた。
(でも逃げ回ってるのも限界か……)
シンジに任せていた、そういう面もあった、だが今のアスカは『アスカ』らしくないと感じるのだ。
アスカがここに来た理由は、シンジとの関係の修繕であったはずだ、だから彼女は積極的であったし、正面からぶつかっていた。
それがアスカだと思う、もはや後回しにすることも出来ない、逃避不可能なところにまで追い詰められて彼女はやってきたのだ。
そして、それは正解だった。
精神的負担はシンジとの和解によってケアされて来たはずだったのだ、ぶつかる事で山を乗り越えて来たのがアスカだ、その彼女が、まるで鬱に陥ったように、一人閉じ篭って悩んでる。
それをほじくり返して良いものかどうか?、アスカは性格的に打ち明けられる事ならすぐさま相談を持ち掛けて来るだろう、実際には、打ち明けられるような事なら、自分で解決してしまう子なのだが。
そんな子の悩みがどのようなものであるのか?
ミサトには『シンジの態度』以上には、そして他には思い浮かべることが出来なかった。
──葛城家。
「はぁ……、アスカ、ですか?」
シンジは正直、鬱陶しいなぁとモロに顔に出してしまっていた。
「そうよ」
ミサトはそれでも続けた。
「で、どうなの?」
ビールの缶を握ったまま、ぐぐっとテーブルに乗り出した。
キッチンの食卓にはレトルトよりは多少マシな程度の食べ物が並んでいた、酒のつまみに近いのが特徴だ。
タンクトップにショートパンツ、ノーブラのミサトの胸が激しく覗けて、シンジは顔を赤くした。
「どうなのって、言われても……」
そう言って顔を背けて目を逸らす。
「僕には……、ミサトさんが何を言いたいのか分かりません」
分からない!?、っと仰天する、大袈裟に。
「本当に?、本気で言ってるの?」
念押しに弱いのは、図星を突かれたからであろう。
「だって……」
「アスカ……、本気でシンジ君が好きなのね」
へ?、とシンジは訝った。
「あの……」
「そりゃいつまでも中途半端じゃね……、アスカがここに来た理由、分かってるでしょ?」
「それは……」
はっとする。
「どうしてミサトさんがそのことを?」
これには、ミサトがへ?、となった。
「そりゃ……、色々と調査とか……」
「調べたんですか?」
「危険な思想を持った子をチルドレンに認定なんて出来ないもの、第一、アスカやレイが知ってるのに、どうしてシンジ君が知らないの?」
「え?」
「監視されてることとか、調べるとか……、あの子達は普通に気がついてるのに」
シンジは顎を引くと、悔しげに……、卑屈な表情でそっぽを向いた。
信じてた、裏切られた。
それが一番に来ていた。
ミサトはどこか、力を使うのを当たり前と見ている、そう感じてしまったのだ。
シンジは以前口にした通り、持っているからと言って別段力を使うつもりなど無い、そして在る意味、あまり学校に通っていなかった事が、そう言った裏の汚い事情からシンジを隔離してしまっていたのだ。
「ま、いいわ……、とにかくね、アスカにはアスカの人生がある、そうでしょう?」
うなだれている様を、勝手に、大人しく聞いている物だと判断した。
「はっきりしてあげなきゃ駄目よ……、ずるずる行ってる内に、あの子がなにかしらの『機会』を逃す事だって有り得るんだから」
その言葉は少しばかり、シンジには利き過ぎる物だった。
夜。
「良い夜だね」
家を抜け出し、ジオフロントの森林で転がっているシンジに話しかけたのは、やはりというかカヲルであった。
「良いのかい?、こんな時間に」
「……カヲル君だって」
肩をすくめるカヲルである。
「僕には4号機の調整と言う大義名分があるからね」
「そっか……」
そこで会話が途切れてしまったが、カヲルは一切気にしなかった。
シンジの隣に腰かけて、片膝を立てる。
「良い夜だ……」
「……」
「なのに君の心は沈んでいる、何があったんだい?」
「……別に」
くすくすとカヲルは笑った。
「本当に、君は自分の中だけに何事も留めようとする、だから心が苦しくなる、その苦しみを慣れる事で感じなくして、堪えようとする……、風船と同じだね?、空気を入れ過ぎて割れる寸前になったとしても、暫く待てばゴムが伸びて余裕が生まれる、けれどくり返せばいつかは破裂する、君はそうなっても良いのかい?」
「……」
「臆病だね、君は」
「そうだね……」
「まあ、人の心は複雑だよ、一つの感情だけであったなら、きっと割り切るのは簡単だろうにね」
まるで見透かしている様な事を言う。
「綾波レイ」
シンジはその名前にぎくりとして。
彼の口から出ると、特別な意味が込められているように感じるからだ。
そしてそれは正解だった。
「彼女は、僕と同じだね」
「え!?」
跳び起きるように上半身を起こすと、遠くを見ているカヲルが居た。
「カヲル君!?」
「きっと……、君は何が同じなのか、知っているんだろうね……」
「カヲル君、君は……」
「そう」
儚く微笑んだ。
「僕もまた仕組まれし子供なのさ……、けれど彼女同様に何も知らない、いや」
泣き言を言う。
「彼女と違い、『気がついて』しまった、この差は大きいかもしれない」
「……」
「求める物の答えが、君にあると言うのなら……」
「……どうするの?」
間に、緊迫したものが漂った。
ふっと微笑して、張り詰めた空気を解放するカヲル。
「……一つだけ、教えてくれないかい?」
「なにを……」
「その答えは……、真実は、得る物と失う物、どちらがより大きいんだい?」
シンジは、たった一言で答えて見せた。
「……等価値だよ、きっとね」
いささか的外れに聞こえるその答えであったが、何故だかカヲルには、正しく正解であるように聞こえてしまったようだった。
そして同じ夜を、同じように落ち込んで過ごしているアスカが居た。
「わかんないわよ、そんなこと……」
アスカは悔しさと口惜しさから、シーツを掻き抱き、青い月明かりの中、ベッドの上に腰かけていた。
──嫌われるのは、慣れてるから……
だから良いと、『今』を許容しているシンジを理解できずに、落ち込んでいた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。