今の自分の精神状態が『ユウウツ』であるということは分かっていても、その漢字をどうしても正しく思い出せないでいた。
 そんな些細な事まで気に懸かるほど、アスカの心は病んでいた。
 ──学校。
 久々の生徒会からの招集に、アスカは気乗りしない面持ちで出向いていた。
 生徒会に与えられた予備教室、現在は生徒会会議室と呼ばれている部屋の戸をノックし、開く。
「失礼しまぁす」
 それ対して返された声は、首を傾げる相手からのものだった。
「遅かったね」
 本来、会長のものである席に腰かけ、まるでどこかの誰かのように机の上に手を置いている彼は……
「渚?」
 カヲルであった。


LOST in PARADISE
EPISODE24 ”発生”


 アスカはきょとんとしたままで、ぼんやりと視界に収めた顔ぶれを確認した。
 マナやその取り巻きの二人組、他幾人か見覚えのある顔がある。
 やはりカヲルだけがいきなり混ざり込んだようだ。
「……なんであんたがそこに座ってんのよ?」
 声を発することで活動再開のきっかけにした。
「会長は?」
「今は僕が会長だよ」
 がたんと、椅子を引いたアスカの動きが一瞬だけ止まった。
「……ふうん」
 動揺を表すように、がたがたと音を立てて椅子に座った。
「綱紀粛正?、生徒会内部で勝手に?」
「まさか」
「政治家みたいね、勝手に首をすげ替えるなんて」
 聞かないアスカに苦笑する。
「言い訳をさせてもらえるなら、先に逃げ出したのは彼だよ」
「逃げ出した?」
 怪訝そうにするさまにマナが解説した。
「チルドレンの候補として集められたあたし達は、『エヴァ』に目覚めない限りただの子供だもの、どう言いつくろってもね?」
「だからって……」
「どんなに役立ってる、負けてないって言い訳しても、『劣る』のは確かよ、それを越えるのは心だけ、そうでしょう?」
 アスカはますます首を傾げた。
「心?」
「そ」
 ウインク一つ。
「どんなに力があったって、浅ましかったら見下げ果てられて当然でしょ?、そういう雰囲気に気がついたみたい、癇癪起こしてね」
「でも」
 カヲルが続ける。
「その代わりに僕を選んだんだから、これは皮肉にしかならないね」
「え……」
 当惑するマナだ。
「どういう意味?」
「僕は……、チルドレンの、ナンバーズの監視者なのさ」
 ざわりと場がざわついた。
「それを知らないで選んだようだけどね、君達は僕の能力……、『エヴァ』の無効化だけに着目して、頭に据えた、そうだろう?」
 そういう面が無かったとは言えないからか、黙り込む。
「僕は裏切ることを前提にされているナンバーズなのさ、いつか裏切り者とそしられる事を運命付けられている……、今は主義や主張、イデオロギーと言った物を持つまでに皆が至っていないから、こうしてのんびりとしているけどね」
 アスカが続ける。
「そう言えば……、そんなことを言ってたわね」
「結局何処の誰も僕を同じように扱い、祭り上げる、これほど滑稽な事は無いさ」
 僕なら、と。
「シンジ君を推薦したい所なんだけどね」
「シンジを?」
 皆も渋い顔をした、もっともアスカとは理由が違ったが。
 彼女は純粋に似合わない、と思ったのだが、皆はシンジの力を怖れて忌避したのだ。
 その様子や『匂い』を嗅ぎ分けて、カヲルは彼らしい皮肉な表情を作った。
「彼の力は絶大だよ、そう、いま振るえば誰にも抗う事などできはしない」
「……」
「彼は楽に王にでもなれるだろう、なのに、何もしない、何故だと思う?」
 アスカは顔を背けた。
「しらない……、そんなこと」
 だろうね、とカヲルは皮肉った。
「彼は隠すのが上手いよ」
「え……」
「簡単な事さ、使えば誰かに何かを言われる、なら、何も口にしないのが一番さ」
「だから?」
「……彼は権力になんて興味は無いのさ、自己顕示欲なんて全く持ち合わせてはいないんだからね、望んでいるのは平穏、そう言えば君には分かるだろうね」


 カヲルから聞かされた余りにもシンジらしい理由にアスカがなんとなく納得している頃、シンジはレイに組み付かれていた。
 困り顔で連れ回されるシンジ、制服を着ている事からどうやら学校へ向かう途中に捕まったらしい。
「嬉しそうだね」
 憂鬱そうなシンジの声音など無視をして、レイは言葉の意味にだけ答えた。
「朝からラッキーだし」
「遅刻してるのに?」
「その代わりシンちゃん見っけたし」
 うなだれたい所なのだが、ぐいぐいと体を押し付けられては倒れないようにするので精一杯だ。
「シンちゃんこそ、こんな時間になるまで何やってたの」
「何って……、それは」
 言い淀むシンジである、まさかミサトに言い聞かされた言葉が引っ掛かって、アスカに会いたくないと足が遅くなっていたなどとは言えるはずが無いのだから。
「ふうん?、ま、いっけどね」
 このところ『負け』が込んでいるだけにそれどころではないのだろう。
「学校、行きたくないなら」
「え?」
 にこっとして。
「遊びに行かない?、……いつかみたいにさ」
 シンジは半瞬、その『いつか』がいつを指すのか、思い出せなかった。


 ──ネルフ本部。
「で、どうなの?」
「MAGIは保留しています」
 その作戦会議室に、主立った面子が集められていた。
「下には?」
「葛城さんと日向が出向いています」
「そう」
 青葉、マヤに確認を取っているのはリツコである。
 画面の映像にあおられた冬月が口を開いた。
「危険ではないのかね?」
 その画面に映し出されているのは『プラント』だった。
 異様な光景であった、ポッドに似た有機質の『甲羅』が延々と並べられている。
 対比するように立っている人間の大きさから、十メートル前後はあるようだった。
 その蓋は開いたり、閉じていたりと……、そして開いている物からは、何かがこぼれ落ちて倒れていた。
 既に石化している。
「危険は承知の上ですが」
 リツコは言う。
「これは間違い無く、エヴァ、または使徒製造のための『プラント』です、この施設の確保は『裏死海文書』以上に『遺跡』の真実を……」
「わたしが言っているのは、施設のことじゃないんだがね」
 意図的に逸らすなと注意しているのだ。
「生きているポッドが発見された、その中身を確保する事にどれほどの意味があるのかね?」
「生きた使徒、その重要性は語るまでもありません、サンプルとして確保出来るならこれ以上の成果はありませんが」
「だが完全体ではないと言え使徒は使徒だ、目覚めない保証はあるまい」
「……『リリス』の前例があります」
 リツコの言葉は痛い所を突いたようだった。
「リスクは常に付き物のはずです」
「ふむ……」
 考えるそぶりを見せて護魔化す。
 それはそうだろう。
 あの巨人は『使徒』とは根本的に違う、それはシンジによって確認されている。
 しかし発見された『幼生体』とも言える培養中の『使徒』は、最初から使徒であると分かっているのだ。
「捕獲にしろ殲滅にしろ、処分は必要か」
「……それは」
「どの道、我々だけでは決めかねるな、状態の確認を進めてくれたまえ、その間に『上』に判断を仰ぐ」
 不満気にはいと答えるリツコに、コウゾウはさらに念を押した。
「……チルドレンを招集したまえ、本格的な調査はそれからにするように」
「わかりました」


 レイの機嫌は僅か二十分前とは違って、急転直下で下降していた。
 ぶぅっとエヴァ輸送用トレーラーを追尾するバンの中でむくれている。
 シンジとアスカが同行中だ、鈴原トウジの出番は今回控えられた、同時にカヲルもである。
 調査中に使徒が覚醒した場合の仕事は、主に調査員の退避行動の援助にある。
 具体的には使徒を押さえつつの防衛だ、ATフィールドの強度を考えれば、トウジとカヲルを投入するのははばかられた。
 逆に被害を拡大するだけだと判断されたのだ、そして場所の狭さのこともあった、巨大なエヴァを全て送り込めば邪魔になる。
 アスカは冷ややかな視線を投げかけていた、シンジとレイの両方にである。
「……学校サボっていちゃついてたくせに」
「い、いちゃついてないって」
「どうだか」
 頬杖を膝の上に突いてそっぽを向く。
 そんな態度に、シンジは内心溜め息を吐いた。
(なんだよもう……)
 もちろん、アスカが怒っている理由には察しが付けられた。
 だがだからと言って弁解する事などできるはずが無いのであるが。
(なんて言い訳するつもりだよ……)
 どうして、と言い換えてもいい。
 嫌われたくないのなら言い訳すればいいのだ、だが弁解するということは……、焦りを感じていると言うことは?
 それを態度に表す事など出来なかった、……ミサトに忠告されたから。
 気を持たせるような事はしてはいけないと自戒していた。
「なによ?」
 ぼうっとしてしまっていたらしい。
「……なんでも」
「ふんっ」
 また不機嫌にそっぽを向くアスカである。
 シンジは胸の痛みを堪えた。
(結局……、嫌われるしか無いのかな)
 やり方が分からない。
 そんなもどかしさに辛さを感じて、うつむこうとすると。
 ──!?
 妙に冷めた赤い瞳が、自分を『観察』していたことに気がついた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。