じり貧にアスカは呻いた。
 物理的な武器が無くなっても無制限に使える『能力』がある。
 しかしそれも利かないとなれば嘆くしかない。
 ──撤退しよう。
 その一言が言えなかった、シンジに引く気が見られなかったからである、01の背に。
 どうして?、とは思わなかった、それくらいは分かる、あの敵は、まずい。
 先日の使徒の時には退却出来たが、今度は時間を与える訳にはいかないのだ。
 使徒はその頭脳で恐るべき速度のシミュレートを行っている、自身を改造するためである。
 時間を与えれば、どこまで変化してしまうか分からない、それを許す訳にはいかないのだ。
 ミサト達が勝手をするから、なんて口も思い浮かび掛けたが、噛み潰した。
 いかにもミサトが言いそうな言葉だったから嫌だったのだ、彼女らと『同じ』にはなりたくないと、忌避してしまった。
(それにしても……)
 使徒は……、どれほどいい加減な構造をしているのかと訝った、どんなに最上の肉体の形をはじき出そうと、その構成している肉は有機物だ、当然、変革の速度を増せば、『成長』や『発育』に問題や影響が残ってしまうだろうに。
 ──アスカはそこで、何かに引っ掛かった。
(なに?、……加速?)
 そう、加速だ。
 肉体を改造するために……
(加速……、分子、原子とその周囲を回る電子、その運動速度……)
 つまり加速しようと思えば、電子の速度を早めるために、原子を一周する周回距離を減らせばいいのだ。
 中心に近いほど早く回れる。
 しかしそれにも限度がある、原子と中心核が存在している以上、それ以上加速することは出来ないのだ。
(だから……、あの使徒はあれ以上の速度では変われない?)
 つまり使徒も物理法則の枠組みからは、逸脱出来ていないのだ、物体としては。
(硬い……、硬いものは柔らかくしてやればいい、燃やして溶かす?、でもアタシの力じゃ……)
 しかし諦めようとしても引っ掛かりが消えてくれない。
(なんなのよ!)
 01が動いた、飛び出していく姿にビクリと反応を示してしまった。
(だめ!)
 拳を振り上げ、突き出す、使徒はゴンッと頭を殴られて反動で尻を浮かせたが、無傷だ。
 むしろ01が拳を押さえて下がった、指が変になっている、骨折したのだろう。
「シンジ!」
『シンちゃん!』
 だがシンジは下がろうとしない、堪えて前に出ようとする。
(だめだってのに!)
 アスカは悲鳴を上げた、中途半端なこの頭の良さはなんのためにあるのかと。
 こうも肝心な時に、ちゃんと働いてくれない、動いてくれない。
(なんだってのよ!)
 思い出せ、と自分を呪う。
 加速で引っ掛かっているのだ、それに関係するキーワードを並べ立てる。
 熱、熱で溶かしたものは柔らかくなる、加熱してやればフライパンにだって穴は開く。
 熱膨張と言う言葉もある、熱すると膨らむ、冷えるとしぼむ。
 ──頭に浮かぶイメージ。
 加熱された陶器は、急に冷やされると……
(これだわ!)
 思った瞬間に叫んでいた。
「シンジっ、作戦があるの、待って!」
 01が拳を止めるのを見て、アスカは続けた。
「シンジ!、アタシが今って言ったら、とにかくアイツを冷やす攻撃をして!、レイ!」
『なに?』
「アタシが限界まであいつを加熱してやるから、シンジが冷やして『割れ』たらレイがとどめを刺して!」
『アタシが!?』
「そうよ!、急速冷凍で水蒸気が出るか爆発が起こるか分からないわ、とにかく目は奪われる……、そんなものに関係なく、使徒を追えるのはレイだけなのよ!」
 恐いからなのか、迷ったレイであったが頷いた。
「それじゃあ、行くわよ〜……」
『待って!』
 アスカはつんのめった。
『加熱は僕がやるよ!』
「なんで!」
『冷却の方が難しいからだよ!』
 それは確かにそうだろう、運動は加速させるだけなら幾らでも『暴走』させられるが、冷却するためには減速させねばならないのだ。
 その制御は、異常なほどに難しい。
「わかったわよ!」
 半ば自棄気味に気を取り直して。
「それじゃあ!」
 駆け出す01、紫の機体が黄金の炎を纏わりつかせる。
「あああああ!」
 コウ!、白色、無色透明の渦が使徒を中心に発生した、その内部の熱量は想像を絶する、床が溶けて窪んでいく。
 天井もとろけ落ちて滴り出した、それでも使徒は原形を保ち続けていた、ATフィールドによる効果だろう。
「う、うう、う……」
 シンジは額に汗を浮かべて堪えた、これほど消耗するとは思わなかったのだ。
 今までになく疲労していく、魂までも削られるような……
「シンジぃ!」
 シンジはアスカの叫びに力を停止させた、それと同時に気を失った。
 それほどに無茶を行ったのだ。
 ──ドン!
 アスカはシンジの起こした加熱現象を静め、そのまま逆のベクトルに転身させた、つまり分子の運動の減速現象である。
『冷却』だ。
 まるで吠えるように身を乗り出し、進み出そうとした使徒が体を強ばらせた。
 びしびしと異音が響く、硬かった殻が割れて中が見え始めた。
「レイ!」
 いつになく厳しくもあり、凛々しくもあるアスカの声に急かされてレイは動いた。
 言葉にせずに気合いを発して、殻の裂け目にナイフを突き立てた、てこの原理でさばくように引きはがす。
「アスカ!」
 見えた、コアがあった、アスカは力を溜めるように拳へと集中させた、そして拳を振り上げ……
 ──ゴガン!
 見事に、コアを打ち砕いた。


 ──病院。
「貧血だって?」
 一つの病室。
「あんたそこまでやれってアタシ、言った?」
 シンジは上半身を起こしてまでうなだれていた。
「何とか言いなさいよ!」
「ごめん」
 その一言にカッとなる。
「あたしに謝ったってしょうがないでしょう!?」
 つかみ掛らなかったのは、シンジが病人だからだろう。
 貧血と言っても死人が出る事だってあるのだ。
 シンジの顔色も相当に悪い、目の下も心なしか落ち窪んでいる。
「……でも」
 シンジは言った。
「普通じゃダメだって……、思ったから」
 それはそうだ。
 あれだけ幾度も炎で焙って利かなかったのだ、ならばと自分も決死の覚悟で決めるつもりだった、だから……、後は任せると。
 そこまで考えて、アスカははっとした。
「あんた……」
 それが正解だった。
「だから、変わるなんて、アタシにやらせないなんて言ったのね?」
 無言は正に肯定だろう。
「なんでよっ、なんで!」
 涙を流す。
「どうして!、そんな無茶するのよ、アンタは!」
 堰を切る。
「あんたが大事にしてるのはっ、レイだけでしょうが!」
 いつからシンジの胸につかみ掛って、弱々しく拳を叩きつけていたのか?
 アスカには叩いてしまった自覚さえなかった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。