ミサトは撤退するしかなかった自分の立場と言うものを呪い、毒づいた。
もうバックミラーで見えるのは、ノズルフラッシュのような断続的な閃光のみである、おそらくは発砲に伴うものだろう。
──状況が何も分からない。
のこのこと使徒に釣られて現場に出てしまったのが間違いだった、事が一度起これば邪魔者でしかなくなるのだ。
これならば、発令所でモニターを見ていた方がマシだったと、落ち込んだ。
そんなミサトの心境を余所に、シンジ、アスカ、レイの三人は検討してた。
「でぇええええ!」
意味不明な気合いを発して、アスカは右腕を大きく振るった、炎の翼が使徒を撫でるが、効果が無い。
続いて左腕を引き、突き出した、腕に渦巻いた炎がいつかの矢のようになって錐揉みしながら使徒に及ぶ。
だが結果は一緒であった、使徒の外殻は容易に炎を吹き散らす。
「あの体、どうなってんのよ!」
誰に聞いた訳でも無いのだがレイが答えた。
「わからない……」
「なによそれぇ!」
だったら答えるな、という苛立ちだったのだが……
「本当に……、わかないの、どんどん変わってく、こんなのあたし、『知らない』」
呆然とした言葉に戦慄を覚えたのはリツコである。
「レイが……、知らないなんて」
加持が訊ねる。
「どういうことだ?」
わずらわしげに。
「……あの子はこの世界の全ての存在を見通せるのよ、その子が知らないものなんてあり得ない、なのに知らないと言う」
「……」
「答えは一つよ」
横目にきつい目を向ける。
「使徒は……、わたし達の知らない物質に自身を変化させようとしている」
流石に加持も驚いたようだ。
「そんなことが可能なのか?」
「……可能、というしかないのよ、元々形態変革は使徒の基本能力だもの、その能力が素材にまで及ばないはずが無いわ」
まだレイの繰り言は続いている。
『……分子構造がどんどん変わってく、繋がりを変えて試してる、これじゃあ何も効かなくなる!』
リツコは渋い顔をした。
「使徒と人間の遺伝子構造は非常に酷似しているわ、その配置は99.89%同一になっている、ただ、その遺伝子が持つ意味合いまでは違うでしょうけど……」
「使徒はそのパターンを変えているってのか?」
「ええ、データを書き換え、繋ぎ変えることで効果や影響を分析してるのね、学習してるのよ、そして現状において最も効果的な存在へと己を変革しようとしている」
「だが……」
加持は呻いた。
「これまでの使徒は……」
「完成体だったもの」
リツコは加持の言葉を遮った。
「調整槽……、培養槽かもしれないけど、あの中ではきっと遺伝子の定着固定作業が行われていたのね」
「そしてそれが完了したものだけが兵器として用いられて来た……」
へらっと笑う。
「皮肉な事だな」
「そう?」
「ああ……、だってそうだろう?」
耳に口を寄せて、囁くように小声で話す。
「南極じゃ同じ物に手を出してドカンだった、世界が瀕死になるようなことになった……、けど今度はどうだ?」
「……」
「確かにそれはなかった、けれど怪物が生まれてしまった」
リツコはつい十何分前のことから、責めているのかと拗ねた目を向け、気がついた。
いつの間にか、司令と副司令が姿を見せていたのである。
「……予定通り、か」
冬月はわずかばかり、顔に嫌悪を表していた。
「だがわからんね、何故こんなことをする必要があった?」
冬月が訊ねているのは、使徒の捕獲作業のことである。
「失敗することは分かり切っていた、なのに回収作業を行わせた……、どういうことだ、碇?」
ゲンドウはお得意のポーズをとって苦笑していた。
……とても苦笑とは思えない皮肉めいたものであるが。
「目の前に餌があると、誰もがうるさい」
「ふむ?」
「これからも使徒の能力に興味を持つものは出て来るだろう」
「牽制、か……」
「ああ、人はリスクを目に見える形で見せてやらねば分からん生き物だからな」
かつて大学で教鞭を取っていた冬月にはわかる気がした。
科学者は簡単に結果を得るためには犠牲が必要だと言う、だがそれは嘘である。
大昔ならばともかく、現在の発達した科学力は想像を絶している、その一端がここに集められているのだ。
十分な時間と予算があれば、憶測の域を出た数値をはじき出すことは可能である、実験はその確認ですませられる、なのにそれをしようとせず、十分な検証を怠って取り返しの付かない結果を招いてしまう。
その理由は何か?、答えは簡単で、自尊心や功名心、富や名声、そう言った物への執着心が焦らせるのである。
そして手痛いしっぺ返しを食らってようやく、間違いであったと反省し、嘆くのだ。
全てを遅きに失してから……
「だから、か……」
「ああ、この作戦は失敗するために立てたものだ」
ゲンドウはにやりと底意地も悪く笑って見せたが、冬月には笑えない話であったようである。
「冗談ではないぞ、碇」
渋く言う。
「器材に人的被害、幾らかかると思ってるんだ」
「死人は出ないようにしたはずだ」
「怪我人は出た」
「避難訓練が足りなかったようだな」
本気で言ってるな、ということがわかったものだから、冬月はそれ以上突っ込まずに吐息をついた。
「武器が……」
01が立ち、その陰に半身を見せて02が立っている。
00はさらに後方に位置していた。
既に弾丸はつき果てた、ナイフはどのようなものでも切れる高周波数で振動するものだったのだが、数度の斬り付けによって痛んでしまったのか、振動することができなくなってしまっていた。
アスカは完全に手を出しあぐねてしまっていた、打開策が見つからなかったからである。
炎も武器も通じない使徒を相手になにをすれば良いのか分からない、アスカは馬鹿ではないから硬直状態はまずいと気が焦り始めていた。
──使徒は進化しているのだ。
自身の能力について、何を、どこまで変えるつもりか分からない。
それでも、今の段階が基本的な構造の設定にすぎないのは間違い無かった、次は武器、武装についてを熟慮し考慮し始めることだろう、いや、もうしているのかもしれない。
その証拠に、動こうとしないのだ、まるでこちらの手の内を探り、そして対抗策を練っているように。
「凄い……」
またレイが苛立たせるだけの呟きを発した。
「遺伝子の配置を変えずに組み替えだけでこうまで『存在』が変わってしまうの?」
「どういうことよ?」
「ん、使徒の構造パターンを遺伝子に例えると人間とそっくりなの、つまりこれまでの使徒の姿っていうのは基本的にどれも人の顔程度の差でしかなかったのよ、だけどあれは違う」
「違うって、どう……」
「その枠を越えようとしてる、いずれ気がつくと思う、何も今の『形状』にこだわる必要は無いって、……遺伝子の配列や数そのものを変更してしまえばいいって」
小難しい話だ、だからアスカは唸るようにした、だからそれがどうしたっと叫びたくなる自分と、大事だと感じてしまっている自分が居たから、どちらに傾く事も出来なかったのだ。
しかし、この状況を喜んでいる女性も居た。
「凄い、凄いわ、ほんとに凄い……」
リツコである。
「何十億とある細胞が持っている役割はそれぞれで、それが持つ遺伝子全てを同時に変更しているなんて、信じられない」
「……」
「一つの部位を変化させるためには細胞全てのその情報記録部分を書き換えなくちゃならない、けどその影響はどこかに出てしまう、……それを解消、あるいは利用しようと思えば、また別の変化を起こさなければならない、無限にある組み合わせだけでなく、全く新規に『創造』しているところも素晴らしいわ、生命として、まさに赤子ね、無垢なる存在、その形はどんな色にも染まってしまう、そう、この世の害悪に対する恐怖にも」
無限のパターンをどれくらいの速度でシミュレーションしているのか?、それは人の想像を絶するし、リアルタイムに観察出来る人間が居るとすれば、それはレイ一人だけとなるだろう。
加持はそっと溜め息を吐いた。
(科学者ってのは、これだから)
彼は呆れてしまったのだ。
今は子供達が生きるか死ぬかの瀬戸際で作業員が去るのを待ってくれている、現場からは離れたとは言え、まだ安全な上層階への移動にかかるには時間が掛かってしまうだろう。
気は抜けない、リツコのように喜び、はしゃいでのめり込むにはまだ気が早過ぎるのだ。
(だけど、葛城が居たからってな……)
眉間に皺を寄せる。
リツコのように冷静に敵を分析し、解析してくれる存在は必要だろう、だが今日のように初めから気負っていては、簡単に興奮状態に達してしまう。
緊張感の疲れから、タガが外れやすくなっていたのだ。
リツコは必要スタッフであるが、それはサポートとして必要なのだ。
だがミサトでどうかと言えば、これもまた疑問であった。
リツコのような人間では戦闘指揮には向かないのだ、分析癖を持っていると、咄嗟の判断であってもまず思考してしまうからだ。
そして現場では、その一瞬の間によって致命的な状態に追い込まれてしまう事もままあるのである。
だからこそ、ミサトのように戦闘にのめり込んで指示や檄を飛ばす人間が配置される事になる、けれどこれもまたその性格には難があった。
感情的になりやすいのだ、その上、すぐにプライベートでの地を見せるために人の神経をささくれ立たせる。
ミサトの場合、良く考えずになんとかしようとして傷つける事を平然というのだ、そしてその結果を深慮しない。
良かれと思って失敗する、そんなタイプである。
そう考えれば、リツコのような考え癖を持っている人間を戦闘配置に置いている理由がよく分かる、バランスを安定させる為なのだ。
加持は横目に、スーパーコンピューターを見た、MAGIと呼ばれている人工知能だ。
三つの人格がせめぎあって一つの結論をはじき出すように設計されている。
(葛城と赤木の二人が検討し合えばそれなりの良策はだせるだろうさ、けどな)
──そのための時間が無い。
(コンピューターじゃない、人間なんだ、言葉でやり合ってる間に事は終わってしまう、それにな……)
馬鹿、だのなんだのと、それは指揮する人間の吐く言葉ではないだろう。
(素人はどう取り繕ってみても素人のままですよ)
どうにもならない、と辛辣に思う。
これまでその問題が問題として浮き彫りにされずに済んで来たのは、間違いなくシンジの力があったればこそだ。
突出した能力が、深刻な状態を経験させなかった、それが各自にゆとりを持たせていた。
しかしそれも、一皮剥けばこのようなものだ。
(子供達を救いたい気持ちは分かるがな……、危険に陥れているのは、誰でも無い、お前達だぞ)
加持はそっと後ろ足を引いた。
どうせ観戦するなら、気分良くのめり込める場所でと思ったからである。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。