「あんたが大事にしてるのはっ、レイだけでしょうが!」
 その叫び声は病室の外にいてもはっきりと聞こえた。
 人気の無い廊下、戸を開く一歩手前で立ちすくんでしまった。
 ──アスカの叫びに、胸を突かれて。
「はぁ〜、あ」
 ──学校。
「空が高い、な……」
 校庭のベンチ。
 無造作に寝転んで、レイは持て余し気味の気持ちに悶えていた。
 腕で顔を隠し、空の眩しさに目を細める。
「レイ〜!」
 聞こえた声に、真上に近い位置に視線を移した。
 そこにはアスカが、校舎の窓から身を乗り出して手を振っていた。
「なにやってんのよぉ!、帰るわよ〜」
 わかったぁっと、護魔化すように明るく叫ぶ。
 跳ねるようにして起き上がり、レイはぼりぼりと頭を掻いた。
 ──あんたが大事にしてるのはっ、レイだけでしょうが!
 その叫びに対する感情は微妙であった。
 レイに言わせれば、アスカこそ気にかけられているだろうにと言うことになる。
 良い意味でかどうかは別として、アスカを意識しているのは間違いの無い事であるからだ。
 でなければ特にどうと言う事も無く、何を言われても受け流すだけで終わらせるはずだろう、なのにシンジは一々相手を務めて、応対する。
 それは意識している証拠だろう。
 そして意識しているからこそ、緊張する、緊張するから仮面を被って態度を作る。
 シンジは非常にアスカに優しい、気をつかわせない様に自然を装っている。
 それこそ不自然な程に、だ。
「シンジクンが……、あたしを大事にしてる?」
 覚えが無い。
 シンジが『優しい』のは誰にでもだ、それも、誰もがそうである程度に優しいだけで、特別大事にされた覚えはない。
(じゃあアスカはどうして、そんな風に思ったの?)
 はぁ、っと悩ましげに吐息をついて、レイは教室へと戻って行った。


LOST in PARADISE
EPISODE26 ”残照”


「あれ?、碇君」
 学校から少し離れた場所にあるビル。
 一階から三階までが本屋と言う事で客は多く、層もまた様々なのだが、やはり放課後だからか特に高校生の姿が目立っていた。
 そんな中、雑誌を立ち読みしていたシンジに話しかけたのは、制服姿のマナであった。
「珍しいね、何してるの?」
 シンジは読んでいた雑誌の表紙を見せた。
「ちょっと詰まっちゃってさ」
「へぇ……」
 マナは目を丸くした、シンジが読んでいたのがただのゲーム雑誌であったからだ。
「攻略って……、なんだか似合わない、イメージ違う」
「そう?」
「うん、碇君って、もっと何やってんだかわかんない人って感じがしてたんだけど」
 なんだよそれ、とシンジは笑った。
「家に居る時はたいていゲームをしてるよ、後は漫画を読んでるかCD聞いてるか」
「へぇ……、碇君って、葛城さんのところに住んでるんだっけ?」
「うん」
「怒られない?」
 シンジは目を丸くした。
「なんで?」
「だって……、葛城さんって、ネルフの偉い人でしょ?、それに……」
 目が雑誌とシンジを往復する。
「碇君って……、エヴァのパイロットだし、遊んでばかりって」
 ああ……、と得心して苦笑する。
「ミサトさんはそういうの気にしないんだ……、それに」
「なに?」
 渋い顔つきになった。
「『エヴァ』ってね……、感覚的な『能力』だから、出来ると思った事が出来るだけで、努力したり苦労したり、練習したからって伸びるものじゃないんだよ、使えるか、使えないかのどっちかなんだ、エヴァンゲリオンはその力を大きくしてくれるだけだからね」
『普通人』であるマナは肩をすくめた。
「凡人には分かんないな、そういうの」
「凡人か……」
 シンジは雑誌をコーナーに戻した。
「でも力があっても無くても、楽しいって思うものは同じだし、遊ぶものだって変わらないよ」
「そう?」
「それに」
 場所を離れる。
「力があっても、ゲームとか音楽とかを考え付ける訳じゃないだろう?、創造する頭っていうのは別物、って、リツコさん……、赤木博士が言ってたことなんだけどね、器用な人と不器用な人が居て、コンピューターを使える人とビデオの配線も出来ない人が居る、能力の有る無しって言うのも、そういうレベルの差でしかないから、卑屈になるのも優越感を感じるのも、下らないからやめさせなきゃねってさ」


「で、さ、ムサシってのに遠慮して、浅利のやつ霧島に何も言えないみたいなのよね、霧島が気付いていないはずないのに」
 そう言ってけらけらと笑う。
 自分の恋愛はともかくとして、やはり他人の恋愛は面白いらしい。
 レイはそんなアスカの後を追うようにして様子を窺っていた。
「好きなら好きって言や良いのに、言うともう一緒に居られなくなりそうだとか何とか……、だからって好きって気持ちまで潰さなくてもさ……、ってどうしたのよ?、レイ」
 流石に無口なのが気に掛かったのか、アスカは振り返ってレイの顔を覗き込むようにした。
「疲れてる?」
「え?、あっ、うん……、ちょっとね」
「ふうん?」
 じゃあ寄ってく?、と喫茶店へ誘うアスカに、レイは「ううん、いい」と答えた。
「そう……、まあ今日はネルフに用事もないし、ゆっくり寝れば?」
「そうする……」
 あたしもさぁ、と本を読んで夜更かしをした話に突入する。
 そんなアスカの横顔も覗きながら、レイは複雑な気持ちに囚われた。
(あたしの前では普通にしてるんだ……)
 つまりアスカは、本心からの顔を見せてくれていない事になる。
 いつから?
(あたしと友達してくれてるのって……)
 シンジが……、困るから?
 その考えに、自分に嫌気がさして来る、きりがないことだからだ。
 ──どいてドイテどいてドイテどいてぇ!
 道でぶつかって、それで知り合った。
 そんなたわいもない事がきっかけで、気になった。
 それに比べれば、シンジとアスカのこだわりはどうだろうか?
 その根底にあるものの根深さは。
 ──ハァ。
 空に息を吐く。
「アスカもシンジクンが好きなんだ」
「はぁ?」
 そんなレイの急な言葉に、アスカは酷く戸惑いまくった。


「ねぇ」
「ん?」
「あたし達なにしてるの?」
「なにって……」
 ──喫茶店。
「お茶?」
 シンジは買った分の雑誌をめくりながら答えた、無作法にも空いた手でコーヒーカップを持ち上げたままでだ。
「お茶はわかるんだけど……」
 不満そうに、両手で顎の落とし先を作るマナである。
「だったら、それらしくしない?」
「それらしくって?」
「お話とか」
 シンジは小首を傾げてから本を閉じた。
「って言ってもさ」
 体を起こし、背を椅子に預ける。
「用事があるの、霧島さんの方じゃないの?」
「へ?、どうしてそうなるの?」
「だって……、着いて来るから」
 今度はマナが首を傾げた。
「話してる途中に、さよならもしないで喫茶店に寄ろうとするのって、着いて来いっていうことなんじゃないの?」
「そうなるの?」
「そうならない?」
「そうなるのかぁ」
 知らなかったな、とシンジはボケたことを呟いた。
「あんまり気にしたことないしなぁ、そういうのって」
「そうなの?、でも惣流さんとか綾波さんとかは?、いつも一緒に居るじゃない」
 でも、とシンジ。
「喫茶店に寄るくらいなら、アスカかレイの部屋に行くもん」
「そうなの?」
 ふにゅっと猫口になった。
 小さな鼻の穴がやや開く。
「やっぱり付き合ってるんだ?」
「どうしてそうなるのさ」
「だって……、部屋に行くんでしょ?」
「?」
「?」
 二人して悩む。
「もしかして……」
 マナは頭痛を堪えつつ訊ねた。
「ホントに部屋に寄るだけ?」
「うん」
 はぁ!、っと天井を仰いで手を広げる。
「イケてなぁい」
「なんだよそれ……」
「だって、部屋まで行ってなにしてるの?、お話だけ?」
 だったら、とシンジ。
「霧島さんはどうなのさ?、リー君や浅利君、仲良いんでしょ?」
「あっ、あの二人は……、幼馴染みたいなもんだし」
「僕も似たようなものだよ」
 護魔化すようにコーヒーに口をつける。
 すぐ空になって、シンジはお代わりをウェイトレスに頼んだ。
「中学の時は隣の部屋に住んでたんだ、よく遊びに来られてたしね、今更……」
「気にならない?、女の子の部屋なのに?」
 さあ?、とシンジは正直に答えた。
「気にはなるけど、霧島さんが言うような意味じゃ気にはならないよ」
「どうして?、奇麗だし、可愛いじゃない」
 曖昧に護魔化す。
「色々とあってね……、好きになれないんだ、二人とも」
 語尾が震えるように小さく消える、そんな声音は、気の無いマナにすら胸を突かれるような戸惑いを覚えさせるものであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。