「ってわけでさぁ、なぁんか変なのよね、あいつ」
──ジオフロント、森林公園。
夜中、こんな場所に呼び出したのはアスカで、呼び出されたのはシンジであった。
人工の天井には逆さづりになったビルの灯が瞬いている、星のようだ。
二人はジオフロント外周にある、周回道路に立っていた、ガードレールに腰かけて、街灯の光を浴びている。
「何か気付かれたんじゃないの?」
まさか、と言いかけて、シンジは根拠が無いと口をつぐんだ。
「……まあ、あたしが気にする事じゃないんだろうけどさ」
恨みがましく。
「忘れて……、知らないふりをして、無視してるのも辛いのよね」
ねぇ、と。
「……あの時の言葉、まだ有効なの?」
え?、とシンジは顔を上げた。
「あの時、って……」
「もう!」
どんっと肘で突く。
「『あの時』のよ!、……あんたと一緒に居るって」
「ああ……」
シンジは俯き呟いた。
「どうなんだろ?」
思わず呆れるアスカである。
「なによそれぇ」
「だってさ……」
言い淀んでいると言うより、言える言葉を探している様な雰囲気を見せた。
「僕の傍に居てもらう必要は無かったかなって思ってさ……、何かあった時、綾波を支えて欲しいって頼む方が、良いのかもしれないし」
言うことが無茶苦茶よ、とアスカは感じた。
どうしてもシンジの言動が一定しないのだ、その時々によって反対のことを言う事もある。
(それだけ……、難しいって事か)
ガードレールの尖りがお尻に痛い。
薄いスカートでなく、ジーンズでも履いて来るんだったかと思ったが遅過ぎる。
アスカは体を軽くくの字に曲げたまま、伸ばした足先の踵で体重を支えていた。
顔を髪で隠して、シンジの表情を盗み見る。
眉間に皺を寄せているのがわかった、似合わない。
──沸き上がるのは嫉妬だろうか?
(レイの事ばっかり)
かくんとうなだれる。
せっかく二人きりなのに、と。
「ねぇ……」
「ん?」
「そんなにレイが大事なの?」
シンジはますます難しい顔になった。
まるでアスカの言いたい事に気付かずに告げる。
「大事だよ」
「そ……」
がっくりと来た、しかし……
「アスカと同じくらいにね」
「え!?」
ばっと顔を上げるアスカである。
それも真っ赤で。
「それっ、ホント!?」
「うん……」
けれどシンジの表情は優れないままだった。
「大事なのは、大事だよ……、でも好かれる覚えより嫌われる『ネタ』の方が多いんだよね」
寂しげに告白する。
「僕の欲しいものって……、手に入れられないものばかりだ」
「なに?」
「家族」
はぁ、っとシンジは息を吐いた、真っ黒な空へ。
「うまくいかないよね、そういうとこ」
「でも」
もじもじとするアスカである。
「か、家族なら……、なんとかなるじゃない」
何を考えているのか良く分かる、が。
「無理だよ」
「……どうして?」
「家族を作るって事は……、僕の居場所が出来るって事だよね?」
アスカはこくりと頷いた。
余りにも当たり前のことだからだ、しかし……
「それって……、僕がいなくなっても悲しんでくれる人が出来るって、そういうことだよね?」
「ええ……」
返事をしながらも不安になって来る。
何を言い出すのかと。
「ほら……、だから、僕は家族の一人になっちゃいけないんだ」
「なによそれ……」
ホンキで悩んだ。
「それじゃまるで……」
──いなくなるみたいに。
アスカはそう言いかけてゾッとした。
「あんた!?、なに言ってんのよ!」
反射的に激情を宿す。
しかしシンジには通じない。
まるで柳のように風を受け流してしまった。
「上手くいかないよね……、本当に」
「シンジ……」
「信じてないんだ」
笑って言う。
「母さんが居なくなって、人の家に預けられて……、僕の居場所なんてどこにも無かった、馬鹿みたいだって思うんだ、僕が居なくなって悲しんでくれる人なんて出来るはずないじゃないかって、でももしそんな人が出来たら……、僕は何も出来なくなるかもしれない、それじゃ……、ダメなんだよ」
目を閉じて言う。
「ダメなんだよ……」
アスカにはもう、それ以上問い詰める事が出来なかった。
何を言っているのか分からない。
それが恐くて、アスカは真っ直ぐ帰らずに、一人で残り、ずっとぼんやりとしてしまっていた。
──ネルフ本部、資料室。
第一次使徒会戦。
初めて実戦を経験するエヴァンゲリオン、リツコが見ているのはその前の映像だった。
パーティションで区切られた小部屋の中、ヘッドフォンを付けて端末の画面に魅入っている。
──僕に……、力を貸せって言うの?
シンジは確かに、そう口にしている。
「契約ね……、まるで」
シンジが分かったと口にしたところで画像は途切れる、繰り返し見て、さらにこれまでのシンジの行動から、リツコはリツコなりに想像を膨らませていた。
──シュボ!
禁煙室なのも忘れて煙草に火を点ける。
(シンジ君とエヴァの間には……、確かな意思の交感がある、エヴァに意志があるというの?)
人造人間なのだ、そういうことも有り得るかもしれない、しかし……
(なら乗り続けることは危険なはず……、なのに司令は乗せ続けている、シンジ君も乗ろうとする、理由は、なに?)
あの時は……
(レイが……、危うかったから?)
今は?
(わたし達が必要としているから?、……いいえ、違うわね)
二人の少女の顔が思い浮かんだ。
(二人が乗っているから、か)
だから自らも乗ろうとするのかと考えた時、恐ろしい想像が思い浮かんだ。
「契約?」
本当にそれはシンジの意志だったのだろうか?
力を貸せと言ったのは01ではないか、では……
「シンジ君自身が、彼女達を守りたい訳じゃないの?」
あるいは……、なんらかの理由があって、01はレイを守ろうとしている。
その汚染を受けて、シンジは彼女達を守ろうと、行動原理を刷り込まれてしまっているのでは無かろうか?
そうとしか考えられない。
「どういうことなの?」
その理由はまだ、分からない。
その同時刻、レイは一人部屋でクッションを抱いていた。
──ショック。
何がショックなのか、何にショックを受けているのか。
自分でそれが分からないだけに混乱していく。
「アスカは……、帰ってない、っか」
窓の外、ベランダを見ればそれは分かる。
帰って来ているのなら、隣の灯が見えるから。
(同じだと思ってた?)
同じようにシンジを好きだと思ってた?
そんな結論に達しかけていた。
仲の良い親友、ライバル、そんな形容詞が思い浮かぶが、今の気分では認められなかった。
(そんなの嘘じゃない……)
ずんっと一段重くなった。
(アスカはシンジクンが好き……、それは分かってた、あたしも好き、でもシンジ君は一人で……)
シンジは自分を大事に想ってくれているらしい、だが素直に喜べないのは何故か?
(だって……、アスカ、泣いてたもん)
それでも笑って許してくれている。
好きだと言う気持ちを伝えても、邪魔しないでいてくれている。
陰であれほど、苦しみながら。
(あんな風に泣くの?、アスカ)
シンジが自分を受け入れてくれたとしても、きっとアスカのことを思い出す。
そして罪悪感に駆られるのだ。
アスカが泣いてしまうだろうに、自分は裏切り者だ、と。
「裏切り者?」
レイは自分の心の内での『答え』にきょとんとした。
「あ、そっか……、なんだ」
前髪に手櫛を入れて、ほっとする。
「あたし……、アスカが好きなんだ」
辿り着いた結論はそれだった。
だから辛いのだ。
アスカに我慢をさせてまで、シンジを好きで居続ける必要があるのかと。
「好きだけど……」
譲れるような気がしてしまった。
別に良いのかもしれない。
シンジとアスカが付き合って、それに割り込むお邪魔虫でも。
十分それで、幸せかもしれない。
「そっか、なんだ、そっか……」
レイはそんな想像に、ホンキで苦笑してしまっていた。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。