「碇君、居るぅ?」
 そんな間延びした声に、アスカとレイはきょとんとした。
 教室である。
 他の人のざわめきも一時中断された、席を立ち上がったシンジが教室入り口まで歩いていき、戸口の柱にもたれかかった。
「なに?」
「うん、今日は暇かなって思って」
「用事は無いけど……」
「あ、じゃあガッコ終わったらデートしない?」
 クラス中の人間が耳を大きくする。
「デート?」
「うん」
 にこにこと目を細めて笑う彼女に、シンジは首筋を掻いて困った顔をした。
「あそこ」
「え?」
 指差して、マナを振り向かせる。
「こっち睨んでるんだけど……」
「こらぁ!、ムサシぃ!」
 慌ててばたばたと走ってく影一つ、そしておろおろとしてから追いかけていく人物一名。
「まったく」
 両腰に手を当てて憤慨する彼女にくすりと笑った。
「誘ってあげれば良いのに」
「……それって、デートに誘ってるコに言うことじゃないと思う」
 むぅっと。
「他の奴と遊べばって聞こえるんだけど?」
「そう?」
「可愛い子が誘って来たら、もったいないって思わない?、思わない?、思えないほど可愛くない?、あたし」
 そう言われると逆らえない。
「そんなことは無いけどさ……」
「じゃ、迎えに来るから、先に帰らないでね?」
 じゃねっと去っていく彼女に溜め息を吐く。
「なんだよシンジ、いつの間に」
「ケンスケ」
 ぽんと肩を叩いた級友の手を振り払う。
「別にそんなんじゃないよ……」
「じゃあ『どんなん』だよ」
 まったく、と。
「霧島って言ったら、結構人気あるんだぞ?、まあ、リーとかのガードが堅くて、あんまり近づく奴は居ないけどさ」
 無視して席に戻ろうとするシンジを追いかけた。
「惣流とかみたいに近寄り難いって雰囲気ないからさ、友達多いし」
「ほほぉ?、だぁれが近寄り難いって?」
「あ〜〜〜」
 ケンスケは背後の殺気に冷や汗を垂らした。
「その……、あはははは」
 ──パン!
 靴底が良い音を鳴らした。
「まったく!」
 いそいそと靴を履くアスカである、その横でケンスケが頭を押さえてうずくまっている。
 シンジはあははと、引きつった笑い方をした。
「でも……、ケンスケの言うことにも一理あるよね」
「シンジまで何よ!」
「だって……、アスカってすぐ怒鳴るんだもん」
 キーっとなる、そんな二人を眺めてくすくすと笑っていたカヲルは、はてと首を傾げて物足りなさを感じた。
 ── 一人、足りない。
 探すまでもなくすぐに見つかった、自分と同じように自身の席で笑っている。
 微笑ましく、眺めて。
(ふん?)
 何からしさが抜けている気がする、そう感じさせているのはもちろんレイだ。
 マナのことを問い詰めようともしないで、アスカの行いに表情だけで笑っているのだ。
 細められた目の奥で、瞳が寂しげにうつろいでいる。
「で、どうなってんのよ!」
 アスカの問い詰める声だけがうるさくなった。


 ──放課後。
「霧島さんってさ」
「ん?」
「こういうことしない人だと思ってた」
 今度はシンジがマナに対して持っていた先入観を語った。
 二人、腕を組んでの下校である。
「生徒会とかでもさ、結構先頭立ってるみたいだし、ナンバーズを嫌ってるんだって思ってたけど」
 マナはううんとかぶりを振った。
「嫌いじゃない、けど、苦手は苦手」
「どうして?」
「考え読まれるのは、ちょっとね……」
 シンジは首を捻った。
「考え?」
「うん」
「そんな力のある人、居るの?」
「わかんない」
 だから、恐いと言う。
「だって……、ナンバーズの誰がどんな力を持ってるかなんて知らないもん、どんな種類があるのかとか……、超能力みたいなものでしょ?、だったら」
「テレポートできたり、テレパシーが使えたり?」
「うん」
 シンジにはそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。
 実際、似たような力が使えるからである。
 ──教室。
「まったくもう!」
 ぷりぷりと怒っている、アスカだ。
 他にレイとカヲルとトウジが居る。
「あの馬鹿っ、ホントに行くんだから」
「そやけど」
 トウジ。
「前はようデートしとったやないか?、十人やそこらちゃうやろ?」
「だからむかつくのよ!」
 バンっと机を平手で叩く。
「最近治まって来たと思ってたのに」
「その分、独占欲が涌いて来たと言う所かい?」
「だっ、誰が」
「素直じゃないねぇ」
 肩をすくめて嘆息してやる。
「で」
 カヲルはレイへと話を振った。
「君はどうなんだい?」
「え?」
 きょとんとして。
「あたし?」
「君だって、面白くは無いんだろう?」
「……まあ、ね」
 気の無い返事に、アスカが切れる。
「なによ、はっきりしないわねぇ」
「うん……、まあ」
 あははははっと。
「あんまりシンジクン、乗り気じゃなかったし……、ならいいかなって」
 アスカは呆れた。
「そういうとこはしっかり見てんのね」
「……どういう意味よぉ」
 ぷくっとふくれる。
「どうせ嫉妬してますよ」
「だったら止めろってのよ」
「ってことは」
 ぽんと手を打つカヲルである。
「惣流さんは、しっかりと嫉妬していたということか」
 アスカは何やら照れたのか、何言ってんのよ、っと叩き倒した。
「酷いじゃないか」
「だったら言うなっての!」
 ったく、っと。
(こっちの気も知らないで……)
 実際、アスカはシンジの身を案じていた。
 正確には、その心をだ。
 どこか均衡を失ってしまっている、バランスを欠いている、そう感じる。
 だからマナのように、掻き乱す事をしないでいて欲しいのに。
 ちらりとレイを見る。
 もちろんこちらのことも気にしているのだ。
(シンジも……、大事にしてるなら、気ぃ遣ってやれってのよ、ったく)
 どうしてあたしが、とフォローする。
「良いのね?」
 レイは目を伏せる様にして頷いた。
 ──自分以上にシンジを好きなアスカに、ダメだなんて言えるはずが無いのだから。
「そう……」
 そんな嘆息気味に受け答える声が、どこかしら冷たい感じに聞こえてしまったのは……
 果たして、彼女の気のせいだったのか?、それを確かめる術は何処にも無かった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。