──生徒会会議室。
「え〜、ということでして、ネルフ作戦司令部からの要請で、チルドレンから常勤者を募ることとなり、その募集広告の作成と、候補者のローテーション表作成のための、希望就労時刻を、ですね……」
 あう〜っと、書記である彼は黒板の前で涙を流しかけてしまった。
 不機嫌そうにテーブルに頬杖を突いてそっぽを向いているアスカが居る。
 その目は話しかけるなと酷く剣呑だ。
 アスカの正面の席にはマナが居た、かなりご機嫌に何かの雑誌をめくっている。
 マナの左隣にはムサシが居る、浅黒な肌をしているからか、険しい顔つきがより危なく見えた。
 彼の視線はマナのめくっている雑誌へと向いていた、顔は正面を向いているのだが、わざとらしく腕を組んでふんぞり返っているのが、自身の存在を誇示しようと言う現れだろう。
「マナっ」
「ん〜?」
「今は会議中だぞ」
「だからぁ?」
 頬杖を突いて、反対側に向く、余した右手でわざとらしくページをめくった。
「これからデートなのよねぇ、今日は何処行くかまだ決まってないの」
 ムサシはわなわなと震えた、誰の目から見てもマナに気があるのは明らかなのだが、相手であるマナにその気があるのかどうかが非常に怪しい。
 黒い肌でも赤くなるのが分かるんだなと、わりと色の白いアスカは思ったのだった。


LOST in PARADISE
EPISODE27 ”恋愛感情”


「待った?」
「……そうでもないよ」
 鞄を脇に挟んだ左手はポケットに、シンジは右手でジュースを飲んでいた。
 校門だ、もたれかかって暇を潰していたらしい。
「それじゃ行こう?」
「うん……」
 会話だけを聞けば誘われた女の子が恥じらいながら着いていくものに聞こえるのだが、事実は逆だ、色々な意味で。
 うきうきと誘うマナに、渋々着いていくシンジ、構図としてはかなり冴えない。
「今日は何処に行くのさ?」
「買い物」
「買い物?」
「うん、銀座の方、良いお店があるんだって」
「銀座……」
「なに?」
「行ったことないんだよね、銀座って」
 へ?、とマナは驚いた。
「うそ」
「なんでさ?」
「だって……、銀座でしょ?、第三って結構整備されてるから、あれを買うならあの場所って言うのがはっきりと別れてるじゃない?、銀座に行かなかったら服ってどうするの?」
 シンジは笑った。
「女の子はそうかもしれないけどさ……、僕の着るようなものなんてその辺で買えるからね、それに」
「ん?」
「アスカとレイがね……、どこかに行く度に買って来てくれるんだ、良いもの見付けたって」
 そう……、とマナのトーンは落ち込んだ。
(そういうの、やめて欲しいんだけどなぁ)
 不満に思ったのはシンジの無神経さに対してである。
 笑いながらそういう事を言われてしまうと、自分は対象外なのだと疎外されているように感じるしかない。
『特別』ではないのだ、特別な相手、対象ならば、嫌われたり勘違いされたくなくて、そういう話題を避けようとするのが普通だろう。
 なのに、シンジは隠してくれない、それは……
(嫌われても良いって思われてる?)
 非常に微妙な問題である。
 ただ単に、適当にあしらわれてるだけなのかもしれないから、友達程度に、牽制の意味で。
 ──果たして、どちらか?
 どちらにしても、あまり面白い話では無かった。


「ねぇ、帰ろうよぉ……」
「黙ってろ!」
 そんな内心に関係なく、外面だけを見れば仲睦まじい姿に歯噛みしている者が二名居た。
 浅利ケイタとムサシ・リーの二人組である、その内のケイタは酷く憂鬱そうな顔をしていた。
(イタイだけじゃないか、こんなの……)
 そっと壁の影から覗き見れば、腕を組んで楽しげに笑っている彼女が見えた。
 この先、追えば追うほど見たくもない光景にばかり出くわすだろう。
 それは辛い。
 その辛い行為に踏み込んでいる者達がもう一組居た。
 アスカとレイである。
「ちぃーーー、なんなのよ、あいつら!」
 レイは半笑いで護魔化した。
 目的が同じなのは明らかだったからだ。
「邪魔でこれ以上近づけないじゃない」
「そうね」
 接近するとどうしてもムサシ達に気付かれてしまうと地団駄を踏む。
「シンジ達、なに話してるんだろ?」
「さあ?」
「レイ、なんとかなんないの?」
「できるけど、しない」
 なんでよ?、とアスカは訊いた。
「わかんない?、シンジクンが女の子と一緒にどこかの部屋のベッドに居るなんてとこ、下手に視ちゃったらどうするの?」
 うっと唸った。
「そ、それは……、嫌スギね」
「でしょ?」
「けど!、そういうのを止めるためにも!」
「……止められるの?」
 アスカはぎくりと固まった。
「それは……」
「でしょ?」
 嘆息する。
「雰囲気盛り上がってそうなって……、それって良いかなって、『幸せかも』って状態に入っちゃったってことでしょう?、シンジクンが幸せ見付けたかも知れないとこ、ブチ壊しに出来るの?」
 出来ない。
 無理だ。
「そりゃ……、本当にそうなっちゃったら悔しいけど」
「じゃあなんでほっとくのよ」
「だって、あたし達が好きだからって、シンジクンには関係ないもん」
 アスカは眉をしかめ、眉間に皺を寄せた。
「呆れた……、アンタ本気でそんなこと思ってんの?」
「……うん」
「あんたねぇ!」
 アスカは反射的に暴露してしまいそうになって……、何とか思いとどまった。
 シンジが何かを想い、隠している。
 それを自分が話すわけにはいかないと思ったからだ、まあ……、レイの事を想ったからでは無く、シンジに裏切り者と切り捨てられたくなくての自制ではあったが。
 その後ろめたさが、発火した感情を鎮火する。
「アスカ?」
「……もう良い!」
 ふいっとそっぽを向くようにしてシンジ達に視線を戻す。
「でもそれじゃあ……、シンジが可哀想よ」
 アスカの叫びを思い出す。
「アスカ……」
「あんたなんでしょ?、あいつがこの街に来て、一番最初に友達になったのって」
 前に話した事でもあったので、レイは素直に頷いた。
「うん」
「……その時のシンジ、どうだった?」
「え?」
「あいつ……、今みたいだった?」
 それは、と言いごもってしまった。
「シンジ……、笑ってたんでしょ?」
「うん……」
「それはあんたがシンジを知らなかったからじゃないの?」
「え……」
「羨ましいわ」
「アスカ?」
「きっと……、あたしはそんなシンジの顔なんて、一生かかっても見る事なんて出来ないんだから」
「そんな……」
「アタシが苛めたんだもん」
 そして。
「だから自分のことを知らないアンタには素直に笑えたのよ、楽しむ事が出来た、違う?、アタシが来たから……、アイツはもう心から笑わないのかもしれない、警戒するので精一杯だから、前のことが頭のどこかから離れないから」
「そんなこと言わないで!」
「けどね」
 アスカは背中で拒絶した。
「本当の自分を晒して、それが馬鹿にされたら落ち込むじゃない?、それをアイツは知ってるもの……、でも演技してたら?、笑われてるのは本当の自分じゃないって、馬鹿にされても何とも思わずに済む、そうでしょう?、……みんなが、アタシが好きなのは今のシンジよ、仮面を被ってるね?、本当のシンジを知ってて、そのシンジを好きなのって、アンタだけかも知れないのに」
 そんなことを言わないで。
 アスカはその最後の言葉を呑み込んだ、それはあまりにも惨めに過ぎるものだったから。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。