実際の話。
シンジはそこまで深く考えている訳でも、演技をしている訳でも無かった。
「銀座で買い物って言うから、なに買うんだろうって思ったんだけど」
シンジはジーンズを選んでいるマナにほっとしていた。
その辺りの高級ブティックに入られたらどうしようかと思っていたのだ。
「安心した?」
「ちょっとね」
マナはシンジの耳を引っ張るようにして唇をよせた。
「いっくらなんでも、その辺の店に入れるようなお金ないもん」
離れてへへっと舌を出す、そう言えばそうだろうな、と思ってシンジも同じく笑って見せた。
ジーンズの店なら買える値段だから、というのではなくて、お金を持っていますと言う服装をすることが、まず高級店に入るための条件である。
制服やカジュアルで入れる店を限るとこうなる、と言うことである。
「お金、か」
「シンジ君はお金持ちだっけ?」
「そうでもないけど……」
「ウソ、だってお父さんは司令だし、シンジ君だって貰ってるんでしょ?、お給料」
それはまあ、とシンジは濁した。
「危険手当てとか、いろいろ貰ってるけどね」
「なに?」
「生活費で消えてくよ、後はゲームとかCDとか」
マナは少しばかり呆れ返った。
「どれだけ使ってるの……」
「う〜ん、ゲームは出てるのほとんど買ってる」
はぁ?、っとマナ。
「なんでそんなに……」
「だってすぐに解けるんだもん……」
「『エヴァ』使ってやってるの?」
「使ってないよ」
「え?、でもそれなら……」
「使ってないけど、なんとなくすぐ解けちゃうんだ……、だから長く持たないんだよね」
へ、へぇ……、とマナは惚けるように感心した。
それならば純粋にシンジの記憶力や発想力、反射神経や動体視力が優れているのだ、ということになるからだ。
「凄いんだ、シンジ君って……」
「そうでもないよ」
「謙遜?」
「そうじゃないよ……」
あ、まただ、とマナは思った、時々シンジは歯切れが悪くなるからだ。
そしてそんな時にばかり、あの寂しげな表情をする。
「霧島さん」
「え?」
「ジーンズ……」
「え?、あっ、あ!」
ぼうっとしていて、手の内からズボンを落とし掛けていた。
──夜道。
人気の無い大通りを、シンジは一人で歩いていた。
駅でマナと別れての帰り道だ、時折空を見上げて、はぁっと溜め息を吐いている。
「デート……、彼女、か、なんで僕なんかと付き合いたがるんだろ?」
──それは君が気になる表情をするからさ。
「カヲル君?」
どこ?、と首をめぐらして、シンジは肉声ではないことに気が付いた。
少し離れた場所、マンションの屋上に人影を見つける、六階建のマンションで、柵がない、おそらくは立ち入り禁止のはずだ。
──来ないかい?
シンジは頷くと、背に白い翼を生やして飛翔した。自分の周囲の大気を背中へと流動させる事で前面の気圧を低くし、自らを引っ張り上げたのだ。
白く見える翼は噴き出した風そのものである。
ふわりと一度に舞い上がり、重力に引かれてストンと下りる、少々バランスを崩して前のめりに倒れそうになってしまった。
「あっと……」
その体を意外に力強い腕が支えてくれた。
「ありがとう、カヲル君」
カヲルはいいさと笑みで答えた。
二人で立って、街を眺める。
闇夜の街はとても寂しい。
それは特にこの周辺に、民家が少ない事も関係していた。
──ネルフ職員のための社宅が多いのだ。
夜の七時だ、こんな時間に帰宅出来る人間は少ない、その上本部勤めの人間はあまり自宅に帰らない癖が付いてしまっていた。
元々シェルターとして整備されているネルフ本部は、衣食住、娯楽に関してもかなり配慮されている、宿泊施設に食堂、風呂もあれば遊戯室もある。
それこそ下手なテーマパークに泊まりがけで遊びに行くよりも楽しめるほどだ。
そんなわけで、この辺り一体は完全に寂れてしまっていた、ぽつりぽつりと明かりが灯っているだけである。
並んだ二人、先に口火を切ったのはカヲルであった。
「最近……、綾波さんの様子がおかしくてね」
シンジは身を強ばらせた。
「レイの?」
「何かあったのかい?」
シンジは思い当たる事を考えて、まず第一にアスカを上げたが、口にはしなかった。
「……覚えはあるよ」
「そうなのかい?」
「うん……」
でも、と。
「どうにも出来ない事なんだけどね」
アスカ、喋ったのかな?、そう考えて否定する。
だったら学校で平然としてはいないだろうから。
(アスカなら……、気まずくてカリカリするだろうし)
だったら何だろう?、と苦悩する。
「この頃二人と遊んでるかい?」
「二人……、アスカとレイ?」
「他に誰か居るのかい?」
これもまた思い当たる所が非常に多い。
「呆れたね……」
カヲルは頭痛を堪えたようだ。
「あまり良い顔ばかりしていると、その内問題になるよ?」
「そんな大袈裟な」
「じゃあどうして引きつっているんだい?」
はは……、とシンジは護魔化すのに失敗した。
同じ相手から二度三度とデートに誘われたこともある、断る理由は無かったし、遊んでいた。
その中には本当に好きになってくれた子も居たのだ、けれど。
「そういう気持ちには、なれなくてさ……」
シンジの言葉にカヲルは首を傾げた。
「それはあの二人にもかい?」
「まあね」
「それはまた……、可哀想に」
はて?、とシンジは首を傾げた、カヲルの言い草が彼女達を思ってのことではなくて、自分に対してのもののように聞こえたからだ。
そしてそれは間違いでは無かった。
「君は人を好きになれるのかい?」
「え?」
「何を自制しているのかはしらないけどね、君は自分の感情に対して何か念頭に置いている事がある……、そう感じるんだけど、違うかい?」
そうかな?、とシンジは首筋を掻いた。
「わかんないや……」
「本当に?」
「うん……、まあ、色々とあるから、考えて、そうしようって決めたことはあるんだけどね」
だからと言って。
「無理してるつもりは無いよ、出来る事しかやってないから」
嘆息する。
「なら良いけどね」
「アスカ達には悪いと思ってるんだ」
「彼女達の必死さを理解っているのかい?」
「必死って?」
「……惣流さんは君に嫌われているんじゃないかと潜在的に不安に思っている、だから確認したくて君に絡む、そうだろう?」
「……」
「綾波さんは純粋に君と時を過ごしたく思っている、けれど君とどう触れ合って良いものだか分からなくて足踏みをしている、違うかい?」
シンジは正直にかぶりを振った。
「わかんないよ」
「……そう」
「うん、好きだよ?、二人とも……」
その言葉を伝えてあげればいいのに、とカヲルは言いかけてやめた。
シンジなら、「でも」と続けるだろうと思ったからだ。
「……でも」
シンジは本当に続けた。
「嫌われっぱなしだったからね」
寂しげに。
「好きだって思うことがなかったんだ……、ずっと、だからどんな気持ちなのかよくわからないんだ」
「だから色々な人と付き合ってみるのかい?」
「そういうわけでもないけどね」
苦笑して言う。
「でも僕にだって好きな子は居たんだ……、好きって気持ちを気持ち悪いとか傷つけられるのは痛かった、だから恐くて逆らえないのかもしれない、好きって言ってくれる人を傷つけたくなくて」
居たんだと過去形にしていることを気にしたカヲルに、シンジはごめん、やっぱりよくわかんないやと言い訳した。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。