「こぉら」
帰宅したシンジを待ち構えていたのは、既に酔いが回っているらしいミサトであった。
「子供がいつまでふらついてんのよん」
「いつまでって……、まだ七時ですよ?」
「そうじゃなくてぇ」
ケケケと笑った。
「レイとアスカ、二股は最低だって言ってんのよ!」
うりゃっと繰り出されたカニ挟みを避ける。
シンジはトイレに行っていたらしいリツコがやって来たので、彼女に訊ねた。
「なんなんです?」
ああ、と苦笑する。
「大学時代の知り合いが結婚するのよ、それでちょっとヤケ酒をね」
「そうですか……」
「でもわたしも興味はあるわ」
よいしょとミサトをまたいで、カーペットに直に座った。
「レイとアスカ、二人とも待ってるんじゃない?、あなたを」
「僕をですか?」
「そうよ」
「でも」
「あの年頃のコはね」
ビールを手にする。
「好きな人が会いに来てくれるだけで嬉しいものなのよ、何をしてくれるとか、何を話してくれるとか、そんなことじゃなくてね」
「そんなものですか?」
「それでドキドキ出来る内が楽しいのよ……、この歳になるとあの頃は良かったって思うことばかりだわ」
シンジはようやく、リツコも酔っている事に気がついた。
──ネルフ本部。
「それで、こちらが生徒会から提出されたリストです」
青葉シゲルの出したリストをざっと眺めて、冬月はふうむと頷いた。
名前だけを眺めても良く分からない、とりあえず数だけを確かめた。
「思ったよりも集まったな」
「アスカちゃんのおかげですよ、そっけないけど、ちゃんと気は配る子だって……、人望があるんですね」
「そうかね、……レイやシンジ君はどうだ?」
「シンジ君は女子に人気があるようですが、レイちゃんは正直、普通ですね」
おや?、と意外そうな顔をした。
「普通かね?」
「はい……、中学の頃から顔を知られてますからね、昔の諍いなんかのことがあるんで、人気には余り繋がらないんですよ」
そんなものか、と冬月は納得しておいた。
「しかしこうも増員しなければならないとはな」
「ナンバーズはともかく、チルドレンは基本的にただの高校生ッスからね、一部では一般から公募した方が良いんじゃないかって不満が上がっていますが」
「却下だな」
きっぱりと告げる。
「これにはナンバーズとチルドレンとの相互関係の見直しも含まれている、将来的にナンバーズと関っていくのは、やはり同い年の連中になるのだからな」
ナンバーズが大人になった時、彼らに共感する事の出来る対等の人間を作り上げておく。
そのこともまた、必要な計画として立てられている。
つまりこれもまた試練なのだ。
「しかしまぁ」
苦笑する。
「やっていること自体はなぁ……」
「は?」
「子供達の管理と言えば聞こえは悪いが、やってることはみんな仲良く、だ、小学生の教師にでもなった気分だな」
そうッスね、と苦笑する。
「君は小学校は出たクチかね?」
「自分はなんとか中学校ですね、小学校は無理でした」
「セカンドインパクトがあったからなぁ」
感慨深く。
「けど、俺、小学校って嫌いでしたからね」
「おや?、そうかね」
「はい……、家に居られると面倒だから学校へ行け、学校で飯を食って来い、帰って来たなら塾へでも行け、でしたからね、ゲンキンなもんで、セカンドインパクトで学校が無くなってから、ようやく勉強がしたくなりましたよ、だから中学は好きでした」
「悪い事ばかりになると昔を懐かしむ、人間の癖だな」
「そうッスね」
ふっと笑う。
「託児所……、か」
「なんスか?」
「ユイ君……、シンジ君の母親の言葉だよ、学校は勉強を教える所で託児所じゃない、だから子供の癇癪に付き合い切れないからと言って他人に預けて責任を負わないで済むように逃げる母親には成りたくない、とね」
託児所……、と感慨深くシゲルは繰り返した。
「そうですね……、学校と託児所を間違えてるって雰囲気はありましたね」
「二十世紀にはよく話されたことだよ、道徳や倫理、しつけなんてものは家で学ばせるものであって、それを学校や社会のせいにするのは親の責任転嫁だ、とね?、学校は託児所ではない、だから人に押し付けて楽をした揚げ句に教育に失敗したからと言って他人のせいにするのは馬鹿だ、自分の子供が起こす問題や手間、苦労なんてものは親である自分が全て引き受けて見せる……、そんな親になりたい、彼女の言葉だよ」
シゲルははたと気がついた、いや、思い出した。
碇ユイ、どこかで聞いた名前であったと引っ掛かっていたのだ。
「……そっか、確か、01の起動実験で」
「ああ」
ふう、と体を椅子に預ける。
「01の中に消えてしまったよ、そして今はシンジ君を守っている……、言葉通り、彼女は自分の子が負わされる問題や責任を少しでも引き受けてやろうと実践して消えてしまった……、それをどう思っているのか、碇の奴は……」
「ユイ……」
──01ケージ。
ゲンドウは一人で01を見上げていた。
「シンジが思い詰めている……、そろそろ次の段階へ進むべきなのだろうな」
しかし、と。
「馬鹿な事をしているな、わたしは」
──同時刻。
シンジは一人、暗くした室内でベッドに寝転び、天井を見つめていた。
頭の下は両腕を差し込んで枕にしている。
考えているのは『二人』のことだ。
「アスカに、レイ、か……」
カヲルと話したからだろうか?
少しばかり違う思考を持ち出していた。
「僕は……、どうしたい?」
アスカとキスしたい?
レイの胸に触れてみたい?
アスカのスカートに手を差し込みたい?
レイの太股を撫でてみたい?
どれを考えても鬱になる。
興奮しないではないのだが、グラビアのような他人ならともかく、知り合いが相手ではどうしても妄想としても萎えてしまう。
抵抗があるのだ。
余りにも最低な気がしてしまって。
──マナ。
あの子の方が『エッチ臭い』妄想を描けるというのは、やはり気がない証拠だろう。
「冷たいのか?、僕は」
だから鬱になる、しかしだ。
──シンジ君♪
明るく笑うマナがイタイ。
上辺の、適当に付き合うだけの、感情的でない自分を好いてくれている。
嫌われないように、気をつかっている自分だけを見て、そう言ってくれている。
「でも……、僕の嫌なところを、みんな知らない」
誰も知らない。
汚い自分を知ってくれても、果たして好きで居てくれるだろうか?
そっかと思う。
「結局……、アスカとレイだけなんだな、僕の情けない所も、酷い所も知ってるのって」
それがどれだけ気楽になれる事柄なのか?
シンジは漠然とだが、ようやく捉え始めていた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。