機械に対して指示を出し、そのグラフィックを見ながら起動を順次行っていく他機に対して、01の起動は味気ない。
潜り込み、瞼を閉じて、さあ行こうと話しかければそれで終わりだ。
それに対して、アスカは新しいインターフェイスデバイスに慣れないな、と毒づきながら、00を探した。
頭に被るような無骨な物などではな無くなって、サングラスのようなバイザー型に変更されていた。
目を覆えばそれで終わりだ、エヴァの視覚情報が送られて来る。
表示場所が減った分だけ、立ち上げ時に流れていた膨大な情報は整理された、必要最低限なものしか知らされなくなったのだ。
(それだけアタシも、エヴァと『共感』してるってことか……)
機械などに頼らなくても、『自分の体』のことは自分で分かる。
それは自分もまた、人よりも使徒に近くなっている証拠かもしれない。
(アタシは……、シンジみたいになるの?)
アスカは認められない……、認めてはいけない考えを抱いて、苦痛を感じた。
──そんなのは嫌だ。
抱いてしまったのだ。
嫌悪感を。
それは許されない事だった、シンジを拒絶し、排斥するなど、何があってもしてはいけない事だから。
ぐっと唇を噛んで、胸の痛みと、疼きと、込み上げて来たものに堪えた、涙目になって。
(アタシが追い込まなかったら……、シンジはチルドレンになろうとなんてしなかった、この街に居付こうなんて考えなかった、そうすればシンジは人のままでいられた!)
必死に自分を諌める言葉を探して、自虐に浸る。
そうでなければ忘れてしまいそうになるからだ。
──昔の自分が出て来そうになるからだ。
はぁっと、アスカは体をのけぞらせて、仰向いた。
(レイみたいに純粋になりきれてないアタシって、本当に『恋』なんてしているの?)
その疑問もまた、抱いてはいけない物だったかもしれない。
三機のエヴァが暗闇の中を進んでいく。
歩みは遅い、時折避難した人達が放り出していったらしい工作機械を踏み潰してしまうのだが、気にすることはなかった。
(シンジクン)
レイは頭で思考した、その思念はエヴァが増幅し、シンジへと伝える。
(なに?)
(……わかんない)
はぁ?、と困惑するシンジの思考が伝わって来た。
「あ、別に何がどうってわけじゃないんだけど」
焦って口にしてしまう。
「シンジクンって……、あたしのこと好きなのかなって、あははははは、ごめん、よくわかんないんだけど」
それって僕の口癖なんだけどな、と苦笑するのが分かった。
(多分……、好きだよ)
「え!?」
思考はストレートに伝わる物だ。
だからこそ、その好きの意味が間違いなく『好意』に留まらないものだと分かった。
「ホント!?」
それでも訊ね返してしまうのは心理だろう。
(うん……、多分ね)
強調された、『多分』の部分は伝わらなかった。
「じゃあ、あの……」
レイは思い切った。
「アタシが先行するから、シンジクンは後ろでフォローしてくれる?」
(え!?、でも危ないよ……)
「大丈夫!、アスカにも手伝ってもらうから!」
シンジは、「う、うん……」と消極的ながらも了承した。
少しだけレイはほっとする。
アスカは通信機によって漏れてしまっているレイの言葉に、大体の内容についてきちんと察しをつけていた。
シンジの思念は聞こえなかったが、想像はつけられる。
(アタシ達が先に出て片付ければ、シンジは今のままで居てくれる……、それは確かにそうだけど、逆にアタシ達がやられちゃったら、どこまでキレるかわかんない、良いの?、本当にそれで)
しかしかと言って、先鋒を務めてもらえばシンジは倒すまでムキになるだろう。
自分達に、何もさせないために。
それこそが守るための、一番の方法であるのだから。
(こちらから言えばシンジはやらせてくれる……、強く反対出来ないのはアタシ達を優先してくれてるから……)
けどね、と心の中で忠告する。
(レイ?、諦めてる恋だから、自棄になって素直になってくれてるってこともあるんじゃない?)
考えはそこまで飛躍する。
「アスカ」
「なに?」
「あたしが先に立って使徒の能力を確認するから、フォローお願い」
「……分かった」
(口に出してたの、気付いてないのね)
嘆息すると共に、微笑する。
それだけシンジの言葉が嬉しかったのだろうと思うのだ。
(レイだったら……、一緒に生きてって言われたら、すぐにOKするんだろうな)
自分は戸惑い、迷った、素直では無かった。
疑念を抱いて、シンジを疑い、信じなかった。
(その時点で、アタシの気持ちは恋じゃなかった?)
動き始めた気持ちは止まらない。
(でもだめ……、シンジが好きでないと、駄目なのよ、アタシは)
そうでないと……、シンジは本当に人ではなくなってしまう、そんな気がする。
シンジはもう、レイに嫌われてしまうのを確定事項のように思っている、そうなることを前提に気持ちを、心を定めてしまっている。
ならばレイがどう想ったとしても、シンジはその気持ちのままでいるだろう、そうなれば残っているのは孤独だけだ。
シンジに孤独を教えたのは誰だ?、孤独の中でも生きられるよう、耐性を持たせてしまったのは誰だ?、それは自分だ。
今のシンジは悩まない、こちらが無理に触れ合おうとしない限り、『輪』から孤立していくだけだろう。
──切ない。
レイはそんな、唐突過ぎる感情にさらされて戸惑った。
(アスカ?)
なんだろう、と思った、具体的ではない不安、苦しみ、慟哭。
それが伝わって来るのだ、肌が粟立つ。
(何泣いてるの?)
今は話しかけてはいけないと思った、気付かずに溢れ出した感情を垂れ流しにしてしまっている、そう感じた、だから感じるべきだと思った。
(『これ』、アスカの生の感情なんだ……)
普段は眩しさに目をくらませて、誰にも見えないように埋めてしまっている闇の部分。
(アスカ……、シンジクンがそんなに嫌なの?)
生来、アスカは明るい子であったのだろう、それがシンジに関らなければならなくなって、鬱な心を作ってしまった。
そのための悲鳴であると、そう感じる。
(明るく行きたい、ライトに生きたい、なのに……、もう嫌だ、そう思ってるの?、アスカ……)
それはないだろう、と憤りを感じてしまった。
シンジは間違いなくアスカが好きなのだ、だが信じる事を恐がっていると、そう思っていた。
これではシンジの気持ちに裏付けを与えるだけではないか、シンジの思っている通りだ、アスカはいつか、疎ましくなってシンジを捨てる。
シンジに「またか」と言わせてしまう。
そう感じた。
そして感情は膨れ上がって抑制を失う。
(レイ?)
アスカは昂ぶったレイの感情にぎくりとした。
(そんなのってない!)
『声』が叩きつけられる。
(シンジクンは本当はアスカが好きなのに!、好きだからアスカに当たったりしないように全部呑み込んで来たんじゃない!、アスカに全部譲ったんじゃない!、それを)
──しまった!
そうアスカが思った時には遅過ぎた。
(違うっ、レイ!)
(違わない!、義務なの?、罪ほろぼしなの?、それだけだったの!?)
(違うわよ!)
(シンジクンの初恋の人って、アスカでしょう!?)
覚えがあるから、アスカは身を強ばらせた。
(アスカだって、シンジクンなんでしょう!?)
その通りだ。
電車が通る傍の公園で、砂遊びをしている男の子と女の子が居た。
『本当にシンジはアスカちゃんが好きなのね』
『うん!』
そう言ってくれたシンジが嬉しくて、素直に笑った自分が居たのだ。
(シンジクンは……、シンジクンは気持ちを凍らせたまま自分の中に押し込んでる!、それが溶けるまでシンジクンは誰の気持ちも受け入れたりしないっ、アスカだけが『拠り所』なのに!)
(より……、って)
(笑っていれば……、『みんな』が喜んでくれる様にしていれば楽しい時を過ごせるなんてっ、そんなのウソ!、だってシンジクンはなんにも楽しいと思ってない!、楽しませようとしてるだけで、楽しもうとしないじゃない!、アスカがそんなじゃ)
(そんなことはない!、だって!)
アスカはついつい、叫んでしまった。
(シンジは言ったもん!、レイを守るって、そのためにここに居るって、それが自分の『役割』だからって!)
言ってしまってから、アスカははたと我に返った。
「あっ!」
慌てて口を押さえたが、遅かった。
『それ……、どういうこと?』
肉声の通信で送られて来た言葉は震えていた。
『それ、どういうこと?、役割って、シンジクン!』
「ごっ、ごめ!、シンジ!」
立ち止まった01が居た、遠くエヴァの目にも闇に溶け込んでいるようだった、いや……
『闇を纏わりつかせている』、そう表現するのが正しいかもしれない。
「……頼まれたんだ、父さんに」
「おじさん!?」
「……レイを、頼むって、守ってやってくれって」
レイはカッとなった、しかしそれよりも早くアスカが苛烈な反応を見せていた。
「そんな言い方ないでしょう!?」
だがシンジは……、いや。
『01』は動じなかった。
「僕と01はそのためだけに用意された『モノ』なんだ」
「シンジ!、レイ!?」
何かを振り切るように、憤って歩き出した00に、アスカは焦るような声を出した。
アスカはぎゅっと目を閉じると、結局シンジを捨ててレイを追った、今はシンジよりも感情的になっているレイをどうにかするべきだと思ったからだ。
──しかしそれは間違いであったかもしれない。
『そんな言い方ないでしょう!?』
シンジは小刻みに震えていた。
「僕だって……、好きでこんなこと言ってるんじゃないのに」
しかしその声を拾ってくれる者はいなかった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。