「鈴原君はともかく、僕まで出番無しとはね」
 カヲルはケージでごねていた。
「4号機が使徒に食われたら目も当てられないからね」
 そう告げた隣のマコトに、カヲルはおや?、という顔をした。
「良いんですか?、戦闘配置中に」
「だからだよ、ここだけの話、極秘で出撃準備をしておいてくれって頼まれてね」
「誰にです?」
「葛城さんにだよ」
 へぇ?、とカヲルは目を丸くした。
「珍しいですね、僕を頼るなんて」
「お得意の直感らしいよ、04の単極子フィールドでないとあの使徒の溶解液は防げないかもしれないって」
 ふむ、とカヲル。
「そうですね、あれがただの溶解液なら、ATフィールドでは防げないかもしれない……」
 ATフィールドは水や空気を通すからだ。
 そしてそれは重要な問題を孕んでいた。
「……ATフィールドを持っている存在に対しての、対抗兵器?」
「それって」
 ぎょっとするマコトである。
「そうも考えられます、だから物質化の方向で形状を作っているのかもしれない、だから『捕食』する必要があるのかもしれない」
「……だけどそれなら、エヴァよりも通常兵器を用いた方が」
「そうですね」
 カヲルは引き締めた表情を見せた。
「出撃準備を急いで下さい」
 そうカヲルが告げた瞬間。
 予想外の事態に見舞われた。


 はっとした表情をシンジは上げた。
 トラックから降り、エヴァへと移乗する時にである。
「どうしたのよ?」
「わからない……、けど」
 シンジは悪い予感が『した』と口にしかけた、しかし。
「本部との連絡が途絶えた!?」
 ミサトの絶叫は、それ以上の恐怖を彼らにもたらした。
 愕然とするシンジ、アスカはそれを見て、咄嗟にレイへと顔を向けた。
 レイは言われるまでも無く、『第三眼』を起動していた。
 何かを口にしようとして、アスカは口をつぐんだ、集中の邪魔をすることはないと思ったのだ。
「……どう?、レイ」
 しかし焦れたミサトが邪魔をした。
 顔をしかめるレイである。
「問題ありません……」
「問題無いって」
 唖然とするミサトにレイは言う。
「『遠視』で見る限り、対応に追われてます、『未来視』でも、無事な発令所の姿が見えました、だから大丈夫です」
「そ、そう……、わかったわ」
 ミサトはレイが何に苛立っているかに気付かず、ただそう引き下がった。
「ちょっと、レイ」
 アスカは素早く歩み寄ると、腕を掴んで引き寄せた。
「どうしたのよ?、そんなに怒って……」
「なんでも……」
 ない、と言いかけて、そんな言い訳通用しないなと諦めた。
「ミサトさんの無神経が気に障っただけ、本部に何かあったなんて叫んだら、みんな普通じゃ居られなくなるに決まってるじゃない」
「それはそうだけど……」
 それだけで?、と首を捻ったアスカの腕を引っ張り返し、レイはアスカの耳に唇をよせた。
 息を吹き込むように囁く。
「シンジクンと01、最近他の人の未来を見ても出て来なくなったの」
 アスカはぎょっとした。
「それって!」
 うんと頷く。
 真剣に。
「シンジクンが居なくなったのかもしれない、何かが起こったのかもしれない……、ただ『融和』が進んで、もっと『壁』が厚くなって、それで見えなくなっただけかもしれない……」
「そんな……」
「あんな風に焦らされたら普通じゃ居られない……、アスカだって分かってるでしょう?、精神的な動揺はシンクロ率に影響を及ぼすって」
「ええ……」
「考えてみたら、あたし達の機体とシンジクンの機体は違い過ぎるの……、機械を通さずに直接接触していれば、不調がどのくらい影響するかなんて分からない……、精神汚染がどんな風に引き起こされるのか考えた事がある?、それがわかってたらあんな風に叫べるはずないもん……」
「レイ……」
「無理をしたら反動がどう返るのか分からない、分からないのに無理をするように仕向けてる気がする」
「考え過ぎよ……」
「考えて欲しいって言ってるの!」
 なんだと皆が見る目に、レイは舌打ちをしたような仕草をした。
「シンジクンが無理をしてくれたら、確かに何だってどうにでもなる気がするけど……、その分あたし達から遠くなってく気がする」
 アスカには『あたし達から』が、『あたしから』に聞こえた。
「……」
「よくわかんない……、ぐぢゃぐぢゃしてる、だから苛立つんだけど」
 髪をぐしぐしと掻き乱した。
「シンジクンは普通にやれることをやってる、無理してないって顔してるから……、本当にそう思ってやってるのかもしれないけど、それって本当に無理がないの?、あたし達が異常だと思ってても、シンジクンは普通だと思ってる、それだけかもしれない、シンジクンとあたし達の常識がもう違っちゃってるのかもしれない、あたし達と普通の人達との『フツウ』が違っちゃってるみたいに……」
「そんな……」
「わかんない、わかんないけど……、わかんないよ」
 最後は涙声になっていた。
「シンジクンが『先』に行っちゃう、そんな『気』がする……、あたし達も同じレールに乗ってるのかもしれないけど、シンジクンの勢いは速過ぎて、あたし達は置いていかれてる……」
「レイ」
「もう手が届かない、ううん、『わけのわかんない』ことになるかもしれないって」
「レイ!」
 しっかりしなさい!、っと両腕を掴んで激しく揺すった。
「まだシンジはそこにいるでしょうが!」
「でもシンジクンと気持ちが……、言葉が!、何を考えてるのか、何を言いたいのか、何も伝わらないくらいに心まで……、変わっちゃったら!」
 道徳、理念、観念、感情、色々な言葉が脳裏を過った。
 そういった『普通』、大多数が持っている平均的な『基準値』、『常識』、そこから逸脱されてしまったら?
(シンジは……、アタシ達と『違う生き物』になるって言うの!?)
 ゾッとする。
 チルドレン、ナンバーズもそう言った意味では純粋な人間ではないだろう。
 しかし気持ちは交感出来るし、言葉も通じる。
 同じ青い色を見て、疑いも無く青だと答えられるだろう。
 しかしそこまで違ってしまえばどうだろうか?
 果たして本当に同じ意味で、『青』だと答えてくれるだろうか?
(どうしろってのよ……)
 アスカはレイの頭を抱えるようにしたままで、シンジの方へと首を捻った、そこにはレイの髪越しに、なんだろうと当惑しているシンジを見付けられた。


「どうなっている!」
 その頃、本部では冬月コウゾウの怒声が響き渡っていた。
「変ですっ、予備電源が立ち上がりません!」
「回線も死んでます!、生き残っているのは旧回線だけです!」
「どう思う」
 コウゾウはゲンドウに顔をよせて訊ねた。
「やはりか?」
「ああ、人の敵は人だと言う事だな」
 皮肉げに言う。
「MAGIが実用化されるまでに使われていた旧回線は、場当たり的に引いた物で建設地図には載っていない」
「それで助かったか」
「あるいはわざと残したのかもしれないな」
「旧回線から復旧する様を確認しようと言う訳か?」
「ああ、MAGIの回線からでは不可能だろうとも、そちらからならハッキングできる可能性も出て来る」
「癪な奴らだ」
「からかってやるさ」
 ゲンドウは薄ら寒く笑った。
「赤木博士」
「はい!」
 頭上から命じる。
「待機中のナンバーズに協力を要請したまえ」
「実戦に投入するのですか!?、しかし!」
「敵は人間だ、我々では殺傷沙汰になる、彼らなら生け捕りに出来る」
 それはそうなのだが……
(子供達を、銃を持ってるかもしれない人間の前に出そうだなんて)
 使徒が相手ではない、死の凶器を手にしている人間を相手に、子供達が怯まない保証はない。
 ATフィールドを生身で張るなど不可能な彼らには、危険過ぎる問題なのだ。
 それでも確かに、死者を出す確率、負傷者を生んでしまう確率は減る。
 このジレンマを前にして、リツコは金縛りと言う物を知ってしまった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。