本部の格納庫では遅々として進まない復旧作業に、渚カヲルが苛立っていた。
「……もう、やむを得ませんね」
 カヲルは日向の名を呼んだ。
「4号機を起動します」
「04をか!?、しかし、今の状態じゃ隔壁を破壊して進むしか方法は無いんだぞ!」
 隔壁と言わず壁と言う壁はこの遺跡の特殊な素材を用いて作り上げられている、使徒の攻撃ですらやすやすと弾くその素材を前にしては、如何な超兵器であろうと手間取るに決まっている。
 そして密閉されてしまったこの空間でそんなものを使おうものなら、その反動は間違いなく密室の中に吹き荒れる。
 何十人と居る作業員が無事で居られるはずが無い。
 ──しかし。
「違いますよ」
 カヲルは主立った面々を呼び寄せた、各作業班の班長をだ。
 そして一同は仰天する。
「04の主機関と本部のシステムを直結する!?、本気か!」
 ええ、とカヲルは大まじめに頷いた。
「単極子フィールドを展開出来るほどのエンジンです、本部の施設全てのエネルギーを賄うことは出来なくとも、数パーセントは回復させられるはずです」
「その数パーセントがあれば、メンテマシンを動かせる、か」
 カヲルの笑みに、よっしゃと手に拳を打ちつける。
「一班、二班、三班は4号機のエンジン回りをバラせ!、四班は……」
 その男の命令の終わりに、おおと一同の雄叫びが続いた。
 どんなに不安な状況下であっても、やるべき事があれば人は光明に見えるらしい。


LOST in PARADISE
EPISODE29 ”生きて”


 ──パパパパパパ!
 暗闇に閃光が弾ける。
「レイ、下がって!」
 アスカは叫んだが自棄を起こしているレイは聞き入れようとしなかった。
「やぁあああああ!」
 ナイフを握って振り回す。
 きちきちと音を立てて巨大な蜘蛛が這い回っていた、大きさは十メートルを越えている、お得意の成長だろう。
 球体の上半分を切り取ったような体に幾本かの細長い足が生えている、昆虫のような足だが、もっと細い。
 胴体の周囲には目のような模様があった、レイが切りかかるとそこから液体を飛ばして牽制する。
「くっ」
 レイは下がった、その足元だった場所に液体が落ちる。
 ──ジュウ!
 破壊力だけを取ればエヴァ並みである4号機、その4号機ですら容易には破壊出来ない遺跡を簡単に溶かす。
 じゅるじゅると床が蒸発し、窪んでいく、侵食は暫く納まりそうに無い。
「レイ!、お願いだから下がって!、あんなの食らったら……」
 幾ら弾をばらまいてもATフィールドに遮られてしまう、話にならない。
 だが敵の溶解液はATフィールドをすり抜けて来るのだ。
(どういうことなの?)
 しかし防御出来ない訳ではない、ジュッと音がしてアスカの『熱波』に蒸発する。
「レイ!」
 アスカは脳裏の疑問符を押しやって叫んだ、今はそんな場合ではないからだ。
「レイってば!」
「ほっといて!」
「そんなわけにはいかないでしょうが!」
 アスカはレイの……、00の頬を叩いた。
 ──バシン!
 一瞬00の動きが止まる。
「自棄になるのは勝手だけどね!」
 アスカは叫んだ。
「アンタに何かあったらアイツが!」
 それがレイを再起動させる。
「知らない!」
「レイ!」
「シンジクンなんて知らない!」
「けどね!」
 肩を揺さぶる。
「なんであいつがこの街に居ると思ってんのよ!、こんな仕事引き受けてると思ってんのよ!」
「それはっ」
「なんであいつが!、大嫌いなアタシが居ても我慢してっ」
「アスっ!?」
 痛い、と感じた、それは肩に食い込んだ02の指のためだった。
「アスカ……」
 アスカは震えていた、俯いて堪えていた。
「面倒くさがりのアイツが、知らない他人のために何かすると思ってんの?、他人のために自分を犠牲にするような奴だと思ってんの?、大事で無かったら、なんでっ」
(アスカ……、泣いてるの?)
 レイは妙に冷静になる自分を自覚した。
 アスカが震えている、泣いている、慟哭は干渉し合うATフィールドの共振となって、言葉以上に伝わった。
「アスカ」
 ズッと音がした、それは鼻をすすった音だった。
「下がるわよ、レイ」
「……」
「誰にでも冷めてるアイツが……、アンタにだけこだわってる、その理由をきちんと問いただしてからでも遅くはないでしょ」
 レイは全てを飲み込んだ。
「……うん」
「じゃあ……」
 アスカはレイの腰を抱いて、背中に炎の翼を展開した。
 ──加速。
 アスカとレイ、00と02を構成する物質達は、超高速で飛翔し、逃げ下がった。


「アスカもレイも、どこまで行っちゃったんだよ」
 その頃、シンジはのんびりと歩いて追いかけていた。
(先に行った?、違う……、避けられたんだ、認めなくちゃな)
 辛い、とその表情には現れていた。
 同時に、いつもの自分を振る舞おうとして失敗してしまっていることにもだ。
 なんだかんだと言って、走って追いかけようとしない自分が居る。
 それが本心だろうなと感じられた。
「アスカとレイ……、か、今更惣流さんと綾波さんに戻すのもやり過ぎになるのかな?」
 しかしそれくらいしなければならないかも、と考えて、余りにも嫌味になってしまうかと思い直した。
「結局……、昔みたいにいじけて離れた振りをするのが自然かな」
 シンジは溜め息を吐くと同時に、父から聞かされた言葉を思い返した。


「良いか、シンジ」
 それは例の物体、『リリス』が発見された時の事だった。
「これで俺の説が証明された……、全ての準備が無駄にならなかったと言える」
「僕は……」
「わかっている」
 見下ろした父の、色眼鏡ごしの目のなんと憂えていた事か。
「赤木博士が色々と仮説を立てているようだがな……、この黒き月は別名、リリスの卵とも呼ばれている」
「リリスの卵……」
「そうだ、『卵子』なのだよ、これは……、そして中心へと向かう全てのものは精子に過ぎん」
「……受精するための過当競争」
「当然、優秀な『種』を選別するために抗体も活動する、朽ちている者達、そしてお前達は、同じく『試し』を与えられたのだ」
「……」
「試練だな、そして最後にたった一つのものが中心に至り、受精する……、その時何が起こるのか俺は知らん、だが」
 声を重くする。
「綾波レイ、彼女がその競争に敗れ、倒れたものだとするのなら、この試練の果てにあるものは、決して良い物ではないだろう」
 そして。
「旧世界の生き残りであるレイには、なんらかの負荷が働くはずだ、今度こそ淘汰されてしまうかもしれん」
「だから……、守れって」
「ああ」
 ふっと笑う。
「あれはユイに似ていてな……、とても他人とは思えん」
「……父さんらしい理由だよ」
「そうだな、俺はお前よりも、ユイに似た娘を可愛いと思う」
「僕だってもう子供じゃないんだよ?、父さん」
「そうか?」
「うん……、今更可愛がられても気持ち悪いよ、僕は」
 寂しいな、とゲンドウはうそぶいた。
「リリスは……」
「?」
「明らかに受精によって生み出された生命体だ、しかし生きる力が足りなかったようだな」
「生きる力……」
「そうだ、リリスは明らかに単体の生命体だ、しかしな?、この世に自分一人だけが生きているのなら、何故外に出る必要がある?、どこに閉じ篭っていても同じではないか、何処も、何も変わらない、何もないのだから」
 うん、とシンジは頷いた。
 自分がかろうじて部屋に閉じこもらずに居るのは、食事やゲーム、本、音楽を求めての事ではあるが、それもこれも他人が存在しているからだ。
 他者の存在が価値観を生み出してくれる、それにまみれることで楽しみを覚え、浸ることができる。
 だが自分以外の誰もいない、そんな世界であったなら?
 木も、草も、虫も……、全ての生命が始めから存在していなければ?
 ただここに居るだけの自分を立ち上がらせる何か、それはやはり興味を引かせてくれる他者がいるからこそだ。
「今更綾波を独りぼっちになんてさせないよ」
「ああ……、そのためにはアスカ君にも協力してもらえば良い……、彼女達は仲が良いからな」
「うん……」
「どうした?」
「……なんでもないよ、父さん」
「そうか」
 訝しげな父が居る、しかしシンジには説明する勇気が無かった。
(全てを告白したら……、父さんはなんて言うだろう?)
 それはシンジがした01との、あまりにも寂しい契約についてのことだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。