──総人類による過当競争。
 人類の中でも次世代を担える特別種、そのさらに最強種が最後に生き残り、この巨大な卵の中心にある何かと結び付くことになる。
 その結果がもたらすものが何か、それはまだ誰にも理解っていない。
 ──わかっていないはずだった。
 グルルと01が唸りを発する、それはシンジの思考を読んだからかも知れない。
「わかってる……」
 シンジは呟きで答えた。
「『君』……、かつて01の搭乗者だった人、『レイを知る人』、大丈夫、君の願い通りに、きっと『そこ』へ行ってみせるよ」
 それが01となってしまった、自ら動く事の出来ない君の長き夢であったのだから。
「付き合うさ、……独りは嫌だって気持ちは、僕もよくわかるから」


 最も強い、最も優れたものが最後に生き残るのは当たり前の理屈だ。
 だがこの世界に居る知性体はどれも平均的で、差は見られない。
 ならば自己と最も適合力の高い人間と結び付き、己が持つ力によって次元の違う高みへと導いてやれば良い。
 そこまで01が思考したのか、それは謎だが、結果だけを見ればそうなっていた。
 シンジはやがて、レイ達に会わずに使徒の前へと辿り着いていた。
「こいつか」
 01が睨み付けると、使徒は不思議な事に尻込みをした。
 それはまるで、恐れを抱いたかのような行動であった。
 シンジはその動きに対して、ふっと笑った。


「お、おお……」
 誰が上げたものか分からなかったが、そんな声が発せられた。
 暗かった発令所に、再び明りが灯ったのだ。
「どうなった」
 冬月の問いに答えたのは通信であった、04からの。
「こちらフィフスです」
「渚君かね、何をした?」
「04のリアクターを直結、施設にエネルギーを供給しています」
 そんな手を、と驚いたのはリツコである。
「安定しているの?」
「それが非常に不安定で」
 やはり急造仕上げが、と言葉は続く。
「今の内に全館の回復を」
「わかったわ」
 リツコはMAGIに指示を出すため、席に付いた。


「使徒なんて言ったって」
 シンジの目には憐れみがあった。
「中心を作り、様々なサンプルを送り込む……、そうして争わせて、最初に辿り着いた最強の『最優良種』を次世代のための『根源種』とする……、そのために配置された『罠』、『障害』、そして辿り着けなかった『子供』達……、君は、どれなの?」
 言葉とは裏腹に右の手首を上にして肘を曲げる。
 力を込めて、爪を立てる。
「レイ……、アスカ」
 名を呼んだ。
「思ってたのとは違うけど」
 二人で居てくれるなら……
「僕はもう、必要ないのかもしれない」
 なんて……
 シンジは改めて使徒を見やった。
「君の魂……、持っていくよ」
 腕を引く。
「いつか『そこ』に辿り着くから……、01と共に、君も僕が連れていく」
 ガァ!、01は吼えるなり跳びかかった、身構える使徒だが既に遅い、ブシュリと音を立てて目のような模様を貫く、そのまま左手で押えて内腑を引きずり出す。
 ぐじゅぐじゅと腸のような、神経のような物が赤い体液にまみれてこぼれ落ちた、シンジはそれを踏み付けて拳を真上から叩きつけた。
 床が割れる、爆ぜる、さらに高々と振り上げられた足が踵を落とす、バン!、全周囲に体液が吹き出した。
 既にぐったりとしているのだが、体の作りが単純なのだろう、使徒はまだヒクついて、生きていると訴えている。
 だからシンジはやめなかった。
「ごめん」
 背中に漆黒の翼が広げられる、それは空間が光ごと削り取られた事によって発生する現象であった。
 空間を埋めるためにそこへと『世界』がなだれ込む、しかしシンジは食い続けた。
 世界を為す、『物質』を。
 高々と右手を振り上げる、その手にはまばゆいばかりの光球が握られていた。
 胸が内側から押し広げられる、装甲が開く、身をよじるように姿を見せたのは巨大な赤黒い玉だった、『コア』、それは大きさを除けば使徒のコアに酷似していた、表面には血管が脈打っている。
「さよなら」
 叩きつけられたエネルギーは爆発的な閃光となって、巨大な破壊をもたらした。


 ──ゴゴゴゴゴ。
 その震動に本部の者達は慌てた。
「なんだ!」
「ち、地下からの震動です!」
「ばかな!」
 冬月は喚いた、ほとんどが空洞に近い物体によって成り立っている『遺跡』に、震動が伝播するはずが無いのだ。
 もしこの遺跡を揺るがすほどの何かがあったのだとすれば、それは……
「観測結果出ます!、……凄い、瞬間最大熱量は10の60乗ジュールを越えています!」
「そんなっ、ばかな、ありえん……」
 なによりも。
「それほどの爆発があって、我々が無事に済むはずが……」
 地球が消し飛んでいてもおかしくは無いのだ。
「反応……、検出」
 その報告は今まで以上に震えていた。
「大変だ……、大変です!」
「なんだ!」
「第22層、十五区画が崩壊!、上下の層と繋がっています!」
 くこっと冬月は息を呑んだ。
 それが本当なら、先の熱量によって蒸発してしまったのだろう。
「……22層十五区画と言えば、使徒が発見された区画だったな」
 一同ははっとした表情を見せた。
 ようやくゲンドウが口を開く。
「やはりシンジか」
 しかしその呟きは誰の耳にも入らなかった。


 ガンッと蹴り破られた車の扉から転がり出たのはミサトであった。
「ぷはぁ!、何だってのよ!」
 横倒しになったトレーラーはともかく、エヴァ輸送用トラックが衝撃と爆風で『屹立』している様は尋常ではない。
「……良く生きてたわね、あたし」
 悪運の強さにぞっとする。
 見ればあちらこちらが熱波に焼けてはがれていた、あの黒光りしていた光沢が見る影もない、長く立っていればブーツの底が溶け出すだろう。
 対使徒戦闘に巻き込まれた場合のことを考慮した戦闘指揮車であったからこそ堪えられたのかもしれない、構造や材質的な強度では無く、バリア的な電子フィールド発生装置が、防御力を考慮した結果、強化策として試作品ながら搭載されていた、使徒の攻撃が基本的にエネルギー兵器に頼っているからこそ有益とされていたのだが……
「電子フィールドが熱量も遮断するって話だったけど、結構凄いじゃない」
 興奮がまだ納まらない、体が強ばってしまって震えていた。
 ふとミサトは、ようやく明りも無いのに周囲のことが確認出来る異常に気がついた。
「へ?」
 奥を見て、きょとんとする。
「なんの灯?」
 とても真っ赤に燃えていた。


「きゃああああ!」
 アスカとレイは抱き合うようにして激震に堪えた、そこは先程居た階から幾つか上に登った場所であった。
 それどころか二人ともエヴァに乗っておらず、生身である。
 どれ程長く叫んだだろうか?、アスカは自分の胸で震えているレイに正気に戻った。
「も、もう……、大丈夫、みたいね」
 腰が抜けてしまっていると感じた、それ程に恐くて膝が笑っていた。
「い、今の……」
 レイの泣き声にアスカは同意した。
「ええ……」
「シンジクンだ、シンジクンの……」
 ──力。
 あまりにも凄まじく、余りにも恐く、そして……
 あまりにも、冷たく、悲しかった。
 アスカは、あっと言う縋るような声を無視して立ち上がった。
 全身に気合いを入れて。
「……やっぱり、アタシ達の知らないシンジだけの秘密があるんだ」
 レイはぺたんとしゃがみ込んだままで頷いた。
「うん……」
「使いたくないって気持ちと、やりたくないって感じと、それでもやらなきゃならないんだって想い……、あいつ、なに泣きそうになってんのよ!」
 泣いてるのは、アスカじゃない。
 そう思ったレイであったが、そのレイもまた泣いていた。
 ──二人が機体を放り出したのは、行動するのに不便であったからだった。
 本部になにかしらの問題が発生している。
 そして地下の状況は何処にも伝わっていない、今ならば『侵入』できる。
 アスカはシンジとの約束を破る決意を固めていた、レイを誘い、自分が見た『あれ』を見せるために飛んで来たのだ。
「さ、もう一度行くわよ」
 うん、と頷くレイの腰を抱き上げ、加速する。
 炎の鳥となってアスカは飛んだ。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。