「……」
赤黒く溶解した世界。
凄まじい熱による陽炎立つ中、中心に浮かんでいるのは黒翼を広げている01であった。
禍々しく光る目と、口からも瘴気のごとく息を吐き出している。
──コフゥ……
炎がちらついて見える、凄まじい熱を内に込めているようだ。
正に悪魔そのものであった。
「……レイと、アスカは」
シンジはようやくと言った感じで、己の意識を把握した。
自分が何者であるのか、忘れていたような雰囲気から立ち戻る。
瞼を閉じて、眉間に意識を集中させる、使徒が居なくなった今、探知は容易なはずであった。
「居た、00に、02……、でも」
顔を上げる。
「二人とも乗ってない、そんな……」
青ざめる。
もしかして、殺してしまったのではないのかと。
「そんな」
しかし、そんな懸念は払われた。
それはレイの悲鳴が、叫びが……
頭に響いて来たからであった。
アスカとレイの二人は、リリスが保管されている例の倉庫の前に来ていた。
「入るわよ」
言うアスカ、しかし返事が無い。
緊張しているのだろうと見て取って、アスカは無視するように扉を開いた。
──レイは自分の体を抱きしめた。
先程から血の気が引き始めていた、悪寒、やけに恐い、何かが恐い、そんな感じが強まって来る。
それは扉が開かれた瞬間に増大した。
吹き出して来る空気が頬を撫でた、その瞬間、レイの神経は限界を越えた。
──いやぁああああああ!
それは魂からの絶叫だった。
シンジは天を見上げて顔をしかめた。
「アスカ……」
ぎりと歯を食いしばる。
やはりか、と思った。
臆病な自分と違って、彼女ならやりかねないと思っていたことだった。
事態は先延ばしにしたところで解決する物ではない、だからと言って伏せられる物を曝す必要はないはずなのだ。
告げてはならないと言う緊張感。
自分なら堪えられた、口を噤んで生きるのには慣れていたから、しかし彼女は違うはずだった。
(わかってたのに)
だから歯噛みしてしまうのだ。
我が強いように見えて芯は細い、だからこそ虚勢を張ったし、それを悔いてここにも来た。
シンジに対して攻撃的になるしか無かったのは、好意を持っていたからだった。
それは頼りそうになる自分がいるからだった、脆い自分が露呈してしまいそうだった、だから、跳ね付けて無理に独り立ちするしか無かったのだ。
しかし、弱さを出す事が許されると、今度は過去の罪に堪えかねて、罰を求めてやって来た。
──贖うために。
そんな彼女に、ただ胸の内に秘めて抑えていろなどと言ったところで、いつまでも持つはずが無かったのだ。
シンジは飛びだしそうになる自分を必死に押さえた。
確かに今問題が発生している、けれど。
「信じろって言うの?」
シンジは01に訊ね返した。
アスカという少女と、レイという女の子との『友情』を。
「信じてみろって、言うんだね……」
シンジは苦しげに顔を歪めた。
「レイ!、しっかりして、レイ!」
「いやっ、いやぁ!、いやぁああ!」
レイは頭を掻き乱して喚き続けた。
バシッと脳神経の焼き切れる音がする。
その度に知らない光景が思い出された。
──地を埋めつくすエヴァンゲリオン。
──青空と山の稜線、その双方を隔てる埋もれた球体。
誰かが言う。
「我らに残された時は僅か」
誰かが言う。
「滅びの時は免れん」
そして叫ぶ。
「再生を!」
うぉおおおと怒号が上げられ、エヴァンゲリオンが『リリスの卵』へと突入していく。
──かつてこの星に漂着した種族があった。
彼らはこの星の環境に適合するため、新たな肉体を創造するシステムを創設した。
彼らにとって肉の器などさしてこだわる物では無かったのだろう。
しかし数億の時を経てシステムは狂った。
魂の無い者達、生ける屍を生み出した、それは心無い者達だった。
──使徒である。
誰かがシステムを止めねばならなかった、エヴァンゲリオンはそのために建造された。
そして長き戦いの果てに、彼らは種として存続出来ぬほどの痛手を負った、卵の中心にある何かもまた、このままでは星そのものが死滅すると、本格的な発動の兆しを見せた。
──誰かがやらねばならなかった。
誰かがシステムに同化して、その流れを導くしかなかった、なるべく幸せな世を成せる『子供達』を、身勝手に生み出してやるしか無かったのだ。
そうして旧世代の人類は亡んだ、いや……
──彼女によって滅ぼされてしまった。
死んだ者達は新たな種として……、猿に近い、高等な知性体となって再誕させられることとなった。
何故猿だったのか?
より強大な力を創造しようとするシステムへの嫌悪感がそうさせたのだろう、無力な猿に、そのように、と。
──そして。
「あ、たし、あたし!」
「レイ!」
そう、激化する戦いの中、人の数は激減していった。
今日生まれたものが明日は死ぬ、そんな時代だったから、まともな名前など付けられなかった。
一人目、二人目、三人目……
自分は二人目だった、そうだった。
そして一人目はシステムに自らを捧げ、リリスと言う名の排泄物となって捨てられて……
──三人目は、乗っていたはずなのだ。
01に。
「いやぁああああ!」
ならば理解できる、わかる、想像がついた。
01はシステムを目指している、それこそが自分達に与えられた使命だったから。
『彼女』はエヴァに取り込まれても、いや、取り込まれたからこそ、その執念を怨念としてまで、リリスを目指そうとするだろう、同時に。
『姉妹』である自分を慕い、庇いつつ。
「そんな!、そんなのっ、そんなのって」
レイはがっくりと崩れ落ちた。
「そんなのって、ないよぉ……」
「レイ……」
アスカには背を撫でる事しか出来なかった。
──生きて。
レイとそっくりの『一人目』は、そう微笑んで消えていった。
三人目とレイの慟哭は凄まじかった、それこそシステムの強制的な魂の解放ですらも拒絶するほどのフィールドを展開した。
絶対防壁とは、心の殻の事なのだ。
──これだけ感情を溢れさせれば、シンジほど感応力が高くなくとも読めてしまう。
レイの思考を、記憶を。
だからこそアスカもまた震えてしまっていた。
(これが……、こんなのが真実だっての?)
残酷過ぎる、とアスカは思った。
シンジが自分を守るのも、01にこだわるのも、こんな危険なことに執着しているのも。
全て自分と、自分の過去の因縁が原因であるのだ、その上。
記憶に過ちが無いのなら、シンジの終着点とはすなわち……
──システムへの同化による消滅。
かつての一人目の模倣。
「そんなの……」
アスカには言葉として紡ぎ出せる問題では無かった。
(正気なの?、シンジ)
きっとシンジは見ている、聞いている、覗いている。
そんな直感を持ってアスカは鋭い眼光を光らせたのだった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。