確かにアスカの想像通り、混乱しているネルフ本部の施設奥に侵入することは容易かった。
 しかしこうまでレイがショックを受けるとは思っていなかった、これは誤算だった。
 そのため、脱出が遅れてしまった。
(まずい!)
「レイ、しっかりして、レイ!」
 無理矢理レイを引き起こす。
「見つかっちゃう、跳ぶわよ!」
 返事は無い、それでもアスカは消えるように跳んだ。
 だがその行動は遅過ぎた。
 4号機からの電力供給によって立ち上がったMAGIが、一瞬早くセンサーを回復させ、アスカの『エヴァ反応』を検知したのだ。
 その報告は場所が場所だからか、ゲンドウの元にのみ届けられる。
「どうした、碇?」
「いや……」
 ゲンドウは珍しく言葉を濁した。
「なんでもない」
「そうか」
 コウゾウは納得出来ないまでも仕舞い込んだ、こうなるとてこでも彼が話さないのは長い付き合いだからよく理解っている。
 ──だが。
 あまりにもあからさまなアスカの反応に、MAGIもゲンドウももうひとつ重大な事項を見逃していた。
「……アスカちゃんか、おかげで助かったな」
 潜入していたのはアスカ達だけではなく……
 加持リョウジ。
 彼もまた何かを考えて、この深部に潜り込んでいたのだ。
「それに面白いネタも拾えたみたいだしな」
 そっと潜んでいた場所を出て、『裏道』を通って逃げようとする。
「綾波レイ……、彼女を探るのが真実への近道か」
 それにどれ程の意味と意義があるのか?
 何のために知ろうというのか?
 彼の顔からだけでは、計れなかった。


LOST in PARADISE
EPISODE30 ”soredemo bokuraha”


「第七区画で銃撃戦が発生しています!」
「ナンバーズ到着」
「武装はB−2で、MAGIにサポートさせて!」
 リツコの指示の元、戦線が展開される、
「フォースチルドレンがエヴァの使用許可を求めていますが」
「だめよ、エヴァじゃ殺してしまう可能性があるわ」
 十メートルもある巨人が下手に動けばそうなって当然だ。
 特にトウジの能力は筋力増幅なのだから。
 その現場では、トウジが通信兵に怒鳴り散らしていた。
「わしらが死んでもええっちゅうんか!」
 実際にはそんな心配は無かった。
 透明の長盾を自分に立てかけるようにして銃を構え、撃つ、銃はライフルだが直径四十センチ程度の、長盾と同じ材質のシールドが取り付けられていた。
 敵の銃弾が命中する、シールド表面の素材がぐにゃりと弾をめり込ませる、かなり特殊な材質らしい。
 爆薬物でも投げ付けられない限りは、怪我の心配などしなくて良いような戦闘だった、しかし安全性にこだわる余り、銃が撃ちづらいのが難点だった。
 とにかく、敵に当てづらいのだ。
 さらにそのライフルに問題があった、電気銃である、数十万ボルトの雷撃を放つのだが、空中で拡散してしまって決定的な打撃を与えられない。
「接近せな、どうにもならんで!」
 トウジは仲間のナンバーズにも不安を抱えていた、例えば炎を操るチルドレンが居る、ならば敵の手なり足なりを燃やしてしまえば決着は簡単につけられるのだ。
 だがそれは指示出来なかった、アスカと違いそこまで繊細なコントロールを要求できなかったのだ。
(間違って殺してしもたら)
 だからこそ、エヴァをと思うのだ、エヴァならばATフィールドを使える、今以上に敵を簡単に追い込める。
 場所はネルフ本部から森林へと向かう構内に移ろうとしていた。
「そのまま焦らずに、追い詰めて行くよう指示して!」
「はい!」
「早く下と連絡を取って、ミサトはどうしたの?、エヴァは!」
「待って下さい、02と繋がりました」
「使徒は?」
「あ、あ……」
 アスカはその惨状に言葉を失ってしまっていた。
 自分が居ない間に、一体何が起こったのか?、シンジは何を起こしたのか?
 力は繊細に扱うよりも、衝動的に放出する方が遥かに優しい。
 だが自分達の力は基本的にイメージに負うところが大きいのだ、ならばシンジはこれだけの『衝動』を望んだと言う事になる。
 ──何故?
(レイに嫌われたから?、避けられたから?)
 アスカはレイを叩き込んだ00を隣に見た、同じように呆然と、えぐれてしまった光景を眺めているのだが、こちらはへたり込んでしまっていた。
 溶解した外壁が垂れ落ちて、開いた穴から下の階へと流れ込んでいっている。
 冷えて固まるには相当の時間が必要になりそうだ。
「シンジは?」
 アスカの疑問に反応したのは、レイだった。


 ──ジオフロント、森林部。
 その一角の斜面から、わらわらと追い立てられた男達が走り出て来る。
「逃がすんやないで!」
 遠視、千里眼を使える者が敵の位置を探り、火や風を扱える者が追い立てる、出て来た所をトウジ達が力付くで押さえ込む。
 既に銃弾は使い切ったのだろう、しかし、それでも切り札を残している者が居た。
「ヤバい!」
「なんや!?」
 敵の動きを追っていた仲間の叫びに、トウジは何事かと反応した。
 一人の男が何かの缶のピンを抜こうとしている、ガスだ!、誰かが叫んだ。
 男を中心に白煙が広がる、本能的な恐怖を感じる、味方が巻き込まれそうになる、あかん!、そう叫んだつもりだったが何も、どうにもできなかった。
 ──だが。
「あ!」
 子供達が驚愕に目を見開く、ガスがある一線を引いたところで不可視の何かに遮られ、漂ったからだ。
「ATフィールド!」
 トウジだけがその正体に気がついた、白煙の向こうから何かがふらつき歩いて来た、先の男だった。
 全身の皮膚がどろどろに溶けていた、一歩ごとにずしゃっと音がして腕が、骨が、眼球がこぼれ落ち、壊れていく。
 ついには膝が外れて倒れた、派手に内容物をぶちまける。
「うっ、げ!」
 誰かが吐いた、死体は内臓もまた溶けて混ざり合っていた、森の堅い土と苔の絨毯を赤黒く染める。
「あ、あ……」
 しかしそれにも増して、捕らえられた男達は驚愕の目をして震え上がっていた。
 チルドレンである少年少女達、さらにはネルフ保安部の人間もどこかで恐怖を感じて硬直していた。
 ──エヴァ01。
 コフゥ……、半開きの口から息を吹く、その熱量のためだろうか?、歯の隙間に火がちらついて見えた。
 ゴウ!、その口から火炎を吐く、人を食い殺す白煙が、その炎のブレスに悲鳴を上げた。
 業火に焼き尽くされていく。
 それらの炎ですらも、ATフィールドが遮っていた、01を中心とした完全な球を描いて、その内部だけで熱量を増す。
 01は前傾姿勢で、半端に開いた手を何かを求めるようにさ迷わせていた、目は常軌を逸している存在のものだ、ただ恐ろしい。
 やがて人喰い煙が舐める炎に消え去った頃、ATフィールドの壁が消えた。
 一度に黒煙が周囲に広がる、木々の焼ける喉を傷める煙、肺を焼く熱。
 襲いかかって来た現実感が、彼らを正気づかせ、立ち返らせた。
「そいつらも何かもっとるかもしれん!、注意せぇ!」
 トウジは叫びながら毒づいた。
「やから!、エヴァで出させろ言うたんや」


 ──アスカは『視た』、かつてあった戦争を。
 レイの記憶を辿ると言う、まだるっこしい、間接的な物ではあったが、それは悲壮窮まる代物であった。
 生物と言う転生輪廻の受け皿から魂を全て解放し、命の塊を作り上げ、この世界で生きるに相応しい肉体を創造し、そこに再分配する、それが『月』のプログラムであったはずだった。
 だが『月』は狂っていた、肉体の創造、その一点のみを忠実に実行しようとしていた、多くの生命を育むのではなく、ただ一つの命だけを生み出そうとした。
 そのプログラムに介入するために、多くの『挑戦者』が核を目指した、結果は失敗に終わり、『リリス』と言う名の生命体が生み出された。
『彼女』は生まれた瞬間から絶望に囚われていた、鳥も、魚も、獣も、虫も、草も、木も、あらゆる『命』、『生』が存在しない空間、それが『世界』だとわかっていたからだ。
 自分以外のものは何一つ動かず、考えず、無と、虚のみが彩っている岩塊の世界に、なんの夢や希望を抱けようか?
 何もないのだ、何もありはしないのだ、だから彼女はうずくまった。
 行くべき場所も、見るべき物も、会うべき人も見付けられず、その喜びも悲しみも知る前に膝を抱えた。
 ──思考を止めた。
 何故自分はここに居るのだろう、何故自分だけがここに生まれたのだろう?
 何のために?、それを考える以前であったことだけが、彼女にとっての救いであった。
(その孤独っていうか、寂しさにシンジが傾くのはわかる……、だってシンジもそうだったもの)
 本当に自分を孤独だと思うのであれば、自分の部屋に引きこもるはずだ、だがシンジはそうはしなかった。
 それは本であったり、音楽であったりゲームであったり、何かしら外に繋ぎ止める物があったからだ、他者との触れ合わせる何かというものが、シンジの意識を開かせていた。
 リリスという存在が引きこもっているのなら、その心の扉を開かせるために、『自分の経験』が活かせるだろう、そう考えてもおかしくはない。
 引きこもった人間がのめり込むゲームですらも、それを制作し、販売する人間が居る以上、最低限の社会への接触と言う窓口が存在している事になる。
(シンジと初号機の中の誰か、その二人の考えや願いが混ざり合ってるなら、二人目だか三人目だかの一人目を救いたいって願いと、シンジの経験がごちゃごちゃになって答えを導き出したのかもしれない、けれど)
 そんなことには関係なく、どうしても腑に落ちない疑問が二つ残るのだ。
(エヴァに吸収された人を残して、世界中の命が刈り取られたっていうのなら、何故『人類』が発生しているの?、人だけじゃない、自然が広がっているのは何故?、それに)
 ──綾波レイ。
(なんで?、どうしてレイはまた人の姿に戻れているの?)
 その二点だけはどうしても合点がいかないのだ。
 プログラムは人間だけでなく、動植物すらも残さず、生命と呼べる命を全て統合したのだから、何か命の起源となった存在があったはずである。
 現在の地球に生きる生物、その全ての元となった生き物が。
(もしかして……、レイはエヴァに取り込まれなかった?、エヴァがカプセルのような機能を果たしたのなら、同じように植物や動物、昆虫、そういったものを保存したタイムカプセルが存在したのかもしれない)
 想像は羽を広げて拡大して行く。
(けど……、あたしの機体や鈴原のはどうなるのよ?、乗ってた人は……)
 分からない、分からない事が気持ち悪い。
 しかしアスカは、その疑問の答えとなる尻尾のような物を握っていた。
(渚カヲル!)
 彼は自分以上に何か『裏』を知っている。
 アスカはそう直感すると同時に、次にどうするかを考え始めた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。