「不審者については国連への引き渡し準備を進めていますが……」
 リツコは明らかに不満そうな表情を見せた。
 国連に引き渡したところで、まともな尋問が行われるはずが無いからだ。
 どこの国の連中であろうと、最終的には裏取り引きでうやむやにされてしまうだろう。
「我々はあくまで研究機関であって、軍隊ではないからな」
 そう溜め息を吐いたのはコウゾウだった、心中はリツコと変わらないのだ、だが治まりが付いていない人物はもう一人居た。
「構わん、こちらはこちらでやらせてもらう」
「どうするつもりだ?」
 ゲンドウはにやりと悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「マスコミを使うさ」


 ──先日、第三新東京市全域にて発生した停電は……
 市の広報担当が、正式なコメントとしてそれを発表した。
 第三新東京市の電力は発電所が供給している訳ではない、地下の大施設から送られているのである。
 ネルフ本部の停電事故は、そのまま街にも影響していた、それも長時間である、発表はしなければならないのだ。
 市はネルフからの説明を待っていたが、これは復旧から三日を待って文書での解答が送られて来た、今日の発表はそれに基づくものである。
 武装集団の侵入と破壊工作、その取り扱い、戦闘の際にガス兵器が使用された事、チルドレンの活躍、全てがありのままに公表された。
 待たされ続けていたマスコミは、最初ネルフが自分達の落ち度を隠そうとしているのではないかと勘繰り、その方向でレポートを展開していたのだが、公表された事実に仰天した、想像の埒外にあったものだったからだ。
 現在では、最初の興奮は治まりを見せて来ていた、いま世間が噛みついているのは、その際に緊急動員されたチルドレンに対する物だった、幾ら特殊とは言え、子供達をと批難の声が上がり始めたのだ。
「気持ち悪い……」
 アスカは放送を見て吐き捨てた、出来の悪いコメンテーターの言葉がかなり癇に触ったらしい。
「なぁにが子供達の人権よ、普通じゃないんだろうけどってさ、気持ち悪いけどぉ、みたいなの丸出しじゃない」
 そんな本心を軽く見抜く、そんなものに特別な力はいらない、普通の観察眼があれば十分だ。
「ね?、そうは思わない?」
 振った先ではレイがずぅんとうずくまっていた。
 部屋の隅だけ空気が重く沈んでいる。
 アスカは溜め息を吐くだけに留めた、自分が何を言っても無駄だと思ったからだ。
 その代わり、立ち上がって財布をジーンズのポケットに押し込んだ。
「……あたし、ちょっと出かけて来るわ」
 返事は無い、だが聞こえていることは分かっていたし、気になったのなら力で確認するだろうと当たりを付けて、アスカは気晴らしの散歩に出た。
 ──外の天気は上々だった。
 気晴らしと思っていたのだが、気がつけば足はミサトのマンションへと向かっていた、つまりはシンジの元である。
 アスカはミサトから聞かされている同居の様子を思い起こして顔をしかめた。
『シンちゃんもやっとツマミの作り方覚えてくれてさぁ』
 呑気なものだと思う、深刻であればシンジが同居しているはずは無い、そういう気楽に付き合える人間だからこそ一緒に暮らしているのだろうし。
「なんかねぇ……」
 真実を知ったからか口を尖らせたくなってしまう。
 何も知らずに呑気なことを言うミサトに、どうしても嫌味を言いたくなってしまう。
 そんな風にミサトを騙し、平然と普通の生活を味わおうとするシンジにも何か言いたくて仕方が無い。
 だがそれを言ってしまうこともためらわれる。
「でも……」
 言わなければ、レイを浮上させることは出来ない。
 自分では駄目なのだ、解決するためにはシンジと『協議』する必要がある。
 ──それでも、シンジには会えない。
(下手に会うと、レイに気付かれる……、何か企んでるんじゃないかって警戒される、どうしろってのよ……)
 シンジの傍に行けばレイの『眼』に自分も写らなくなるかもしれない、仮に自分の姿を見られたとしても、それを介してシンジが一緒だったと知られたら終わりだ。
 警戒されてしまうから。
「けどレイ……、あいつ、シンジが全然見えなくなったって言ってたっけ」
 他人の未来を見ても、そこにシンジが居ないと言う。
 そのことについても気がかりで仕方が無い。
「……どっちにしても、会うしかないんだから」
 アスカはレイが内に篭っている今の内だと、思い切ってマンションの玄関をくぐり抜けた。


「シンジぃ、居るんでしょ?、返事くらい……」
 シャワーか、と一人ごちる。
 風呂場からの音に当たりを付けて、勝手知ったる他人の家と、アスカは冷蔵庫の中からジュースを出した。
 1.5リットル、コーラ、キャップを外して直接口を付ける。
 ──ガチャ。
 戸が開いた、出て来たシンジは、「あ」、と間抜けな声を出した。
 目を丸くしたアスカも硬直する、ボトルからはコーラがだぱだぱと落ちた。
「きゃーーー!」
「な、なんでアスカが居るんだよ!」
「なんでなんにも穿いてないのよ!」
「自分の家なんだから良いだろう!?」
 シンジは慌てて引っ込み、アスカは取り落としたボトルを拾い上げた。
 布巾に手を伸ばし、床を拭う。
「もう!」
「なんなんだよ……」
 タオルを腰に巻いて出て来た、どうやら着替えを持って入らなかったらしい。
「勝手に入るなよなぁ」
「変態!」
「変態はそっちだろう?」
「ミサトが居たらどうする気よ!」
「ミサトさんならもう後三日は帰って来ないよ」
 そう言って半分以上床に呑まれてしまったコーラに手を伸ばす。
 アスカと同じようにキャップだけ取り、口を付ける、アスカはそれを見て赤くなった。
「なに?」
 シンジが訊ねる。
「どうかしたの?」
「な、なんでもない!」
「変なの?」
(なんで!)
 アスカは自分が分からなかった、どうして赤くなるのか?、恥ずかしいのか。
 別にジュースの回し飲みくらいいつもしていることだ、今更恥ずかしがるような事ではない、なのに意識してしまう。
(『あんな』の見せたこいつが悪い!)
 そういう結論を出すに至る。
「で、何しに来たの?」
 シンジに問われて我に返る。
「あっ、その……」
 言いづらそうに。
「レイの事で、ちょっとね」
「そう……」
 シンジは指で自分の部屋を指した。
「着替えて来るよ」
「うん……」
 見送り、それからアスカはぴしゃりと自分の頬を叩いた。
「意識してる場合じゃないっての」
 そう口にして、シンジを追って彼の部屋の戸を開いた。


「だから着替えるの分かっててどうして入って来るんだよ」
「……良いじゃない、別に」
 アスカは無理矢理感情を呑み込んだ。
「男の着替えって簡単なのね……」
「そんなのパンツ穿いてズボン穿いてシャツ着るだけなんだから……」
 ただアスカが追って来たので、タオルを巻いたままパンツを穿かねばならず、もたついてしまったが。
「人の着替えなんて見て楽しかった?」
「楽しかった」
「なんでさ?」
「脱がす時の参考になるから」
「……そんな相手、居るんだ?」
 その物言いに、アスカははぁっと溜め息を吐いた。
「そのどっちとも取れる言い方、やめてくんない?」
「どっちともって?」
「自分は相手しないからなって壁作ってるのか、それとも他の奴とそんなことするんだって拗ねてるのか、区別付かない言い方って事」
 シンジはそう聞こえた?、と訊ねた。
「聞こえるわよ……」
「そっか……」
 暫く本当に鬱に入り、その後で自嘲した。
「うん、そうだね、僕はアスカに誰かとそんなことされるの嫌だ」
「な、なによ、いきなり……」
「でもしたくもないんだよな、なんでだろ?」
 シンジは本当に自分で理解っていないようだった。
 ベッドに腰かけ、しきりに首を傾げて見せる。
「したくないってのは酷くない?」
「そう?」
「こぉんな子が良いっつってんのよ?、その気になるのが普通じゃないの?」
 ね?、っとアスカはにじり寄った、隣に腰かけ、体を倒し、胸元を覗かせて。
 だがシンジは恐がるように引くだけだ。
「でも本当に恐いんだよ……」
「恐い?」
「うん」
「なにが……、あたしだから?」
「え?」
「シンジに酷い事ばっかりしてた……」
「それはもう気にしてないって言ってるだろう?」
 それが信用出来ない言葉だからこそ、アスカはまだこだわるのだろうが……
「そういうんじゃないんだ、ほら……、ちゃんと出来るかどうかって、やれるかなって恐くなること無い?」
 はぁ?、っとアスカはぽかんとした。
「あんたがそんなまともなこと言うとは思わなかった」
「なんだよぉ」
「あんたのことだから、もっとこう……、まあいいわ」
 苦笑して言う。
「そんなの、やってみたらなんでもないかもしれないじゃない」
「……うん、そうかもしれない」
 けどさと、いつものように続けて言う。
「わかんないじゃないか、キスして……、その、胸触って、そんな風に想像してても、実際どうだか分からない」
 アスカは目元を引きつらせた、悪い癖だと思った、その歯に物がはさまった様な言回し、変に取られないよう気遣ってる口調。
「もうちょっとはっきり言ってくんない?」
「だからさ……」
 上目遣いに、怖々と口にする。
「そういう事してる時って、何を話すの?」
「へ?」
「エッチなことを言うの?、そんなの無理だし、じゃあ話さないで自分の感覚で適当にやるの?、それって」
 ああ、とアスカはシンジの恐怖の正体を見抜いた。
「だから恐いのね」
「え?」
「だから……、それって『身勝手』だから、勝手にやっちゃって、それで嫌な思いをされて、嫌われて……、それが恐いから逃げていたい、違う?」
「……近いかもしれない」
「あんたね……」
 ふう、っとアスカは前髪を掻き上げた。
 呆れてしまう、そこまで脅えているのかと。
 しかしそれもまた自分のせいだから、ケアに努めなければならない、不用意な発言をするわけにはいかなかった。
「あんたは考え過ぎなのよ」
「そっかな……」
「好きな奴が相手だったら……、そんなの許せるんじゃない?、大体ね、相手だって恥ずかしくって余裕無くしてるに決まってるじゃない、あんたが男だからちゃんとしてやんなきゃなんないってことはないんだしさ」
 じゃあ、と言い返す。
「アスカとだったら、アスカはちゃんと教えてくれるの?」
 アスカはシンジの問いかけに、赤くなるよりも戸惑った。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。