「なんでこんなことになってるんだろう……」
 シンジはげっそりとした顔をしていた、これで三連戦、コダマの友達もそれを心配しているらしい、彼女の元へと集まっていた。
「ちょっとコダマ、大丈夫?」
「やれるって」
 ぐるんぐるんと腕を回す、シンジは彼らがグループになった事で印象を改めていた、大学生ぐらいの者ばかりだ、思ったよりコダマと言う人物は歳が上なのかもしれない。
「けどさぁ」
「あいつ、なんか違うぜ?」
 それはシンジの態度が余りにも変わらない事から来る不安だった、例えばトウジのように、袖をまくるなど気負いを見せるのが当たり前のはずだ。
 なのにあの少年は、何もしようとしていない。
「余裕見せてんじゃない」
 そこに不安な情報が飛び込んで来る。
「碇シンジ?」
 外野だった、ざわりと場がざわつく。
「サードチルドレン?、ナンバーズでネルフの司令の子供?、マジ?」
「……コダマ」
 不安そうな友達に不敵な笑みを見せる。
「大丈夫だって」
 そこには確かな自信があった。
「さっきのだってナンバーズじゃない、余裕よゆう」
 彼女はみんなを下がらせると、シンジの前に歩み出た。
 つられてシンジも前に出る。
「じゃ、行くから」
 構えを取る彼女にシンジは見よう見真似で構えた、余りにも腰が入っていない。
 大丈夫かな?、という顔をして、コダマは軽く蹴りを放った、もし本当に大したことがない相手だったら、大変な事になってしまうからだ。
 ──しかしそんな心配は杞憂であった。
「……」
 ガキィンと音がして跳ね返される、足のしびれに引きずってしまった、何が起こったのか分からない顔を彼女はしていた。
「何やってるんだよ!」
 声援を受けてキッと表情を険しくし、再び、今度は風を纏わせて蹴りを放った。
 ──今度は確認出来た。
 ガキ!、シンジはATフィールドを纏わせた拳で弾いていたのだ、少女は勝ちを確信した、それは先の『間抜け』と同じ能力であったから。
 ──彼女はパワータイプに対して、一度も負けた事が無かった。
 それは相性の問題だった、風使いの前には力だけの能無しなど敵ではない。
 だが、その先入観は覆される。
「力はさっきのより強いみたいだけど!」
 彼女は腰まで使って大きく腕を振った、竜巻が発生する、先の経験からかギャラリーは逃げた。
 風が過ぎ去っていく、巻き上げられたシンジは錐揉みしていた、それを見て少女は勝ちにほくそ笑んだ、シンジ!、先の『間抜け』の叫び、だが。
「!?」
 風がゆるんだ、少年は落ちるはずだった。
 だが、落ちなかった……
「え!?、え!?」
 シンジは空中でくるりと回転すると、そのまま立った、『何も無い』空間に。
「足場が無いなら……、作ればいいんだよ、鈴原」
「む、無茶言うんやないで……」
「そうかな?、力を増すって簡単に言うけど、つきつめればどんなものでも握り潰せるようになるって事なんだ……、空間を潰せばこんな風に……」
 ぎゅっと握った掌を広げて見せる、そこには渦を巻く闇があった。
「……『重力崩壊』を起こさせる事だって出来るし」
 ぽいと放り捨てる、ガシャン!、接触した自転車が『削られて』倒れた、黒い物体はそのまま地面にも穴を残して沈んでいった、それはまるで綿が舞い落ちるよう柔らかに。
 コダマの表情が青ざめる。
「自分の力を認識した方が良いよ?、固める強さを変えればこういうものだって生み出せる」
 シンジは足元をがんっと蹴った、何も無いはずなのに、そこには確かに何かがった。
「なんや、それ……」
「ん?、空気とか適当な物を集めて固めてあるんだよ」
「そんなこと……、出来るんか?」
「力を増すって言うのは言い換えれば影響を与えてるってことなんだ、物を持ち上げる力を増す、衝撃を与える力を増す、握り潰す力を増す、どれも単純に力を増してるだけに思えるけど、対象に与える物理的な影響の度合を調節する、それが鈴原君の力なんだ、僕は影響の範囲を設定し、そこに圧力を掛けてこの見えない板を生み出してる、ただぶつけるためのものとして力を使ってるだけじゃ、僕にはなにも教えられないよ」
「そ、そやな……」
 シンジはとんと蹴って跳んだ、ふわりと舞う、それは正に羽根があるような感じだった、少なくとも自然な軌道は描いていなかった。
 僅かに膝を曲げて、着地の勢いを殺し、顔を上げる。
「続き……、やるんだよね?」
 少女ははっとして身構えた。
「もちろん!」
 何やら講釈を垂れていたが、所詮はパワータイプなのだ。
 それが強気の正体であったが。
「やっ!」
 左足一本で立ち、何度も右足を繰り出した、その度にかまいたちが発生して飛ぶ。
「危ないって」
 シンジは拳にATフィールドを纏わりつかせて全て散らした、みんなに当たったらどうするのさ?、そんなことをいう余裕まで見せて。
(なんや、あいつ……)
 そんな中、トウジは顔をしかめていた、昔シンジにつっかかったことがあった、ATフィールドを生み出せた事に浮かれてしまったあの時、シンジはもっとうろたえていたはずだった。
 今になれば、あれは自分に怪我をさせない程度に力が調節できなかったのだなと想像がつく、だから防戦に回ってくれていたのだと。
 しかしこのシンジは違う、明らかに違う、自在に力を使い過ぎる。
「風っていうのは……、目に見え易い現象だけどね」
 シンジが思い出しているのは、アスカの炎のことだった。
「地水火風っていうけど、目に見え易いだけで基本は同じなんだよね……」
「馬鹿にして!」
 右腕を大きく振った、利かなくても牽制にはなると思ったのだろう、竜巻を襲わせた。
 ゴウ!、だが風はシンジへと届かなかった、何故ならさらに大きな風が発生し、竜巻を呑み込んで空へと上がっていったからだ。
「え!?」
「……例えば水、冷やせば氷になるけど熱すれば燃える事だってあるんだ、単なる運動の加減速に過ぎない、けどそれは重力だって同じことだ、原子とか分子とかの運動の速度で『現象』が生まれてるだけ……、空間に影響を与えてやれば、風ぐらい幾らでも生み出せるんだよ」
「……そんな!」
「力って言うのは認識に過ぎないんだ、人のイメージが顕在化してるだけなんだ、だから想像力が豊かならどんな風にだって操れる、けど」
 拳を固めて、炎を生み出す。
「う、あ……」
「常識や固定観念、シンプルな発想しかできない人間だと、単純な現象しか生み出せない」
 炎を消して、指に何かを絡めるような仕草をした、手首をくるりと半回転させる。
 ──水が糸を引いて絡み付いていた。
「水を生み出す方法を考え、その水が散らないように想像する、そうやって幾つもの現象を起こせば、こんなことだって出来るんだよ」
 ぶんと振ると、それは剣になった。
 透明で、表面には波紋が揺らいでいる。
 人間じゃない、と誰もが思った、シンジの言うことはもっともなのだが、このようなことを成せる発想力は凄まじいのだ。
 一瞬で水を発生させるための方法を思い描き、それを固める方法も考え、さらには物理現象として固定させるために脳裏に思い浮かべ続けている。
 そんな知能、集中力は、普通の人間には持ちえない物だ。
 ──人間には。
 剣を消す。
「行くよ」
「!?」
 コダマは身構えた、風を正面に固めて壁を作った、大気が密集したせいで向こう側が曇ったように見えなくなった。
 渦の勢いは凄まじい、触れただけで人などずたずたに裂けるだろう、だがその渦を越えて黄金の腕が伸び来た。
 ジージャンの襟を掴まれる。
「っ!?」
 反射的に首をすくめる、目をつむって歯を食いしばる、次には殴り飛ばされるはずだった。
 ──だが、そうはならなかった。
 ダン!、脚払いで彼女は倒された、その際頭を打たない様に、襟をぐいっと引き上げられた。
「あ……」
 目を開ける、呆然として。
「……大丈夫?」
 覗き込んでいる彼に、彼女はこくりと頷いた。
「そ……、じゃあ、僕の勝ちで良いよね」
 またも彼女は頷いた。
 観衆は余りの差に魂を抜かれてしまっていた、騒ぐ事も固まる事も出来ずにほけっとしていた。
 それはトウジも同じことだった。
 ──ぽつり、ぽつりと何かが当たった。
 それは雨だった。
「なにぼさっとしてるのさ?」
 シンジに言われてはっとする。
「あ、なんでもないわ……」
「濡れちゃうよ、行こう」
「おお……」
 促されて逃げるように路地に向かう、みなも雨を避けようと向かっていた、一度だけ振り返るとコダマが友達に気遣われながら去るコダマが居た、一度だけこちらを振り返っていた。
 そこでようやく、トウジはシンジの様子が変なのに気がついた。
「どないしたんや?」
「なんでもないよ」
「そんなわけあらへんやろ……」
 前髪に滴らせながら気怠く言う。
「さっきも言ったけどさ……」
「なんや?」
「よほど特殊な力でない限り、頭が良い方が強い力を使えるんだ」
「……」
「僕よりもリツコさんに聞いた方が良いかもしれないね……、リツコさんなら分かってるから」
「……そうか」
 トウジにはそれしか言えなかった。
 そんなことは聞いていない、そう言いたかったが、余りにもシンジに感情というものが欠けてしまっていて、どう反応して良いものか、それが分からなかったからだった。


 ──同じ頃。
 ザァアアアと雨の音が全てを塞ぐ。
 綾波レイは傘をさし、とある空き地で立ち止まっていた。
 彼女がぼんやりとした目で見つめているのは、壊れ、捨てられた自転車であった。
 錆が浮いてぼろぼろになっている、だがどこか見ていて胸につまされる。
 それは寂しさとわびしさが込められていた。
「……あたしと同じ」
 脚が震えていた、答えなど決まっている、このままシンジの部屋に行くべきなのだ。
 自分は今壊れている、そしてぎちぎちとしていてまともに動く事もままならない。
 ──サミシイ。
 そして誰かが拾ってくれるのを待っている、この自転車と同じように、再び誰かがかまってくれるのを待っている。
 ──まだ自分はどうして良いのかわからない。
 だがそれでもここまでやって来たのは、『遠視』で加持と楽しんでいるアスカを視たから。
 ──それで理由は十分だった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。