「眠いや……」
 シンジは目をこすると、ふわぁとあくびをして体を丸めた。
 今日は日曜日だ、別に行くべき場所も用事も無い。
 普段ならジオフロントへ出かける所だが、森林浴をする気にもなれないで居た。
 ──わずらわしいから。
 面倒なのだ、今アスカやレイに会えばどういう話になってしまうか?、カヲル、ミサト、リツコ、誰でも辛気臭いことになってしまうだろう。
 ならば誰とも会わない方が良い、このもやもやが解消されることは無くとも、解消するためにこじれるだけかもしれない苦労をする必要は無い。
 どこかでそう感じていた。
 ──ピンポーン。
 しかしそんなシンジを呼び起こすチャイムが鳴った、こういう時は付き合いが物を言う、レイやアスカの鳴らし方ではない。
 もしミサトの知り合いであったなら?、用件を聞く必要があるだろうと、シンジはもそもそと布団の中から這い出した、途中、洗面所で髪の跳ね具合をチェックし、目脂めやにを取る。
「はぁい」
 シンジは二度目のチャイムに返事をしてから玄関に向かい、戸を開いた。
 ──そしてそこに居た人物は……
「鈴原君?」
 おうっと彼は、手を挙げた。


 ──市内某所。
「こんな場所もあったんだ……」
 トウジに連れられてシンジが来たのは、都市の真ん中にある空白地だった。
「なんやビル建てんのに、土地の取り合いしてる内にここだけ余ったらしいけどなぁ」
 そう説明する、周囲には巨大なビルが建ち、遥かな頭上に小さく空がなんとか覗ける。
 それは灰色をしていた。
 当然光は降って来ない、僅か二十メートル四方の空き地には、周囲のビルの人間が勝手に自転車やバイクなどを停めていた。
 裏路地の中にあるために、車では入って来れない場所だ。
 そしてその空き地の真ん中には、完全な隙間が作られていた、そこでは大いに盛り上がっている、男の子や女の子、多くの人間が取り囲んで、何かに声援を送っていた。
「あれは?」
「力試し……、っちゅうかまぁ、ストリートファイトやな」
「あれが……」
 へぇっとシンジは興味を示した、どこも大きな都市では見掛けられるものらしいが、シンジには生憎と今まで縁が無かった。
 ──だが普通のファイトとは訳が違った。
「あれって……」
 少年の拳には炎が、少女の蹴りには風が纏わり付いていた。
「エヴァ?」
「そや」
 やるわ、と渡されたコーラの缶に口を付ける。
「流れもんっちゅう言い方はあれやけどな、エヴァのせいで苛められたり捨てられたりした連中が集まって来て、ああやって力試ししとるんや」
「……」
「まあじゃれ合いみたいなもんや、時々うちのクラスの奴が混ざってぼこぼこにされとる」
「そうなの?」
「ま、あっちにはわしらみたいな『エリート』には負けられんっちゅう意地があるさかいにな」
 そう言って笑う。
「で、僕を連れて来たのは?」
 まさか、と声を低くする。
「僕を叩きのめすため?」
「あほか」
 そんな無駄な事はせーへんとトウジは言った。
「かなわんのはもうわかっとる」
「……らしくないね」
「自分でもそう思うわ、そやけど認めんと強なれへん」
 そやろ、と酷く真剣な目をしてシンジに問いかけた。
「……一応わしはエヴァのパイロットや」
「うん……」
「そやけど、このままやったらわしは役立たずや」
「……悔しいの?」
「どう言うたかて」
 わぁっと上がった歓声に顔を向けると、女の子の烈風を纏った脚が少年の吹くをずたずたに裂いていた、体にも幾筋もの裂傷が生まれている、血が流れ出していた。
「……わしはあいつらとおんなじや」
「え?」
「悔しゅうてたまらん、見返してやりたい、自分の力を認めさせてやりたい思とる」
「鈴原君」
「もう自分を護魔化すんはやめたんや」
 傷ついた少年は人垣のリングの中から引きずり出された、その少年はと言えば外で千円を払い、治癒能力者から治療を受けている。
「なんぼ分かったふりしてたかてあかん、本音はそんなもんや、わしは二軍や、一軍に上がってお前らよりやれるいうとこを見せてやりたいんや、そのためやったら恥でもなんでもかく!」
 ──だから。
「ワシに教えてくれ!」
「え?」
「ワシに何が足らんのか、なんぼ言うたかてお前の方が戦っとる、経験はお前の方が上や」
「……だから?」
「毎日ここでやっとるあいつらは下手したらわしより実戦慣れしとる、お前の目ぇから見て分かる事があったら教えて欲しいんや」
「……セコンドをしろってこと?」
「そうや」
 シンジは迷いを見せたが、それも一瞬のことだった。
 余りにも真剣で深刻な目をして頼み込まれれば、嫌というのも気が引けてしまう。
「……分かったよ」
「よっしゃ!」
 トウジは手に拳を打ち付けた。
「あんまり気がすすまないけどね」
 しかしトウジはもうリングへ向かっていってしまって、聞いてくれてはいなかった。


 ──ファイト!
 叫ばれて歓声が上がる、しかし雰囲気はかなり微妙な物だった。
 はっきり言って剣呑だ、しかし期待もあった、鈴原トウジは彼らにも知られているのだろう、顔も、名前も。
 チルドレンのナンバーズにしてエヴァのパイロット、まさしく彼らが実力を見せつけたい相手である。
 へこましてやりたい、そんな下衆な感情と、実力を見てみたかったという、その強さへの期待が入り交じっていた。
 シンジは微妙な顔つきをしていた、それはトウジの相手が先程の女の子であったからだ。
 こうして見ると少女というほど若くは無かった、ショートジーンズ、脚を剥き出しにしているのは動きやすさを優先した結果だろう、『技』によっては切り裂かれてしまうからか、ストッキングもタイツも無しだ。
 幼さから来る肌の硬さが無く、むちっとしていた、靴下を穿いてスニーカーを着用して、それだけだ。
 上はスポーツブラの上に直接小さめのジーンズジャンパーを羽織って袖をまくっていた、ブラは灰色、汗を吸い込んだからか黒く変色している、今は締め付けられているが、胸はそれなりの大きさであろうと思われた。
 先の一戦の興奮が残っているのだろう、先端が尖っているのが丸わかりだった。
 髪型はレイと同じカットだった、しかし長さはこちらの方が上だ、首を覆ってしまっている、そのまま伸ばしたと言う感じだった。
 腕と肘に付けているパッドは、ローラーブレードか何かで使われるプロテクターだった。
 一方、トウジはもっと簡単な格好をしていた。
 ジーパンにスニーカー、ここに来た時と同じシャツ、その肩口をまくり上げただけだった。
「よっしゃ、やろか」
 顎を引いて不敵に言う、その様子に少女は顎を上げてはんっと鼻を鳴らした。
 ──危ないなぁ。
 それがシンジの感想だった、剥き出しの手足の白さが恐いのだ。
 自分達の力を本当に理解しているのかと思う、プロテクターなんてものは擦り傷は防げても致命傷を与えるものには何の効果も発揮できない。
 ただのファッションにしか見えないのだ。
 トウジの力は純粋にパワーだ、ならばあのおへそに拳を入れるというのだろうか?、下手をすれば内臓破裂どころか体が千切れてしまうだろう。
 ──そう考えてしまう時点で、シンジはレベルが違ってしまっていた。
 手加減しなくても大丈夫なレベルに彼らは居るのだ、この違いは大きかった。
 わぁっと歓声が上げられる、既に『賭け』は締め切られたらしい、オッズは1:4で少女に傾いていた、よほどの実力者であるらしい。
 だが勝負はあまりにも一方的だった。
 彼らの戦いは拳や脚に能力で生み出した『現象』を纏わりつかせる事で、接触した部分を傷つけると言う物だった、例えば拳を防ごうにも防いだ部分を傷つけられてしまうと言う物だ。
 しかしトウジには『ATフィールド』があった、黄金に輝く拳は脚を払いのける度に干渉光をちらつかせる。
「くっ!」
 少女は焦りからか額に汗を浮かべていた、それが張り付いて額が大きく覗けてしまう。
 どれ程蹴ろうが正体不明の光に弾き返されてしまう、これでは勝負にならない。
「あれじゃ勝てないな……」
 ぼそりとシンジ、その言葉にギンッと周囲から強い視線が向けられた、どうやら少女の仲間らしい。
 だが喚けばみっともないことになるだけだ、少女が劣勢である事を認める事になってしまう、だから彼らは大きく叫んだ。
「何やってるんだよ!、コダマ!」
「っさい!」
 コダマ、というのだろう、その子は。
 繰り出していた脚を引き、路面をこするようにして距離を計った。
 下がり、何かを狙っている、その露骨な態度にトウジも僅かに身構えた。
 ──しかし。
「迷うんやない!」
 自分に言い聞かせて突っ込む、反撃の糸口を相手は探している、そう踏んでの攻撃だった、が。
「……それじゃあ、いつもと同じじゃないか」
 今度は呆れるように口にした、それもまた耳に入ってしまったのだろう、こいつはどっちの味方なんだと言う目が向けられた。
 にやりと笑って、彼女は両方の拳を引いた、脚を広げてスタンスを固める。
 ──ゴウ!
 竜巻が起こった。
「ぬぉ!?」
 慌てて身構えるがもう遅い、肉体強化系の欠点は踏ん張る足場が無ければ何も出来ないと言う点にある。
 道具や武器でも持っていれば話は別だが、生憎と何も身につけてはいない、その状態でトウジは浮かされてしまっていた。
 後は悲惨なものだ、そのまま飛ばされて人垣の向こうに持ちやられてしまった。
 ──ガシャアン!
 自転車が潰れる音がした、それも複数だ、勝者は決まったがそれにはしゃぐ暇はみんなにはなかった、竜巻は等しく彼らにも被害を与えていたからだ。
 密集していたために踏ん張れず、絡み合うように少年達は転がってしまっていた、……その分だけ、シンジは酷く目立ってしまっていた、何故ならシンジだけが平然として「あ〜あ」と呑気にしていたからだ。
 へぇっと少女、コダマは猫目を笑いに細めた。
「ねぇ、そこの君」
「え?」
 僕?、というシンジにコダマは見下すような視線を送った。
「結構やりそうね」
「……そう?」
「やんない?」
「……やめとこうよ」
 一気に機嫌が悪くなる。
「なに?、やるだけ無駄だって事?、余裕じゃない」
「……そうじゃないんだけどね」
 はぁっと溜め息を吐いたのは、逃げようにもトウジを気にしたからだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。