それは密やかに闇の奥底で胎動していた。
「これが?」
先行小隊によって確認されたのは、奇妙と言える生物だった。
シャーレの上に乗っているのが相応しい単細胞生物、それが何倍にも巨大化したような怪物。
(まるでスライムね……)
ミサトはそう感じた。
ミサトの記憶の中には、これ程巨大な単細胞生物の情報はない。
直径は四メートルほど、平らで、円形の胴体の左右に同サイズの掌のような部所が生えている。
「常識を疑うわね」
そのようなものが空中二メートルの位置に滞空していた、指に当たる部分がぷよんと細胞分裂を起こして離れていく。
ミサトは持ち返られた記録を剣呑な表情で注視していた。
「で」
かたわらのリツコへと振る。
「わかったことは?」
「次の映像を」
いつかのように一メートルサイズのリモコン戦車を先行させる。
それが近づくに連れて動きを鈍くし、やがてはべしゃりと押し潰された。
「これって……」
「新しいATフィールドの使い方ね」
「どういうこと?」
「計測数値はこれまでで最大、空間そのものの質量を確認したところ通常の五十倍にまで高まっていたわ、位相空間内で圧力を発生させて、通常の数十倍の重力圏を作り出しているみたいね」
「分裂については?」
「あの一つ一つが本体と同じだけのフィールドを発生させているわ」
「どういうこと?」
「……憶測になるけど、影響圏の拡大と密集する事による相乗効果を狙ってるんじゃない?」
「分裂の回数に限界はあると思う?」
「これまでの使徒のことを考えるとね……」
「言わずもがな、か……」
再び映像に目を向ける、記録の時間は一時間前のものだ、この調子だとどれだけ増えているか分からない。
「空間を埋めつくすつもりか……」
「抗体そのものね、こうなってくると」
もう一つ、重装甲のリモコンが進んでいく、加重による攻撃が通じないとなると、使徒の分裂細胞が白血球の如く殺到し、取り込み壊した。
LOST in PARADISE
EPISODE33 ”からくり”
──学校。
「むぅうううう……」
唸っているレイが居る。
かなりドタマに怒りが浸透してしまっているようで、みな遠巻きにびくついていた。
「どうなってんのよ、アイツ」
「それが、ね……」
アスカの問いかけにヒカリはシンジへと目をやった。
「なんだか碇君のことで、女の子と喧嘩したんだって」
「はぁ?」
「その子、碇君の部屋にまで来たって」
そういうことか、と納得した。
「でもさぁ、今更碇が女の子と遊んでるからって、怒るようなことかぁ?」
言ったのはケンスケであった。
「それとも碇の部屋にまで行ったってのが問題だとか?」
「そうかもしれないけど」
自信なく口にして、ヒカリはアスカへと問いかける。
「どうなのかな?」
「さあ?」
アスカは首を傾げた。
「シンジが今の部屋に引っ越してから女の子引っ掛けたかどうかってのは知らないし、第一、その子が行きたいって言ったらシンジが断るとは思えないしね」
「どういうこと?」
「ン〜〜〜」
ちょっと悩む。
「シンジってさ、面倒になるくらいなら我慢するとこってあるし、あんまりしつこく行きたいって言われたら、断るのが面倒になって来てわかったよって言いそうだし」
ふうんとヒカリ、その会話に耳を立てていた女の子達がひそひそと相談しているのがちょっと不穏だ。
一方で、シンジは知らぬ顔で頬杖を突き、そっぽを向いていた、レイから顔を背けてだ、それがまたレイの不興を買っている。
レイの心中は複雑だった、ここ数日悩んでいた、自分のこと、シンジのこと、シンジは思い詰めているのだと勝手に決め付けていた、しかし本当はどうなのだろうか?
──洞木コダマと言った。
気になったので『第三眼』で調べた、同じクラスに居る洞木ヒカリ、実は彼女の姉だった。
どこでどう知り合ったのか?、未来は視れても過去を調べることは出来ない、それが心を苛つかせる、シンジに聞いても教えてくれない、それがさらにムカツイた。
考えてみればシンジは女の子と良く遊ぶ、誰も居ない所では酒を飲めば煙草も吸う、かなり人生を楽しんでいるとも受け取れる。
馬鹿らしくなってくる。
自分が不安に思って心配しなくても良いのではないか?、そこまで思い始めてしまう。
だが放っておくと、平然としたまま、どこへ行ってしまうのか分からない。
恐いのだ。
昔リツコに聞かされた、猫の話が思い出される。
いつものように縁側で寝ていて、ふらりと散歩に出たかと思うと、そのまま戻って来なかった。
どうしたのかと探して探して、ようやく見付けた時には冷たく、硬くなっていた。
──死んでいた。
いつもと同じ、同じように出かけて、死んだ。
そう語ったリツコのことが忘れられない、冷たく堅い声をしていたのは、泣き出しそうになるのを堪えているのではないかと感じさせられてしまった。
シンジにどうしても重なるのだ。
好き勝手をし、気ままに動き、何を考えているのか分からない。
普段は鬱陶しいと人を避けるくせに、時々人が恋しくなって寄って来る、だが余りかまおうとすると邪険にされる。
目が離せない。
今を楽しんでいるのはいつでも死ねるように心構えが出来ているからではないのかと。
かと言ってシンジは飼い猫ではないし、立派な人間だ、自分がどこまで構わなければならないのか……
「……」
レイはそこまで考えて、自己嫌悪に陥った。
構わなければならない?、シンジは勝手にやっているのだ、なんでもかんでも、ならば放っておけばいい、無視すればいい、自分には関係ない。
──そう言ってしまうのは簡単な事だ。
自分は好きでは無かったのか?、と疑ってしまう、シンジのことを。
自分は何故こんなにも気にしているのだろう、それを探る。
だからシンジをじっと見つめる。
「あれ?」
シンジが立ち上がって、窓辺に寄る、何かを見付けたようだ。
なんだろうとレイが首を傾げると、トウジがシンジに話しかけていた。
「なんや?、アイツ、こないだの女やないか」
「うん……、コダマさん、何か用事なのかな?」
校門、門柱に彼女がもたれかかっていた、シンジを見付けたのか手を振っている。
「かなわんなぁ、もう手ぇ付けたんか?」
「そういう言い方、やめてくれない?」
しょうがないなとシンジは教室を出た。
「なによ?」
アスカが動いた、トウジへと。
「ああ?、あれや」
顎で示す。
「ふうん?、あれがシンジの新しい彼女ってわけね」
興味津々で、あるいは悟られないように、男女は関係なくその話題に乗ろうとして覗き見る。
ヒカリもだ、どんな人なんだろうと窓の外を見てギョッとした。
「お、お姉ちゃん!?」
へ?、っと驚いたのはアスカであった。
「コダマさん」
やっ、と言うコダマにシンジは頭を下げた。
「どうしたんですか?、こんなところに」
「シンジ君に会いに来たんだけど?」
会いにって、っと戸惑った。
「まだ授業中ですよ?」
「休み時間でしょ?、第一、分かってるんじゃないの?」
「え?」
「自分に会いに来たって思ったから来てくれたんじゃないの?」
シンジは赤くなり、どもってしまった。
「その反応、お姉さんは嬉しいなぁ」
くつくつと笑う、シンジは憮然としたが、赤いままで失敗していた。
確かに彼女が来たからと言って、自分に会いに来たとは限らないのだ。
妹に会いに来たのかもしれない、なのに自分は訊ねに来てしまった、何の用事なのかと、これでは自意識過剰と言われても仕方が無い。
「うそうそ、苛めてごめんね」
コダマはこれっと、ポケットから名刺を取り出した。
「なんです?」
「スカウトされちゃってさ」
「え?」
シンジは受け取って目を通し、顔を上げた。
「ネルフの……」
「うん、あのストリートファイトって、一応監視されてたみたいでね、働かないかってさ、でもスカウトの人が本物かどうかって分からないじゃない?、もしかすると、ね……」
いかがわしい連中がナンバーズクラスの子供を得ようとしているのではないか、そう疑っているのだ。
「で、さ……、シンジ君なら本物かどうか確かめてくれるんじゃないかと思ってね」
「そりゃ……、確認くらいはできますけど」
「どうせならさ、案内してくれない?」
「え?」
「ネルフ、連れてってくれるだけで良いからさ、そのスカウトが本物だったら働いてもいいし」
シンジは酷く戸惑った。
「でも……、どうして」
「ん?」
「今まで、嫌だったんじゃなかったんですか?、ネルフとか」
「今までは、ね?」
意味ありげにシンジの横に回り、腕を組む。
「カレシの居るとこにいつも居たいっての、不自然かな?」
ね?、っと。
腕を引っ張り、シンジの体勢を崩して、よろけたところでキスをする。
──頬に。
コダマには動揺の気配が感じられた。
(おうおう、これって)
校舎のほぼ全体で『風』が揺らいだ、思った以上に有名人なのだなと苦笑する。
「からかわないでくださいよ」
そんなコダマの『手管』を読んだ訳でもなかろうが、シンジはそんな風に距離を取った。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。