「ヒカリの姉キ!、あれが!?」
 恥ずかしそうに俯くヒカリに、アスカは目を丸くしたまま意味不明に感心をした。
「あれがねぇ……」
 何を話しているのか分からないが、シンジが酷くうろたえている、先程のキスが原因だろう。
 ざわざわと周囲もざわついていた、ふうんとアスカは冷静にそれを観察していた。
(やっぱ人気あったんだ、アイツ……)
 もちろんそれは分かっていたのだが、それでもデートに誘われるなどそうそうあることではない、せいぜい月に何度かだ。
 それを考えると、動揺し、落ち込み、あるいは興奮している女の子が多い気がした。
(ま、良いんだけどさ)
 潜伏してる連中も含めると凄かったのだなと認識を改める、しかしシンジが相手をしないのは分かっている、みんなもだろう、だから寄り付かないのだ、シンジには。
 普通ならそれが『お高くとまっている』となるのだろうが、シンジに限ってそれはなかった。
 ん?、っと小首を傾げてしまう、何かが引っ掛かった、なんだろう?
(……嫌われてない?)
 妙だと思った、小学校の頃は自分のせいもあったが、それ以上にシンジのような存在は皆嫌悪の対象としていたはずだ、暗いから。
 中学校でもそうだった、それが気がつけばこうも好転している。
 懐かしい記憶が蘇る。
 転校して来たばかりの頃だ、こちらに来てすぐの頃、シンジに……、いや、司令の息子に媚を売っていると馬鹿にされた事があった。
 今はそんな雰囲気が無い、誰もがシンジを認めている。
(認めている?)
 アスカは目を見開いた、それは新しい発見だった。
(え?)
 誰もがシンジに一目置いている、シンジを知る者も、知らない者もだ。
(それって……)
 ──エヴァ。
 生き物は本能的に目前の生物の驚異を知ると言う、方法は睨み合うなど単純なものだが、それによって襲って良い相手か、それとも避けるべき相手か見計ると言う。
 もしみんなが、知らない間に心の奥底で『力の関係』に影響を受けているのだとしたら?
 アスカは考え込むそぶりを見せた。
(加持さんに……、相談してみよう)
 それは自然な発想だった。


 ──呼び出しが掛かった。
 緊急ではないが待機命令である、シンジとレイは連れ立って電車に乗っていた。
「なんでここに居るんです?」
 非常に不機嫌な声で吐き捨てる。
 レイが睨んでいるのは、シンジの正面でにこにことしているコダマであった、つり革にぶら下がるようにして体を折り曲げ、シンジの鼻先に顔を近づけている。
 息を吹きかけるというよりも、キスをせがんでいるように見えてしまう。
 コダマはにやにやとして横目を向けただけで、レイの問いかけには答えなかった。
 レイの顔がぷーっと膨れ上がる、赤くなる。
「シンジクン?」
「なにさ?」
「待機命令なんだよ?、遊びじゃないんだから、帰ってもらったら?」
 シンジはあからさまに溜め息を吐いた。
 最近アスカも、レイも、絡んで来なくなったと思っていたら、今更にこれだ。
「なに怒ってんのさ?」
「怒るに決まってるでしょー!?」
「……決まってるって言われても」
 シンジは本当によくわかっていないのか、とぼけたふりをする。
「ネルフの事務の人に紹介とってあげるだけじゃないか、ミサトさんも言ってたし……、ナンバーズって基本的に学生の年齢層に溜まってるから、朝から働ける人が欲しいって」
 むぅううううって、レイは唸った、そういうことじゃないでしょーが、と。
「アスカもアスカだし……、男に迎えに来てもらって喜んじゃって」
「……そうだね」
 ちょうど駅に入る。
「あたし、先行く!」
 怒り肩で行ってしまう彼女を、コダマとシンジは冷めた目で見送った。
「良いの?」
「何が?」
「素直じゃなぁい!」
 おどけてみせる。
「アスカ、だっけ?、その名前が出た時、よく動揺隠せたね?」
「……」
「すっごい反応してたくせに、表面上は押さえ込んでた、完璧に……、そりゃみんな騙される訳だわ」
 このこのと頬をつつく、二人はホームを出てゲートへと向かった。


「お待たせ」
 ブリーフィングルーム、アスカは先に到着していた、リツコとミサトが入って来る。
 シンジの隣に居る見慣れぬ子に、ミサトはまず挨拶をした。
「あなたが洞木さんね?、はじめまして、妹さんには良く手伝ってもらってるわ」
「ありがとうございます、よろしく」
 ミサトは明るい子ねぇとリツコに耳打ちした。
 確かにと感じる、アスカやレイ、そしてシンジ、トウジ、カヲルと、顔ぶれを確認して、誰しも悩みを抱え過ぎているのではないかと危惧を抱く。
(あるいは運命に絡め取られていっているのか……)
 リツコはシンジへと目をやった、その視線には哀れみが多分に含まれている。
 ──彼女はアスカの動向について、逐一報告を受けていた。
 これまでなら真っ先にレイに相談していた様な事を、他人であるはずの男に明かす。
 それがどう見えるのか、分からないはずがあるまいに。
(いえ……、分かってないのね)
 それが不安の種なのだ、意識していないと言う事が。
 報告書の形を取って、加持から車中での相談の内容を回されていた、加持が本当に善意だけで相手をしてくれていると思っているアスカは甘いのだ、加持経由で自分、ミサト、副司令、司令、確実にこの辺りまでは、アスカの悩みなどはチルドレン、ひいてはナンバーズのケアのための資料として読まれる事になっている。
(アスカは気がついていない、自分の発想が何を意味しているのか……)
 力が惹き合って、それが好意にすり代わっているのではないか?
 その発想がもたらす想像が、どれだけシンジを苦しめるのか?
 ふとリツコは視線を感じて顔を上げた。
 コダマがにっと見透かした笑みを浮かべた、どきりとする。
「そ、それじゃあ始めるわね」
 慌てて口にする。
「洞木さんには、こういうことをやっているっていうのを見てもらいたいのよ、あなた達に興味があるのなら、アルバイトの形でも雇いたいと思っているから」
「学校には入らなくても?」
「かまわないわ、ただ、昼の勤務とか夜勤、そういったパートに近い勤務シフトを頼む事になると思うけど、宣伝してもらえる?」
「わかりました、でも、バイト代ははっきりしてくださいね」
 しっかりした子ね、とミサトが笑う、こういう子は嫌いではないらしい、気に入ったのだろう。
「それじゃあ……、今回発見された使徒は……」
 ミサトは先に説明され、暗記していた内容を、子供達のために披露した。


「芸のないことだね」
 カヲルは隣を歩く01に向かって話しかけた。
「エヴァ三体によるATフィールドの中和、その隙を突いて4号機による大規模射撃、品位の欠けらも無いよ、そうは思わないかい?」
「じゃあ、どうするのが一番だって言うのさ?」
 興味深げなシンジの声に、カヲルは軽い調子でもって答えた。
「それはもちろん、シンジ君が倒すのさ」
「僕が?」
「そうさ、圧倒的な力でさくっとね、それがヒーローってものじゃないのかい?」
「ヒーローねぇ」
 そんな会話をアスカは複雑な顔をして聞いていた。
(渚カヲル、アイツもいつの間にかシンジの『派閥』に取り込まれてる……)
 最初はもっと嫌な奴だった、それが今やシンジの心配をするようになっている。
 トウジもだ、到底シンジと和解などしないだろうなという程に、嫌悪していたはずなのに、今ではシンジを頼っている。
 ──車中での会話が思い出された。
「考え過ぎじゃないのか?」
 加持はそう言った。
「でもぉ……」
「まあ、使徒がエヴァに反応するのは証明されているから、同じ『因子』を抱えてるナンバーズ同士がそういうことになることもあるかもしれないが、ナンバーズ以外のチルドレンにだってシンジ君を好きな奴は居るんだろう?」
 だが加持は心中では逆のことを考えていた。
(交感や共感能力があるのは確認されてる……、もしシンジ君が嫌われたくないと言う本心を抱えているのなら、アスカ達がそれを嗅ぎ取ってかまってやろうって思うってこともあるかもしれない)
 それでも加持がアスカに言い諭したのには理由があった。
 リツコと同じ懸念である、こういう時、以前なら真っ先に『同士』であるレイへと相談を持ち掛けていたはずなのだ。
 それが今は自分に寄って来ている、これはどういうことなのか?
(気持ちが離れ出している?)
 アスカはまだ気付いていない、しかしアスカの疑念は同時に自分にも当てはまるのだ。
 自分だけは違うと思っているのかもしれないが、もし、アスカがシンジを捨て切れないのが、アスカの疑惑と同じ所に理由が根差しているのだとすれば?
(その考えをシンジ君に知られたら……)
 いや……、と考える、シンジならばもう知っているかもしれないと。
 だから冷めているのかもしれない、だから誰も受け入れないのかもしれない。
 そしてその真実に気がついているのは彼女だけであった。
 ──洞木コダマである。
「シンジ君も大変だぁ……」
 胸の辺りに与えられた仮IDのプレートを付け、コダマは発令所の隅に立っていた。
 ミサト、リツコ、興味深いのは司令と言う男だった。
 コダマにとってシンジの心は読みやすかった、不自然なくらいに整理されていたからだ。
 普通、感情は複雑なものだ、例えば六角形の内側で引かれた対角線、その上で感情は常に綱引きをしている。
 これは例であって好き嫌いと言う同一ライン、ベクトルのようなものが三つだけと言う訳はない、何十もあるものだ。
 それらが綱引きをして、ライン上でポイントを動かす、このポイントを線で繋げていった時に出来るのが『その時々』の感情の起伏だ。
 常に心は変動している、だから棚に上げた行動や矛盾した感情、そして理不尽な行動も起こす、それらは他人にとっては理解し難くとも、当人にとっては全くおかしくない、整合性の取れている自分らしい動向である。
 だが、シンジは違うのだ。
 そのパラメーターが非常に簡素なのだ、余りにも整理され過ぎていて分かりやすい、原因などは分からない、そしてシンジの父である司令である。
 この男の感情は真っ黒だった、読めないのではない、余りに塗り潰されていて理解できないのだ。
「エヴァ、交戦に入ります」
 報告に意識を向けると、紫色のエヴァが先頭に立って両腕を正面に突き出していた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。