「シンジ君!」
「任せて!」
シンジはATフィールドを最大出力で展開した。
ドン!、衝撃が構造物を揺らす、一部壁面などはその圧力に負けて窪んでしまった、ビキビキと異音を放ってヒビを広げる。
「やり過ぎだってのよ!」
アスカは身構えた、くうっと呻きを発する、それに対して驚いたのはレイとカヲルだった。
(何故?)
(どういうことなんだい?)
二人にはアスカが食らったような抵抗感など感じられなかったのだ。
シンジと使徒のATフィールドの押し合いが続く、使徒の数は増えて60キロ立方メートルの空間は埋めつくしていた、とんでもない量だ、重なり合っていて奥に居るはずの母体が見えない。
その使徒が相乗効果で増幅して発しているATフィールドを、シンジ一人が対抗して受け止めている。
どちらが凄まじいのか、一概には言えない。
シンジが抵抗しようとしているのは使徒に対してだ、ATフィールドは本体を中心とした球状に発生するとは言え、目的意思以外のものは締め出すものではない、なら何故アスカが抵抗を受けているのか?
(シンジクンに拒絶されてる?、違う、アスカが距離を開けようとしてるんだ、でもどうして?)
またカヲルもレイと同じく考える。
(彼女はシンジ君に対して不審を抱いていると言うのかい?、だからシンジ君との無条件の触れ合いに抵抗感を示した、そういうことなのかい?)
「なにやっとんねん!、行くでぇ!」
どりゃあああああっと、らしい雄叫びを上げてトウジは3号機を駆った、シンジによってATフィールドの中和を受けている敵の前衛へと突撃を敢行する。
本体ではない使徒の細胞片はゼリーそのものだった、拳によって、あるいはパレットガンの銃弾によって、簡単に弾けて潰れる。
「僕達も」
「うん」
レイとカヲルも参戦した、じりじりと使徒本体へ向かって押し進んでいく、アスカだけが焦りを浮かべた。
「ちょっと待ってよ!」
(どうなってんのよ!?)
アスカははっとして01を、シンジを見やった。
(そういうことなの!?)
ATフィールドによる心の干渉、それに気がついて身構えた途端にこれだ。
つまり、気付かれた、とシンジが壁を作ったのだと解釈する。
──駆除は順調に進んでいくかに見えた。
「カヲル君!」
「くっ!」
やはりネックは04であった、ATフィールドを持たない4号機の周辺は一つの安全地帯なのだ。
シンジのフィールドの影響を受けない、そこへと逃げ込もうとして細胞片が殺到する。
「僕よりもっ、本体を叩くんだ!」
「くっ!」
「フィールドはわしらが受け持つ!」
「シンジクン!」
シンジは広域中和を中断すると、敵本体めがけてエヴァを走らせた、ぶつかった分裂細胞がべしゃべしゃと潰れて01を彩る。
「このぉおおおお!、アスカ!」
装甲駆動部を固める使徒にシンジはむかついた喚きを発した、動きがぎこちなくなってしまう、アスカにサポートを頼んだのだが、アスカは自分の疑惑に気を取られていて反応が遅れてしまった。
「あ!」
「くっ!」
咄嗟にレイがフォローする。
未来視を使用していたのが幸いした、爆裂弾が間に合い、01の顔が潰れた肉片に被われる前に正面の邪魔者を排除した。
「っ!」
シンジは母体の中央に拳を叩き込んだ、一瞬だけ背中に黒い翼が生まれる、削り取られた空間は拳の正面でぶつかり合って核反応を引き起こした。
──爆発。
炎と煙が吹き荒れる、くおおお!、きゃあああ!、トウジやレイの悲鳴が轟く、ATフィールドがあったとしても恐怖心は拭えない。
身構えた二機が炎の中に確認出来た、燃えるものが無いだけに炎も煙もすぐに消えた。
ズシンと音、01が歩み戻って来る。
「おつかれさま」
そう口にしたのは、00の陰に隠れていたカヲルであった。
──更衣室。
「ああ〜ん、無敵のシンジさまぁってね」
半裸でアスカがおどけていた。
「あいつ最近化け物じみて来てない?、なんだかさ」
「そういう言い方」
「ジョークよ、ジョーク!」
ブラを付け、シャツを頭から被りながら、レイは少し不審に思っていた。
そんな風には聞こえなかったからだ。
「ほんと……、あいつ一人でもなんとかなってたんじゃないかってね……、思っただけよ」
「ふうん……」
今度はズボンを穿きながら相槌を打つ。
「でもアスカぁ」
「なによ?」
「何ぼけっとしてたの?、今日……」
アスカは顔をしかめた。
「ちょっとね……」
確信も確証も無いのだ。
アスカは迷っていた、レイに話して良いものかどうか、どうしても様子を窺ってしまう。
そんな調子だからか、アスカもまたレイの表情に気がついた。
「どうしたのよ?」
「え?、あ、ううん」
力無く笑う。
「ちょっとね……」
「変よ?」
熱はないみたいだけど、とレイの額に手を当てる。
レイははぁっと溜め息を吐いた。
「さっきの戦闘でね」
「どっか痛めたの!?」
「違うって」
「脅かさないでよ……」
ほっと胸を撫で下ろす彼女にレイは唇を尖らせた。
「……シンジクン」
「え?」
「アスカって呼んだから、やっぱりああいう時って、アスカを頼るんだなって」
アスカは激しく動揺した。
それは先の考えとぶつかるからだ。
「そんなこと……」
「でも咄嗟の時って、無意識の部分が出るって言うし」
ねぇ?、っとレイはアスカに縋った。
「どうして、加持さんなの?」
「え?」
「どうして……、シンジクンじゃだめなの?」
「だめって……、わけじゃ」
アスカは顔を逸らした。
「加持さんは、相談に乗ってくれるから頼ってるだけよ、別にシンジから乗り換えたとかそういう……」
「嘘」
レイもまた顔を背けた。
「アスカ……、変わったもん」
「え?」
「加持さんに媚売ってる」
アスカはカッとなった。
「どういう意味よ!」
「そのまま……」
口を突いて出る言葉。
「シンジクンのことダシにして会う口実作ってる」
「作ってない!」
「じゃあ……、どうしてこの頃あたしじゃなくて、一番に加持さんのところに行くの?」
アスカは全身を強ばらせた。
それこそがリツコの懸念そのものだった。
どう見えるのか?、簡単な事だ。
シンジに問題が見つかる度に、相談を持ち掛けて言い諭してもらう、それは歪んだ情愛だ、かまってもらおうとする子供の心理だ。
──理由が見つかると、『嬉々』として持っていく。
「だ、だって!」
アスカは焦る余りミスを犯した。
「加持さんは普通の人だから!」
抱いていた悩みを打ち明けてしまった。
シンジが変わったこと、シンジを取り巻く環境が変わったこと、シンジを見る皆の態度が変わったこと。
──その原因とおぼしきもの。
「もし加持さんがなんにも感じてないならっ、みんなだけがシンジに影響受けてるって事じゃない!」
レイは血の気の引いた顔で震えていた、半開きになった唇からかち鳴る歯の音が漏れ聞こえる。
アスカはしまったと思った、レイもそうなんじゃないのかと叩きつけたも同じだったから。
「じゃあ、じゃあ……」
──だが、レイは違う事で震えていた。
瞳孔を開かせたままで口にした。
「じゃあ、加持さんがシンジクンに好意を持っていたらどうなるの?」
「それは……、だから、なんでもないんだなって、普通にシンジが好かれるようになったって」
「嘘」
レイはぎゅっと唇を噛んで虚勢を張った。
「嘘!、その場合は、シンジクンは『あたし達』だけじゃなくてっ、他の人にまでって思おうとしてたんでしょ?、そうなんでしょ!?」
「れ、レイ!?」
アスカは困惑した、何を言うんだと。
「ちょっと待ってよ、誰もそんなこと!」
「そうなんだ!、もしそうだったら自分がシンジクンを好きだったのも勘違いだったとか、シンジクンが何かやってたんだってことにして!」
「……!?」
アスカははっとした、無意識のレベルで自分だけは特別なのだと除外していた考えを指摘されてしまったからだ。
皆がそうなら自分もそうかもしれない、そんな当たり前の発想が出来る事に気付かないでいた。
──自分だけは、『特別』であると。
「違う!、違うの、レイ!」
だが全てはもう遅かった。
疑問、疑惑としてもってしまった疑念。
皆の好意が本能に基づいた媚びであって、人柄に対するものではないのだとしたら?
「だったら近づかなきゃ良いじゃない……」
震えていた。
レイは本気で怒っていた。
「加持さんって人が好きになったんなら、素直にそうすれば良いじゃない!」
「ち、違う!」
「いつまでシンジクンを苦しめるのよ!、口実が欲しいからって、シンジクンのせいにするなんて!」
アスカは青ざめた。
「そういうことなんじゃない!」
冷めていく自分を感じるレイ。
「やっぱりアスカって勝手よ、今でもシンジクンに悪いことしたなんて思ってなかったんだ、力に惹かれてるから謝りたくなってただけなんだなってことにして」
「レイ!」
「良いじゃない……、別に、好きならそれで、勝手にすれば?」
「ちょっと待ちなさいよ!」
行こうとした所を肩を掴まれたレイだったが、かつてシンジのことでもめた時のように、冷た過ぎる目をアスカに向けた。
「なに?」
射すくめられて絶句する。
「あ……」
「離して」
憤慨し、手を跳ね除ける。
「文句があるなら、関らないで」
レイは怒りが抑えられなかった、どうにもだ。
(エヴァがどうのこうのなんて関係ないじゃない!)
初めて出逢って、遊んだ時の笑顔。
無邪気なシンジの、心からの顔。
それは誰にも否定出来ない、レイだけの想い出であった、それを傷つけられて平静で居られようはずが無い。
レイにとって、それがシンジを好きになった理由なのだ、傷つけられて初めて分かった、あれがどれだけ大事な想い出になっていたのか、踏みにじられたと感じてやっと理解できた、シンジの何が手放せなかったのか。
意識によって人は印象を変化させる、印象は対象に対する感情を決定する。
知らない人に手を繋がれたら恐いだろう、嫌な相手なら気持ちが悪い、だが好きな相手だったら?、恥ずかしい、楽しい、嬉しくなる。
同じ好意も、相手に対する印象が全てを決定付かせる。
レイにとって、シンジの笑顔こそがシンジを『欲しい』と思わせる感情の源泉であるというのに、アスカはそれを踏みにじったのだ。
──錯覚なのだと。
力に目覚めて、それが強くなるに従って、シンジが人に好かれるようになっていった?、好かれたがりのシンジが、ATフィールドによってそうなるように干渉をかけていた?、そんな想像は勝手過ぎる。
シンジは卑怯だから、距離を空けた方が良い?、そんなことを言うくらいなら、さっさとどこへなりと行ってしまえばいいのだ。
シンジは……、シンジは?、シンジはアスカを好いてなどいないのだから?
それはどうなんだろうとレイは胸を疼かせた。
誰も居てくれなど頼んではいないのだから、さっさと消えてくれ、そう叫びそうになる自分を抑える、それを言う権利があるのはシンジだけだと。
「シンジクン、かわいそ過ぎるよ……」
レイは立ち止まると、ぎゅっと唇を噛み締めた、堪え切れずにぽろぽろと涙がこぼれ出す。
アスカなんていなくなれば良いのに。
レイは本気で、そう考えた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。