「シンジ君?、シンジ君ももう大人なんだから、あたしもぐだぐだ言いたくは無いんだけどさぁ……」
 何故だかにやにやとしている葛城ミサトinシンジの部屋。
「二人一緒にってのは、ちょーっちモラル厳しいんじゃない?」
「だから違うって言ってるじゃないですかー!」
 噴き出す鼻血を手で押さえてティッシュを求める。
 慌てて抜け出したベッドには、レイとコダマが転がっていた。


LOST in PARADISE
EPISODE35 ”サヨナラ”


「だっからさぁ……、来てみたらレイちゃんが寝てた訳よ、なんでかさぁ、で、カノジョとしては見過ごせないじゃない?」
「……だったら起こして下さいよ、潜り込むんじゃなくて」
「イヤン☆、そんなこと言ってぇ、鼻血噴くくらい喜んじゃったくせにぃ」
「のぼせたんですよ!、暑くて!」
 さわがしいキッチンである。
 今日は朝から人口密度が高かった、正面にミサト、これはキャミソールに短パンと露出度が高い、ちなみに短パンはシンジの体操服だったりする、ちょっときつ目だ。
 レイはいつもの制服、コダマはネルフの制服なのだが、胸元を開けて着崩していた。
「だいたい、なんで二人がここに居るの?」
「ん〜?、初出勤って事でぇ、葛城さんが連れてってくれるって言うからぁ」
「……レイは?」
「出席日数危ないから、ちゃんとガッコに連れて来いって、先生に」
 シンジはなんとなく事情を察した。
 レイの事だ、コダマの動きを察して先回りし、時間が早いので人の寝床に潜り込んだのだろう。
 ところがコダマの方が上手うわてだったと、そういうことだ。
 悔しげなレイの表情と勝ち誇っているコダマを見ればよくわかる。
「シンジクンっ、行こう!」
「え?、でもまだ……」
「良いから!」
「わかったってば」
 まったくもうっと諦める。
「それじゃコダマさん……」
「はぁい、また後でねぇ」
「え?」
「ガッコ終わったら来るんでしょ?、ネルフ」
「ええ、まあ……」
「シンジくぅん?、あたしには挨拶なしぃ?」
「わかってますよ!、行ってきます」
「はぁい、いったんさい」
 腕を引っ張られるシンジに、お気の毒さまと手を振ってやる。
 戸の閉まる音が聞こえた。
 それをきっかけに二人の雰囲気ががらりと変わる。
「……ちょっとわざとらしかったんじゃない?」
「あれぐらいでちょうど良いんですよ、それに」
 上目づかいにミサトを見やる。
「それ期待してアタシにこの家の鍵くれたんじゃないんですか?」
「まあねぇん」
 朝からビールを飲んでいる。
 コダマはミサトの感情の流れを読んで、あなどれないなと感じていた、もちろんからかう気持ちも見えるのだが、本心の大半が彼らを心配していたからだ。
 小、中学校時代の体験のこともあってか、彼らの関係は膠着状態を迎えてしまっていた、他人を寄せ付けないし、受け入れないのだ。
 一見して仲の良い鈴原トウジや渚カヲルでさえも、三人が形成している相関図には組み込んでもらえないでいる。
 常にその思考はシンジを中心として捉え、彼を基準に発想している、故に行き詰まり、非常に良く袋小路へとはまり込む、それがミサトの懸念だった。
 普通の人間は追い詰められると逃げを打つものだ、だがアスカに逃げは許されない、それはこの街に居る理由を放棄する事になってしまうから。
 レイについては……、わからない、エヴァ、使徒、黒き月、そういったものの中核にいるためにシンジへと罪悪感を抱いているのは間違い無いが、そう想い始めたのは最近のことだ。
 この二つの事情をミサトは知らない、知らない故に状況の打破を彼女に求めた。
 洞木コダマへと。


「……」
 なんだろう?
 首を傾げたのは洞木ヒカリだった、様子がおかしい。
 思い詰めた顔をして席に座っている彼女が居る。
 アスカだ。
 教室に誰かが入って来る度にふいと顔を上げている、だがその表情は泣きそうだった。
 やがて目的の人物が来たらしい、俯いてぎゅっと唇を噛み締めた。
 シンジは自分の席へ、レイもだ、それを見計らってアスカはシンジへと体を向けた。
 思い切って声を発する。
「お、おは……」
「シンちゃん!」
 邪魔が入った。
「今日は最後まで学校居るよね?」
「レイが無理矢理引っ張って来たんだろう?」
「そんな言い方ないじゃなーい」
 明るい感じに萎縮して、すごすごと彼女は引っ込んでしまった。
(レイ?)
 ヒカリはますます首を傾げた、てっきり自分の姉が原因でアスカが落ち込んでしまったのかと思ったのだが、実はそうでもないらしい。
 あからさまにアスカを遠ざけるレイの行動がそれを物語っている。
(なんなの?)
「惣流さん」
 そう呼び掛けたのはカヲルだった。
「ちょっと良いかい?」
「……ええ」
 立ち上がり、カヲルに伴われて教室を出ていく、まさに付き従っていると言う雰囲気に、一瞬で教室は騒然となった。
「なんだよあれ?」
「そういうことなのか?」
 下世話な噂が飛び交った、そんな状態でも平然とシンジに話しかけるレイが居る。
 ヒカリには、何故だかその姿が痛々しかった。


「すまないね……、呼び出したりして」
 屋上は始業寸前のために人気は無かった。
「好いわよ、別に……」
「そうかい?、シンジ君にも変に思われたかもしれないよ?」
 そうなるかもしれないと分かっててやったのかと、少し睨んだ。
「……酷い奴」
「そうだね」
「……でも」
 嘆息。
「どうせシンジは何も思っちゃくれないわよ」
 そうだねと反射的に答えかけてカヲルは慌てた。
「辛いのかい?」
「……」
「ならそう伝えないと、シンジ君はどこまでも振り返ってはくれないよ?」
「わかってるわよ!」
「わかってないよ、君は……、なんにも」
「なによ……」
 ふうっと吐息をつくカヲルに苛立ちを募らせた。
「なんなのよ!、アタシ」
 帰る、そう言われる前にカヲルは話した。
「シンジ君は……、とっくに君のことなんて見なくなってたよ」
「なっ!」
 激情に支配される。
「あんたにそんなこと言われなくたって!」
「君の認識はずっと甘かったよ」
 言葉を詰まらせる。
「なにを……、言ってんのよ」
「彼は……、君のことも、綾波さんのことまでも、もうとっくに断ち切ってしまっていたんだよ」
 そう、と……
 カヲルはこの間の夜、シンジと交わした話を聞かせた。


『エヴァ三体のアポトーシス作業は、MAGIシステムの再開後予定通りに行います』
 かかったアナウンスも聞き流していたリツコなのだが、隣で作業しているマヤの鼻歌は気になったようだ。
「今日はご機嫌ね、何かあるの?」
「あるっていうか、あたし、先輩になったんです!」
「はぁ?」
「後輩が出来たんです!、あたしもう嬉しくて!」
 あまりにも微笑まし過ぎるので、リツコは曖昧に濁しておいた。
 マヤの言う後輩とはチルドレンから選抜された、電子機器専門の能力者達のことだった。
「あ、待って、そこA−8の方が早いわ、ちょっと貸して」
 マヤの作業を奪い取り、手元のキーで代わりに次々と入力していく。
 表示画面のスクロールスピードが、マヤに比べて倍加した。
「さすが先輩」
 尊敬を通り越して畏敬の念を抱いている、しかし対象とされたリツコの心は冷めていた。
 幾らキーを叩く手が早かろうと、直接データにアクセス出来る能力者の前には歯が立たないのだ。
 こうなってくると後は想像力の勝負となって来る、MAGIのようなスーパーコンピューターのデータでも彼らは自在に扱うだろう、しかしMAGIや4号機のようなものを設計出来る頭脳は無い。
(アンバランスよね……)
 そう考えると彼らは非常に偏りが激しい、突出した能力を持っているのに、それを完全に生かすための何かが足りない。
 逆に普通人は彼らのように突出した異能力を持ってはいないが、非常に安定した平均的な能力を宿している。
(普通、生物の進化は必要に応じて発生する、それに合わせて全体の調整も行われるわ、例えばキリンは首を長くした分だけ足も長くして重心を安定させてる、それに対して彼らは不安定過ぎる……)
 普通は学習によって得られるはずのものを、それを抜きにして突然持ちえている、だからこそ何かが危ういのだ。
 この部屋はエヴァ格納庫を見下ろすボックスである、自分の他はマヤだけなのでかなり油断している。
 それに気がついて、侵入者はマヤにしぃっと指を立てた。
「リッツコちゃぁ〜ん?」
「ひゃ!」
 背筋を指でなぞられて、リツコは反射的に何かを放った。
 とっさに避ける侵入者とマヤ、ビィンと壁に突き立ったのは注射器だった。
「あ、あ、あ、あっぶないわねぇ!」
「ミサト!」
「ひ、ひ……」
 恐怖に引きつっているのはマヤである、エヴァの装甲にも使われている特殊合金で出来た壁に突き立っている注射器。
 それはかなり恐ろしかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。