ぷうっと頬を膨らませ、いつもの待機所でアスカはふてていた。
「あのバカ!、シャレになんないってのよ!」
ん〜?、っと首を捻ったのはレイである。
「でも良い傾向なんじゃないのぉ?」
「なによぉ」
「捨て身のギャグってこと」
「はぁ!?」
「ドキッとしたのは、アスカにやましいことがあるからでしょう?、でもシンジ君はもう割り切っちゃってるのかも知んないよぉ?」
アスカは深く溜め息を吐いて、お気楽だとレイをなじった。
「なにそれ、どういう意味?」
気怠くうつろな目を向けるアスカである。
「やってらんないってことよ」
「へ?」
「だってそうじゃない!」
大仰に。
「いちいち気にしてたらやってらんないわよ!、こんなの……」
「アスカ……」
「でもシンジって……、ずっとこうだったんでしょ?」
「さあ?」
「こんなの……、やってらんない、気にしないように、気にしないようにって……、そんなことばっかり考えてる、これじゃあ、何も感じなくなってくのと同じじゃない」
──だからシンジは他人の言葉に惑わされないのかもしれない。
一つずつ気にしないようになっていって、今では大抵のことに対して何も感じなくなっているのかもしれない。
アスカはそう感じていた。
一つ具体的なところでシンジの性格の構築を体験したアスカであったが、彼女の苛立ちは、同時に別な方面にも向いていた。
(同じじゃ……、ダメなのよね)
シンジを『救う』のならば、『守る』のならば、シンジが歩んだものと同じ道に踏み込むわけにはいかないのだ。
別な道を辿らなければならない。
『アスカ、シンクロ率が乱れてるわ、集中して』
「やってるわよ!」
アスカのヒステリックな声に、眉をひそめたのはミサトであった。
「あの子……」
「仕方が無いんじゃない?」
「リツコ」
「無責任な噂に振り回されたりしないようにって、ナーバスになってるのよ、特にアスカは、シンジ君に対して責任感持ってるから」
腕を組む。
「分かってるわ、保護者になってるあたしより、アスカの方がよっぽど保護者らしいもの」
「さあ?、それはどうかと思うけど……」
「どうして?」
「一般論よ、親は子を、子は親をうとましく思うものよ、程度の差はあれどね、でもアスカのそれは勤めに対する意欲だもの」
「可哀想、か……」
「アスカ自身にも気付かせるべきよ」
え?、と聞こえたので、リツコは説明しなかった。
(早く大人になり過ぎたのね、自分の感情を素直に表す事ができないから、理性的に理解しようとして空回りしてる、論理的な解釈をいくら行ったって、正解に辿り着くことなんてあり得ないのに)
だからこそ、そうなのかもねと、曖昧な理解の幅を広げていくしかないのだ、対人関係は。
しかしそれは無理かと思案する。
それはミサトの経歴にこそ起因していた。
葛城ミサト。
彼女の生い立ちは、とある時点まで、実に平凡なものだった。
ごく普通の、ありふれた問題を抱えた家庭に、彼女は育った。
家に寄り付かない父、それを嘆く母、そしてたたずむことしかできない自分。
そんなミサトが思い切ったのが、十四歳の時だった。
西暦二千年である。
父親に、家族のこと、家庭のことを問いただしたくて、思い切って父の仕事に同行した。
後にその冒険が、自らの運命を狂わせるとは知らずに……
──南極。
行けるだけで、話の種になる、そんな辺鄙な場所だった。
友達からも、『生』の写真をと頼まれた、おみやげ屋はさすがにないから……、と思っていたら、やたらと子供好きの人が多くて、おみやげになりそうなものを、色々と押し付けられてしまったのだが。
父親は、確かに忙しい人だった、目が回るほど忙しく、眠る暇すらないようだった。
話しかけるのもためらわれるほど、暇を見付けては眠っていた、三分、五分と言った単位でだ、それは気絶に近いだろう。
もう、この地を離れなければならない、帰国の時が近づいている。
ミサトはまだ何も話していないと落ち込んでいた。
そんな時だった。
「表面の発光を止めろ、予定限界値を越えている」
──異常事態、異常事態、総員防護服着用、第二セントラルの作業員は、至急セントラルドグマ上部へ避難して下さい。
「アダムにダイブした遺伝子は、既に物理的融合を果たしています」
「ATフィールドが、全て解放されていきます」
「槍だ、槍を引き戻せ」
「ダメだ、磁場が保てない」
「沈んでいくぞ」
「わずかでもいい、被害を最小限に食い止めろ」
「極地的に大気の分解がすでに」
「構成分子のクォーク単位での分解は、急げ」
「ガフの扉が開くと同時に、熱減却システムを回収」
「すごい……、歩き始めた」
「地上でも歩行を確認」
「コンマ一秒でもいい、奴にアンチATフィールドに干渉可能なエネルギーをしぼりださせるんだ」
「すでに変換システムがセットされています!」
「カウントダウン、進行中!」
「S2機関と起爆装置がリンクされています!、解除不能!」
「羽を広げている、地上に出るぞ!」
──爆風。
けたたましいだけのアナウンスに従って、退避しようと地上に出た時に直撃を食らった。
倉庫の壁が、屋根が飛ぶ、頭と腹に傷を負い、転がっていたミサトは、誰かに抱えられて気を取り戻した。
「おとう……、さん?」
何かに閉じ込められた。
筒状の、カプセルに。
──そしてセカンドインパクト。
救助と調査を目的にした船団は、意外と早く到着した、ミサトはその間、波間に沈んでしまわないように、カプセルの蓋を閉じて、閉じ篭っていた。
何時間も、何日も。
(怖いよ……、暗いよ、狭いよ)
お父さん、お母さん……
波は彼女を上下に揺らした。
揺りかごのゆれというには、あまりにも激しい震動だった。
回収された時、彼女は精神を失調していた。
殻の中に閉じこもり、病んでいた、碇シンジ、先日の彼が自爆を選んだように、彼女も死ぬ方法があればそうしていたかもしれない。
その後、彼女は自分を取り戻すための闘病を余儀なくされ……
今に至る。
ミサトを現在の地位に押し上げたのは、治療のために必要とされた、彼女に架せられた教育メニューのたまものであった、マンツーマンの英才教育が、彼女の知能指数を跳ね上げた。
だが弊害もあった。
過去のトラウマと、セカンドインパクトの衝撃、そしてその後の漂流で受けた失調、全てを回復させるためには、自分を見直す作業が不可欠だった。
自力で、論理的に解釈して、自我を再構築していく、結果、そこにできあがったのは、論理の塊で生成された人格だった。
その反動が、現在のだらしなさに通じているのかもしれない、杓子定規でロボットのような整理された感情から逃げ出したくて、こうなってしまったのかもしれない。
一番多感な時期を、歪んだ感性を持って過ごしてしまったがために、回復した今でも、ミサトは人の心を計る事が苦手だった、分かった振りをすることは多いのだが……
「第五次試験を開始します」
マヤが慣れてしまった感じを滲ませて報告した、皆もだ、油断をしていた、だからというわけでも無かろうが……
気がついた時には、真っ白な光に包まれていた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。