──学校。
「だぁかぁらぁ!」
 教壇に立ち、霧島マナはばんばんと黒板を叩いた。
「あたしとムサシはなんでもないのぉ!、そりゃシンジ君とは?、ちょっとふざけてたし、こういうとこから恋って始まるのよねぇとか、ちょびっとは思っちゃったりしちゃったけどぉ?、でもこんな風にチャカされたらおじゃんじゃない!」
「それって恋まで持ってくから邪魔するなってことぉ?」
 からかう言葉がかけられるが、マナは大いばりでそのとおり!、と胸を反らした。
 しくしくと泣いているムサシが居る。
「マナ〜」
「あ〜あ、やっぱりおしゃべりな男は嫌われるってことだよね」
 辛辣である、ケイタだった。
 後はシンジと、数人の男子が寄り集まっている。
「で、ほんとのとこはどうなんだよ、碇?」
「どうって、なにが?」
「とぼけるなよ!、どどどどど、どうだったんだよ」
 鼻息荒く。
 目も血走っている。
「だ、だから聞かれるようなことは何もしてないって!」
「なんでなにもしないんだよ!」
「しろよ!、頼むから!」
「そうだよ!」
「しなくていいんだよ!」
 ムサシの喚きは却下された。
「お前は霧島の相手をしとけ!」
「惣流さんのことは俺達に任せろ!」
「なぁんですってぇ?」
 低く、重い声、ぱきぽきと聞こえたのは指の関節を鳴らす音。
「それって、どういう意味かなぁ?」
「き、霧島!?」
「落ち着けって、な?」
 ケイタがぼそりと。
「つまり、マナとなら何があったって悔しくないけど、惣流さんだともったいなくて悔しいから、やめておいてくれってことだよね?」
 ガタタタタっと鳴ったのは、皆が椅子を蹴倒して逃げようとした騒音だった、マナのまてぇ!、と言う叫びが……
「なんだかねぇ?」
「ケイタ君……」
「でも碇君も悪いよ」
「え?」
「こんな時に、マナといちゃついてるんだから」
「いちゃついってるって」
 ん?、と気になる。
「こんな時って?」
「忘れてるの?、噂だよ、噂」
「噂?」
「ほら、惣流さんと昔って、あれ」
 ああ……、と思い出していると、ムサシが怒り出した。
「そうだ!、お前なぁ、マナんとこに逃げ込んでないで、惣流さんのところに行けよ!」
 シンジはちょっとだけ唇を尖らせた。
「やだよ、今は……」
 ムサシを制して、ケイタは問いかけた。
「何かあったの?」
「え?、ああ……、別に何もないけど、今は話しづらいんだ」
「どうして?」
「実験、S機関がどうのこうのってやつで、守秘義務とかあるんだってさ、だから話してるとすぐ会話が止まっちゃうんだよね」
「いつもそんな話ばっかりなの?」
「他にするような話なんてないもん」
 それにと付け足す。
「もう一つ嫌な話が広がってるみたいでさ」
「嫌な話?」
「うん……、それ、気にしてるみたいで、嫌なんだ……、腫れ物扱ってるみたいな感じで」


「最悪……」
 頭を抱えているのはミサトであった。
「なぁんで、んな変な話になってくのよ……」
 ラウンジだ、テーブルに突っ伏している。
 その前には加持リョウジが腰かけていた、暇らしい。
「俺も聞いたよ、まあ、タイミングを考えればな」
 笑っている。
 ──碇シンジに見切りを付けた作戦部長は、セカンドに乗り換えた。
 それが噂話の全てだった。
「あたしって、そんな風に見られてたってわけ?」
「僻んでるのさ、そりゃお前の歳で部長職じゃ、やっかみは当然だろ」
「だからって、あの子達がそれに納得してくれるわけないじゃない」
 だが、とミサトは考えていた、アスカは不機嫌になるだろうが、シンジはどうか?
 きっと理解を示すだろう、あるいは納得したふりをするだろう。
「頭痛いわ……」
 痛々しい。
 加持には苦笑するしかなかった、あるいは本当におかしいのかもしれない。
 客観的に見れば、噂話の方にこそ信憑性はある、最強であったシンジ、現在最強の能力発動者であるアスカ。
 シンジが弱まった時に、アスカが引き抜かれれば、それはおかしく思うだろう。
 ただ……
(アスカに堪えられるかだな)
 それは裏を返せば、惣流アスカという少女が、取り引きに応じたとも受け取れるのだ。
 そんな汚い事をする少女ではないと……、誰もが思っているわけではないとも受け取れる、特に。
『シンジとアスカの事情』を知っているなら、尚更だった。


「なんだかもう分っかんないよねぇ」
 誰かが校庭で話している。
「やっぱさぁ、恋心とは別だってことなんじゃないのぉ?、プライド高そうだし」
「そうそう、トップに立ってるから、余裕かましてるってこと、あるよねぇ?」
 人の気配を感じてか、行こ?、と大慌てで去っていった。
「むぅ」
 と唸ったのはレイである。
(アスカって意外と人望ないんだ)
 見目の良さは得をする事ばかりではない。
 特に話題となるネタには事欠かない二人だ、どのようにも受け取られやすい。
(でも一理ありってのがマズイよねぇ)
 プライドが高そうだ、故に好きな相手でも許せない事がある。
 そういう人間なのかもしれないと言われてしまう気質がアスカにはある。
 ……と見られている、それは過去の問題が絡んで来るからなのだが。
 プライドの面で満足したアスカは、次の幸せを掴むために、ちょっとしたしこりを解消しようとしてやって来た。
 そんな憶測まで飛び交い出している、もちろんレイはアスカの無理が来るほどの頑張り様を見て来ているから、特に同調するものはなかったのだが。
 だいたいが、ナンバーズは良い、彼らはシンジの解雇についての説明会に参加できたから、だが番外のチルドレンは詳しくは知らない。
 そうなれば、解雇されたはずのシンジが、未だに作戦部長の邸宅に同居し、あげく自分達が知りえない実験のスケジュールや、その内容にまで触れているとなれば、おかしくは感じる。
「碇ってさぁ……、ダシにされてんじゃないのぉ?」
「ダシ?」
「だってさぁ、おかしいじゃん、碇って普通授業にも着いてこれないんだぜ?、特技もないし、そんな奴がなんでいつまでも『飼われ』てるわけ?」
「惣流さんの餌にされてるってことか?」
「いや、それは逆かもしんないぜ?」
「逆ってなんだよ?」
「碇のやつが惣流さんの弱みにつけこんでるとか」
『おお!』
 勝手な想像であるが、誰も否定する言葉を見付けられない。
「もう!、あげくになんて言ってると思う?、いじけたシンジに虐められながら、ご奉仕してるんだって、このアタシが!」
 はいはいとシンジは聞き流そうとした、確かに面白い噂ではないからだ。
(用なし、か……)
 確かに頭が良いわけでもないし、実際悪いし、力がなくなればただのお荷物だ。
「でもミサトさんと同居するようにって『決定』って、『エヴァ』がらみで誰かが監視しないとって話し……、って知らなかったの?」
 アスカは目を丸くしていた。
「なによそれ!」
「知ってるんだと思ってた」
 溜め息一つ。
 それはいうんじゃなかったというものだった。
「しょうがないよ、怖いとかなんとかで、僕も信用なんて無い方だったし、でもミサトさんで良かったとは思ってるんだ、普通に扱ってくれたから」
「普通ねぇ」
 アスカは呆れた顔で彼の格好を眺めやった。
 キッチンだ、シンジは流しに立っている、エプロンを付けて。
 高校生の、エプロン姿が、普通なのだろうか?、だが口にするとじゃあ代わってよと言われそうなので、アスカは頭の中だけに考えをとどめた。
「まあ、そうね、普通は腫れ物扱うみたいに……」
 はっとしたのは、不用意過ぎたと反省したからだった。
 エプロンに意識が行き過ぎていた、青ざめてシンジの様子を窺ってしまう。
『特別』な『子供』の『預かりもの』、三つのキーワードか面白くない記憶を嫌が応にも連想させる。
「あの……、シンジ、さ」
 シンジはきゅっと蛇口をしめた。
「僕……、思うんだ」
「……」
「今の僕は、役立たずだし、価値なんて無いのかもしれない」
「そんなこと言わないでよ!」
 アスカは本気で怒った。
「あんたねぇ!」
「うん……、でも価値なんてなくても僕はここに居ても良いらしいや」
 なんてね、そう言ってシンジは振り返った。
 笑っている。
「からかったの?」
「怒る?」
「あんたはっ」
 ぷるぷると震え出す。
「えっと……、僕、宿題あるから」
 それじゃあ!、っと逃げ出した。
「バカシンジィ!」
 思いっきり叫び、はぁはぁと肩で息をする。
 アスカはやって良い冗談と、いけない冗談があるだろうと憤った、そしてシンジのそれは、確実にやってはいけないものだろうと感情を昂ぶらせた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。