ケージは息苦しさに包まれていた。
 緊張の面持ちで生唾さえも呑み込めずに、緊急対処用のマニュアルを思い出し、キーの上に指を置いている。
 いつでもうごかせるよう、張り詰めて。
「シーケンス、スタート」
 厳かに伊吹マヤが発令を下した。
「添加剤、注入」
「血流増加」
「量子反応確認」
「細胞単位で質量が増大しています」
「エネルギーの発生を確認」
「フェイズストップ」
 リツコが鋭く命じると、大慌てでスタッフは指を躍らせた。
 あっという間に、ケージに静寂が戻る。
「データは取れたの?、マヤ」
「はい」
「実験終了」
 え?、と驚いたのはアスカだった。
 弐号機から苦情を言う。
『ちょっとぉ、これだけぇ?』
「そうよ」
『そうよじゃないでしょう?、なによぉ、万が一って言うから』
「怖かった?」
『こっ、怖くは無いけど……』
 そう、と、強がりを言えるアスカを羨ましいとリツコは笑った。
「わたしは怖かったわ、こちらの停止信号を拒絶して、暴走、揚げ句『サードインパクト』なんてぞっとするもの」
『サード、って』
 そんな危ない実験だったのかとゾッとする。
『聞いてないわよ!、アタシ!』
「そうね、ごめんなさい、言えなかったのよ」
 呆れるアスカだ。
『なにらしくないこと言ってんのよ?』
「……S機関の出力は底無しなのよ、確認されているだけでも十分サードインパクトを起こし得るわ」
『そんなものを使わせようっての?』
 アタシに、ではなく、鈴原に、と聞こえて、リツコは頷いた。
「もういいわ、エヴァから上がって、話があるなら部屋で聞くから」
 ここでは耳が多過ぎると、リツコは注意を促した。


機関スーパーソレノイドドライヴ、こうして見るととんでもないものなのね」
 素直な感想を述べるアスカ、場所は移ってリツコの部屋だ。
 レイも共に居るが、あまり興味が無いのか、一歩引いて『二本目』の缶ジュースをストローですすっている、アスカが見ているモニターを、頭ごしに眺めていた。
 質問するアスカ。
「今まで教えてくれなかったのは、どうして?」
「一つはシンジ君でなければ、そこまでの出力を引き出せなかったからよ」
「シンジなら?」
 と背後のレイに目を向ける、それを受けてリツコは説明を加えた。
「普通の人……、というのはおかしいかもしれないけど、あなたレイの生い立ちについては知ってるのね?」
 アスカは今更だと思ったが頷いておいた。
「リツコも?」
「聞き出したわ……、司令から」
 目を丸くするアスカに、冗談っぽくウィンクをくれる。
「わたしだって、何も知らされないまま利用されてるばかりじゃないのよ」
「危ないことするのねぇ……」
「あなただって知り過ぎてるわ、そうでしょう?」
「でもアタシには力があるもん、いざとなったら逃げるだけよ」
「それは子供の発想よ」
「そう?」
「そうよ、たとえどんなに強い力があっても、精神的に追い詰められては終わりよ、犯罪者扱いされて、どこにも逃げ場を失って、行く先々で追い立てられれば、人は精神的に疲労していくわ、疲弊する、そして心の病は、『エヴァ』の発動を疎外する」
「……銃を持ってるからって、王様にはなれない、そういうこと?」
「そうね」
「アタシは成り行きみたいのがあったけど……、リツコにもあるの?」
「……好奇心よ、ただのね」
 嘘だ、もの憂げな横顔にそう感じたが、アスカは問い詰めようとはしなかった、それは半ば真実を知りたくないという、自己防衛本能からの判断だった。
 ──リツコは、シンジと仲が良かった。
 脳裏にそんな記憶が過ってしまったのだ、まだシンジが皆の輪から外れていた頃、妙にリツコと共に居ることが多かった。
 事実その通りで、リツコにはシンジに対する愛着が生まれていた。
(らしくないのにね)
 可愛い子だと思っていたのだ。
 リツコは。
「それより、S機関についてだけど」
 わざとらしく話を戻す。
「シンジ君が特別なのか、あるいはレイが普通なのか、確かめようがなかったのよ、レイ並の性能の顕現が標準で、あなたたちの発現こそが、規格外の事なのかもしれなかったんだから」
「超古代文明とかってうっさんくさい連中より、その子孫でしぶとくなったアタシ達の方が能力に優れてるってこと?」
「……なにかバカにされてる感じぃ」
 とこれはレイ。
「安心してよ、バカにしてるんだから」
 これはアスカだ。
「アタシは信じてないのよね、レイの記憶とかも曖昧だし、そのぉ〜、裏死海文書だっけ?、それの翻訳も虫食いだらけだって話だし、憶測に憶測を重ねて都合を合わせてるのがほとんどでしょう?」
 リツコは苦虫を噛み潰したかのような顔で愚痴った、あるいは拗ねた。
「言ってくれるわね」
「でもホントの事じゃない」
 遠慮なく叩く。
「なんかさ、出来の悪いワイドショーを思い出すのよね、犯罪とかって、やった人間は満足してるわけじゃない?、自分なりの理由とか理屈とかあるわけでさ、でも事件の解明なんてのは、被害者とか捜査してる人間とかが、自分なりに納得したくてやってることじゃない、そうしないと裁判にならないからって」
「変な例えね、分かるけど」
「アスカ、シンジ君と会話がもたなくて、テレビばっかり見てるんだって、二人っきりになると」
「余計なこと言うーなー!」
 怒るアスカにくすくすと笑う。
「まあ、いつも二人きりで居ればそんなものでしょうね、週に何度か会えるだけだから、話したいことが溜まるんだもの」
「ん、でも気になっちゃってさぁ?、ほら、犯罪者の人権がぁとか言ってる連中って、更生がどうのこうのって言ってるけどさ?、ほんとのこと考えたら、尋問の時から擁護すべきじゃない?、お前の中で納得してるんじゃない、俺達にも納得できる理由を吐け!、って急かして、それを勝手に分析して、異常者だって……、それがどうもねぇ、そりゃ衝動とか、やっちゃったってのは別だけど、やろうと思ってやった、後悔はしてませんって人間を追い詰めて白状させるのって、それこそPTSD負わせてるような気がしない?」
 喋るだけ喋ってから、関係ないわねと赤くなる。
「『レイ』が特別だから、エヴァンゲリオンは正常に動いてて、『シンジ』だと出力が高かったってのは、機関が『暴走気味』に『加熱』して動き続けてただけなのかもしれない、そう言いたいの?」
「まあ、そんなところね」
「ふうん?、じゃあなんで鈴原だとここまで慎重なわけ?、今日の実験だって、もうちょっと踏み込んでも良かったんじゃないの?」
「……鈴原君に、それを制御できるだけの能力があればね」
 リツコは一服入れた、レイとアスカに遠慮してか、煙草ではなくコーヒーで。
「……シンジ君の、初号機01の初起動は暴走だったわ」
 顔をしかめるアスカとレイである。
「でもね、それが逆にシンジ君への『刷り込み』になっていたのかもしれない、本能的な領域で学んでしまえたから、シンジ君は無意識のレベルで使いこなしていた、とも考えられるわ」
「鈴原には、それがないから?」
「ええ、何を『起こす』か分からないのよ」
 起こるかではなく、起こすという。
 膨大なエネルギーが莫大に噴出した時、パイロットの意志によってどのような発現を果たすのか?
「人間、焦ると何をしようとするか分からないわ、その思考にS機関が……、エヴァが応えたらと思うとゾッとする、だから今日の実験はさわりだけにおさえたの」
「意味あるの?、それ」
「もちろんよ!、零号機と初号機、『完動』していた二機のデータと比較すれば、問題の抽出が行えるわ、もしそれが解消できないものなら、封印ということになるけど」
「……問題なしなら、ってことね」
「ええ」
「それで、どうだったの?」
 リツコは嬉々として口にした。
「問題なし、これで次のフェーズに移れるわね」


 あれだけ慎重で、緊張もしておいて、不安よりも、『次』のステップへの好奇心に目を輝かせる。
 アスカはそんな、赤木リツコという女性に対して、『やっぱりか』と納得してしまっていた。
「マッド……」
「それは言い過ぎなんじゃないかなぁ?」
 呆れたのはシンジであった。
「好い人だよ?、リツコさん」
 疑惑からぴぴんと髪を一本立たせる。
「な、なによぉ?、あんた、庇う気?」
「なに怒ってるんだよ……」
「アヤシイ……」
「なに言ってんだか」
「みょーーーーーーーーーーーーーーにリツコといちゃいちゃしてたじゃない?」
「……」
 ちょっと赤くなっている。
「ちょ、ちょっとなによ、どうしたってのよ!?」
「え?、あ、なんでも……」
「嘘ね!、こら!、吐きなさいよ!」
「なんにも隠してないってばぁ!」
 そう、検査のために何度も素っ裸にされたこととか、触られたこととか。
 時にはあそこに触れられたこともある、「あ、ごめんなさい」、そう言って笑われて……、子供だとバカにされた気がして、ショックを受けたことなどもあった。
(もしかすると、僕、女の人とえっちしたくないのって、自信なくしてるからかもしれない)
 アスカにキャメルクラッチをかけられながら、シンジは現実逃避にいそしんだ。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。