──激震。
「どうした!」
 叫んだのはコウゾウだった、手すりにしがみついている。
 下から突き上げた震動に、あやうく階下に落ち掛けたのだ。
「ショックアブソーバー、自動起動しています!」
「隔壁閉鎖!」
「震源地確認、第二実験場、隔離施設、対爆倉庫からのものです!」
「第二だと!?」
 コウゾウは慌て気味に、落ち着き払っているゲンドウへと唾を吐いた。
「碇!」
 何をやっていると叱り付けようとして、その男の奇妙さに気が付いた。
「お前、こうなることが分かっていたのか?」
 無言のままである。
「碇!」
「報告を続けろ」
「は、はい!」
 上司のいさかいに、少しばかり動揺してしまっていた伊吹マヤだったが、次々と送られて来る情報に、次第にのめり込んでいってしまった。
(センパイ!)
 大丈夫、これくらいの爆発なら、大丈夫。
 必死に自分に言い聞かせる。
 それが淡い希望に過ぎなくても……
(あそこには、アスカちゃんも、レイちゃんも居る、だから)
 ──大丈夫。
 失神しそうになる自分を、彼女は自分ではげました。


LOST in PARADISE
EPISODE38 ”男の戦い”


「くっ、ううううう!」
 爆発的な熱波をATフィールドで受け流す、電源のカウンターが勢いよく目減りしていく。
 自分の身を守るだけで精一杯のアスカだったが、それでも背後のコントロールルームへ被害を出さないために懸命になった。
(レイは何やってんのよ!)
 核クラスの爆発を想定した対爆実験場だというのに、壁が外側へと湾曲を始めた、荒れ狂う力による圧力がそうしているのだ。
 やがて光が消え、風が収まり、熱も引いていく。
 アスカは、いや弐号機は、片膝をついて息を荒げた。
「なんなのよ……、鈴原!」
 懸命に叫ぶ。
「鈴原!、無事なの?、鈴原!」
 ズン!、と熱に揺らぐ空気の向こうで、何かが床を踏みしめた。
「3……、号機?、鈴原?」
 様子がおかしい。
 一歩、また一歩と歩いて来る、実験のために3号機は計測機械で拘束されていたはずだ、どうして歩いている?、鈴原トウジはなぜ返事をしない?、そして何より……
「あ……」
 右手に引っ掛け、引きずっているものはなんだろうか?
 ──零号機。
 00ゼロの顎に手を懸けて、仰向けにして引きずって来る、零号機の両手足は投げ出された状態になっていた。
「ちょっと……、なにやってんのよ、鈴原、レイ!」
 ダン!、3号機は跳ねた、離された零号機が床に背を打ちつける。
 振り仰ぐ、天井に『足』を付けて3号機は狙っていた、何を?
 ──自分をだ!
「きゃあ!」
 咄嗟に転がって避ける、うずくまっていた場所の床が陥没した、3号機の強襲によって。
 蹴りに瓦礫が跳ね上がる、ぎらつくその目に、アスカは総毛立つのを感じてしまった。
(なによ、あれ!)
 まるで生き物だった、3号機の爬虫類面が、それをさらに印象付かせた、天井に張り付いた姿と言い、トカゲやヤモリを思わせた。
 3号機は四つんばいの姿勢から『横』へと飛んだ、弐号機に向かい合ったままで水平に床の上を滑っていく、目で追いかけるアスカだったが、到底捉え切れなかった。
 壁を蹴り付けて、3号機は弐号機へと方向を転じた、三角形を描いた動きに、アスカの目は付いていけなかった。


「くっ、あ……」
 くわんくわんと鳴っている、揺れる景色に吐きそうだった。
 頭を手で押さえるとぬるりとした、血だ、どこかにぶつけたらしい、適当なものに手をついて立ち上がる。
(あたし……、なに?)
 ここはどこで、なにをしていたんだっけ?、ミサトは頭を振ろうとして、首の激痛に呻く羽目になってしまった。
「っ、つう!」
 だがその痛みが一気に覚醒へと導いてくれた。
「あ……」
(そうだ、3号機、S機関の実験で……)
 その時、ひびだらけのガラスの向こうに、巨大なものが横切った。
「え!?」
 ズンズンと揺れる、目を向けると、エヴァンゲリオンだった、赤と黒、弐号機が3号機に顔を掴まれて、押し出されていた。
「な!」
 ノイズだらけの通話が聞こえる。
『コ……、ルームのシステム、掌握』
『施設、かく……』
『弐号……、アスカちゃ、聞こ……』
 ミサトは適当な操作板に取り付くと、キーを操り大声で叫んだ。
「発令所!、マヤちゃん!、日向君、青葉君!、アスカ!、聞こえないの?、ちょっと!」
 自分の声に頭痛が起こる、揚げ句、返答は無い。
 通話は彼女を置いていく。
「くっ!」
 ダンッと拳を叩きつける、物理的にやられているのか、あるいは緊急の対策として、発令所側がこちらを切り離してしまったのかもしれない。
 ミサトは倒れている連中を気遣うよりも、肩を抱きしめて身震いをした。
 ガァン!、弐号機が壁に叩きつけられた、顔面を押さえられたままでだ、後頭部で壁に穴を開ける。
 グルルと唸り、口から息を吐く3号機、生臭いイメージを抱いてしまったのは、3号機の禍々しさ故の事だろう。
(あ、ああ、あ……)
 ついにミサトはへたり込んだ。
 悪夢が脳裏を過る、思い出す記憶。
 それは封じ込んでしまっていた、思い出したくも無いものだった。


 ──2000年、南極。
 ミサトだけが記憶の中に収めていた、その存在を。
 白き月の消滅にともなうものとされているセカンドインパクト、だがその直前にミサトは見たのだ。
 月の内部より、地上に現れ、翼を広げた、巨人の姿を。
 ──あれはエヴァには似てはいなかっただろうか?
『こんちくしょー!』
 このままで訳も分からずにやられてしまうと、アスカは反撃を試みた。
 顔を掴んでいる3号機の腕を、下から拳で突き上げる、ゴガン!、反動ではずれた、素早く身を沈めて両手で腹を突き飛ばす。
 僅かに開く距離、アスカその隙に横っ飛びに逃げた、炎の翼を展開して、床面すれすれを飛翔する。
『この!』
 錐揉みをかけて姿勢を正し、上昇に転じる、それからアスカは攻撃をかけようとして……、ぎくりとした。
 間近、眼前に3号機の顔があったからだ、どうやってか3号機は弐号機の動きに追いつき、真っ正面を押さえていた、宙に静止し、両腕を広げて、立ちはだかっていた。
『きゃあああああ!』
「アスカちゃん!、アスカちゃん!」
 マヤは細切れの情報に悲鳴を上げた、通信だけがやけにクリアで、焦らせる。
「3号機の情報はまだか」
「待って下さい!、今生きているセンサーを検索……、終了しました!」
 途端にMAGIが警報をかき鳴らした、その時コウゾウの表情に浮かんだものは、やはりというものだった。
 ──The13TH−Angel『Bardiel』
 そしてゲンドウが立ち上がった。


『エヴァンゲリオン、シリーズ03を現時刻を持って破棄、目標を第十三使徒と識別』
 アスカは通信機からの言葉にカッとなった。
「ちょっと待ってよ!、使徒って!、エヴァじゃない、きゃあ!」
 地に叩きつけられる。
『パイロットの反応は?』
『呼吸、脈拍共に確認出来ず』
 ゲンドウは淡々と先を進めた。
『停止信号を発進、エントリープラグ強制排出』
『だめです!、3号機、こちらの信号を受け付けません!』
『弐号機パイロット、何をしている』
 起き上がろうと両腕に力を込める。
「何が……、使徒よ、あれは、鈴原じゃない」
『使徒を殲滅しろ、これは命令だ』
「殲滅って何よ!、鈴原は!」
『救出は不可能と判断する』
「不可能って!、マニュアル通りに手順踏んだだけじゃない!」
『手は尽くした』
「絶対嘘よ!」
 沈黙、一縷いちるの望み、だが希望はもろくも砕かれた。
『起爆装置の準備を開始しろ』
『は?、起爆、ですか?』
『そうだ、起爆装置は本体からは独立している、構造も単純だ、こちらの無線信号で操作出来るはずだ』
 ガタンと立ち上がったのはマヤだった。
『待って下さい!、『エントリールーム』の『破壊』は!』
 アスカの全身から血の気が引いた、起爆装置が指し示すものに気付いたからだ、発令所でも理解した者達がざわめいた。
 エントリールームに仕掛けられた爆薬、かつて、シンジを、初号機を、01を支配下に置き続けるために設置されたもの。
 誰もがその存在を忘れていた、今の、今まで。
 アスカは喚いた。
「待ってよ!、待って!、鈴原を殺す気なの!?」
『必要ならばそうするまでだ』
「あんたそれでもシンジの親なの!?」
『コントロールボックスの生存者は十名、施設全体では三十名を越えている、見殺しにはできん』
「だからって……、だからって」
 アスカにも分かってはいるのだ。
 先の爆発によって、かなりの負傷者が出ただろう、死者もだ、重傷者だけでも収容するべきなのだが、目前の『怪物』のためにそれもできない。
 誰かが、なんらかの方法で、止めなくてはならないのだ、誰かが。
「でも……、あれは鈴原なのよ」
 アスカの呻くような言葉さえ、ゲンドウには少しの痛痒も与えなかった。
『違う、あれは使徒だ、我らの敵だ』
(シンジ!)
 アスカは祈った、この場に居ない、かつて神のごとくふるまっていた少年に。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。