どうしてこの組織の会議は、いつもこう暗い雰囲気に落ち込むのかとリツコは思った。
「以上を持ちまして、先日極秘裏に行われた、サルベージの報告を終わります」
苛立たしげにテーブルを指で叩いていた中年男が、その内心をあらわすかのような声音で問い詰めた。
「なにかね?、では成功率の低い実験を強行し、そのあげく、実験は『失敗』したと?」
「……はい」
「はいではないだろう!」
ドンッとテーブルに拳を叩きつける。
「そのような危険度の高い実験を、我々になんの断りもなく、実行するとは!」
「そうだな」
他の誰かが追随する。
「秘匿レベルの高い命令として、一言あってもよかったのでは?」
それが誰だっただろうかと思い調べて、リツコはようやく、都市開発部の者だということに思い当たった。
LOST in PARADISE
EPISODE40 ”蝉時雨”
──その時、彼女たちは焦っていた。
「どうしたの!」
非常警報が鳴り響く。
「パルス逆流!、こちらの信号を拒絶しています」
「なんですって!?、実験中止、回路遮断、せき止めて!」
「無理です!、こちらの信号を受け付けません!」
「なんてことなの……」
リツコは呆然としてしまった。
こちらから送っているのは、碇シンジに対する『想いのたけ』なのだ。
それを拒絶するということは……
「帰って来たくないの?、シンジ君は」
そう考える他ない。
現実社会のしがらみ、他人からぶつけられる身勝手な感情。
人はそれに接しながら生きるものだ、喜んだり、面倒くさがったり、一喜一憂してすごすものだ。
だが、シンジはそのすべてを跳ねつけている。
「ちょっとリツコ!」
焦った声を発したのはミサトだった。
「どうなったのよ、シンジ君は!」
リツコは能面のような無表情さを保って告げた。
「実験は……、失敗したわ」
「失敗って……」
絶句しかける。
「じゃあ、シンジ君は?」
リツコの向こう、モニターに映し出されていたシンジの姿は無くなっていた、コアに完全に溶け込んでしまったのだ。
ミサトは反射的にリツコの胸倉を掴み上げていた。
「なに諦めてんのよ!」
「……」
「なんとかしなさいよ!、あんたがやり始めた実験でしょうが!」
「でもどうしようもないのよ、わたしじゃない、あの子が自分で……」
その時、リツコの脳裏に何かが閃いた。
(あの子が、自ら拒絶している?)
だから実験は失敗しようとしている、なら?
(十年前の……、最初のサルベージの失敗は?)
本当に、本当の意味で失敗したのだろうか?
それとも?
疑問が次々と浮かんでは心を虜にしていく、だが、今は自分の内にこもるべき時ではなかった。
「なんとか言えってのよ!」
ミサトはリツコを突き放すと、マイクを手に取って大きく叫んだ。
「洞木さん!」
異変は、子供たちもしっかりと感じ取っていたのだろう、誰もが動揺を見せていた。
だが、何事よりも彼らに動揺を与えていたのは、先頭に立っているコダマの様子のおかしさだった。
集中を解いて、笑みを浮かべ、水面のほとりに立っている、じっと水底のエヴァンゲリオンを見つめている。
「なんて……、我が侭なやつ」
彼女は独り言を呟いた。
「お母さんも、可哀想に」
でも。
「それを喜ぶのも、またお母さんか」
「シンジ!」
「シンジクン!」
そんなコダマの脇に、アスカとレイがしゃがみ込んだ。
──急激な変化があらわれる。
「きゃあ!」
さざめき立った水面が、ばしゃばしゃと水を弾き上げた、LCLとも呼ばれている羊水が、激しく震えを帯びていた。
震わせているのはリリスであった、体をのけぞらせようとしている、股間を突き出し、出産の体勢に入ろうとしていた。
「どうして」
呆然とリツコが呟いた。
「実験は、失敗してるのに、どうして」
「なによ、なにが起こってるのよ!」
「シンジ君が、帰って来ようとしているのよ」
「シンジ君が!?」
見ればぐちゃぐちゃに壊れていた自我境界線を示す波長が、今までになく高い位置で安定していた。
まるで、『僕は僕だ』と、シンジが叫びを上げているかのようにである。
「エヴァンゲリオンが」
オペレーターの声にはっとする。
「枯れていく?」
筋張り、老化していく、死んだと思われた時でさえ、硬化しただけであったというのに。
「いえ、違う、これは!」
剥き出しにされていたコアの中に、人の影が見え始めた。
「この間の、逆?、生き返るために、エヴァの命を食っているというの?、シンジ君が」
リリスの羊膜、赤い卵となったコア、その二つを繋ぐへその緒、エヴァンゲリオン。
何かが、彼女たちの理解の向こうで……
そして彼女たちの目前で。
確かな形で、完成された。
真っ白な病室に、機械の奏でる、心音を示す音が鳴っていた。
淡白に、リズムを保って。
広い部屋である、その中央にはベッドが一つだけあり、そこにはシンジが眠らされていた。
「実験は、失敗したのに」
あえて実験と口にしているのは、表立って、救出作業だとは言えないからだ。
救出作業ということになれば、独断でというわけにはいかなくなる、実験であったなら、それはエヴァを任されている自分が、勝手にやったことだと片付けられる。
別に、ゲンドウからそのように指示されたわけではない、ただ……
「……」
リツコは煙草を灰皿に押し付けると、ふうっと息を吐いて、手で顔を被った。
──煙草臭かった。
(シンジ君は、こちらからのアプローチのすべてを拒絶したわ、それはもうごめんだと、否定をあらわす意思表示のはず)
アスカや、レイ。
そして色々な人との間に築いて来た関係。
そのすべてに、彼は拒絶反応を示したのだ、だからこそ、サルベージは失敗した。
リツコは冷めているとも取れる目をしてモニターを見付けた。
そこには一つの懸念が存在していたからだ。
「……シンジ君の救出には、成功したがな」
そう口にしたのはコウゾウである。
「代わりに、エヴァを一機、失ってしまったか」
「ああ……」
「だがいいパフォーマンスにはなったな」
「なんだ?」
「とぼけるな、知っているだろう?、『あの』司令も、実は人の子だったとな」
含み笑いに対して、ゲンドウはつまらんことだと切って捨てた。
リツコがどのようにゲンドウを庇おうと、皆はやはり、ゲンドウが我が子を救おうとしたのだと見ていた、実際、その一部は当たっている。
──あくまで一部にすぎないが。
「しかし」
コウゾウは一転して、渋いものを顔に浮かべた。
「赤木君からの報告書は読んだな?」
「ああ」
「これからが大変だぞ」
「ああ、分かっているさ」
ゲンドウは背もたれに体のすべてを預けた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。