穏やかとは言い難い天候。
だがそれがこの地では、至極あたりまえの天候だった。
薄く垂れ込める雲、日は雲が薄い部分から、透かすようにして照っている。
──ドイツである。
荒廃した土地は、どこも相変わらずだった、倒壊しかけている瓦礫の山同然のアパートメントが、互いに体重を支え合っている。
少々、荒んだ顔ぶれがグループを作って、たむろしていた、ビルの陰に隠れて、路地の様子を窺っているのは、獲物を探しているからだろう、と……
やけに無防備な少年が、そんな路地に姿を見せた。
無造作に踏み込んで、歩いていく、白いシャツに、黒いスラックス、その上には灰色のコートをはおっていた、妙に目立つ格好だった。
だが何よりも目立つのはその髪の色だった、この土地の空のように曇った灰色をしている、そして赤い瞳……
彼の前に、三人の少年たちが立ちはだかった、へらへらとした顔を突き出し、彼らは言った。
「よぉ、カヲル、久しぶりじゃねぇか」
彼、渚カヲルは、まるで意に介さずに答えて返した。
「誰だっけ?」
「お前はそういう奴だよ!」
拳を突き出す、いや、手にはナイフが握られていた、カヲルが半歩引いてかわさなければ、頬はざっくりと裂かれていただろう。
「酷いね、なにをするんだい?」
「それはこっちのせりふだぜ」
右手、左手と、ナイフを飛ばしてもてあそぶ。
「おまえみたいなおぼっちゃんを作り上げるために、俺たちがどんな目にあわされてるか、考えたことがあるか?」
「……そういうことかい」
「そういうのを知らないで、気楽に生かされてる、そういうのを、おぼっちゃんっていうんだよ!」
右手にナイフを強く握って飛びかかる、他の二人も襲いかかった。
「三対一かい!?、卑怯だね!」
ナイフをさばき、前転して二人をかわす、しかし態勢を整えるのは間に合わなかった。
「くっ!」
向こうの一人が先に振り返っていた、放たれた蹴りを、腕を交差させて受け止める。
半端に立ち上がりかけていたところだっただけに、転ばされた。
「『力』の使える連中は、バカだぜ!」
「ああ、こんな奴、数揃えりゃ、敵じゃねぇ!」
そういうことかと舌打ちをする。
確かに、エヴァ能力をキャンセル出来る能力は、一部のものにとっては、非常な驚異となるだろう。
しかし、普通人に対しては、まったくの無意味でもある。
「だから、ナイフなのかい?」
「そうだよ!」
なるほどと、カヲルはコートの裾をはためかせた。
「なっ!?」
突き出したナイフが裾にからんで埋まる、重い、厚い、普通のコートではないと気が付いた。
「防弾コート!?」
「防刃コートでもあるよ」
銃声が鳴り響いた、それを耳にして、さすがに手出しを控えていた者たちも、廃屋の窓から顔を覗かせた。
馬鹿、愚か者と、襲撃者たちを憐れんでいる。
路上には、腰を抜かしている少年と、それを抱き起こそうとしている二人がいた。
カヲルはつまらなさそうに、逃げていく三人を見逃してやった。
改造したものらしい、ショートショットガンを手に。
「殺さないのか?」
聞こえた声に、カヲルは苦笑のようなものを浮かべた。
「殺しはしないさ」
「どうして?」
「それが最善ではないと学んだからね」
ほうっと驚きの声が漏らされた。
「お前にものを教えられる者がいるとはな」
「僕にだって、まだまだ学び足りないところはあるさ」
振り返り、振り仰ぐ。
マンション脇の非常階段、錆びたぼろぼろの鉄の渡しに、青年が柵にもたれてのんびりとしていた。
「やあ」
「案外早く、帰って来たんだな」
「いや、連れ戻されたんだよ」
「例の過保護な連中にか?」
「そうだね……」
コート裏のホルスターに銃をしまい、ポケットに手を入れる。
「僕は……、役立たずだったよ」
「ほう?」
「それでも、『こちら側』の切り札だからね、無駄に失うわけにはいかない、というわけさ」
「そのわりには、放任主義だな」
それは先程のようなことを指摘しているのだろう。
「少しは、護衛を付ければどうだ?」
「護衛を付けていたら、入れてはくれないくせに、意地悪だね?」
ようやく青年の表情に変化が現れた、目が細くなる。
「変わったな」
「そうかい?」
「ああ、あたりが柔らかくなった、つまらん奴になったようだ」
「……そうだね」
しかしカヲルは、その変化を好ましく思っているのか、温かなものを表情に浮かべた。
「僕たちとは違うものに刺激されてね、影響を受けたのさ」
「よほど刺激的だったようだな」
「そうだね自暴自棄に陥り、それでも他人を裏切り、身勝手になることができない、そんな人間に触れれば、少しは考え方も変わろうというものさ」
「そうか」
「そうだよ」
「なら、なぜ帰って来た?」
カヲルはこの荒廃した風景をその目に収めた。
「新たな僕を、見つけるためにさ」
「フィフスチルドレンの召還と、その心理検査、どちらも結果は芳しくなかったようだな」
暗闇の中に、五人の老人達が集まっていた。
いつもの擬似会議場である。
「フィフスはどうした?」
「封鎖地区へ、散歩に出ている」
「危険ではないのかね?」
「あそこには、こちらの訓練校時代の顔見知りが居ると言ってな、聞かんのだ」
それはそれで不穏な話であった、カヲルは非常に特別な扱いを受けていたのだ。
理解り合えた仲間など居るはずがない。
「思想、思考については、なにかあったのか?」
「相当毒されてしまったようだ、特に選民思想は欠落した、もはや考え直すことはないだろうな」
あまり深刻な雰囲気ではない、それは大した問題ではないからなのだろう。
「その辺りのことは、良い、所詮人は理解り合えぬものだと、いつか気が付く」
「むしろ問題は」
「碇の息子の件にある」
重苦しい空気が満ちだした。
「エヴァからの回帰か」
「まさか、それを成す者が現れいでようとはな」
ううむと唸りが上げられる。
「サードと、フォース、共にエヴァに触れ、共にエヴァを奪われし者」
「しかし、フォースは去った、戦いを放棄したのだ」
「だが、サードは選んだ、戦う道を」
「その結果、サードは選ばれたのだ、ファーストや、フィフスと同じ資格を与えられた」
「しかし、未だに眠りについているのだろう?」
「それが問題だ」
発現者に注目が集まる。
「人は、脆弱な存在だ、その精神、心は常に希望を欲している」
「だからこそ、弱い、それは分かっている」
「他人に頼らねば生きてはいけない存在だ、しかし、エヴァンゲリオンは、欠損を埋めるものとして人を求め、その代償に、心の補完を与えてくれる」
「なのに、サードはそれを振り切って、再誕してのけた」
「うむ、その心がどのような変革を受けているのか」
「それは確かめねばんらんだろうな」
そして議長が口を開いた。
「エヴァ、チルドレン、そのような問題もある、しかし、もっとも重要なのは、サードの存在が、我々の計画にどう影響するかだ」
影響か、と漏らされた。
「碇のファースト、我々のフィフス、どちらも『最終選定』において、導かれる結論は同じものだ、しかし、サードは違う、サードには碇の……、『現代人の遺伝子』が混ざり込んでいる、その不純さがどのような影響を生むか、分からんのだ」
「いっそ、外してしまうか?、この競争から」
「人類総人口、五十億からなる競争か」
「そう、黒き月という名の卵子に受精する、現代生命体五十億からなる精子の競争」
「今はまだ、辿り着くまでの道のりにすぎんが、いずれは互いの蹴落とし合いに移る」
「その時、最強のものとして振るわれるはずであった能力、キャンセラー」
「サードの能力変化についても、レポートを提出させる必要があるな」
「しかし、正直なものを送って寄越すと思うか?、あの碇が」
ううむと、またも唸り声が上げられる。
「フィフスの再教育については見合わせる、今暫くの時を有効に使おう、ゼーレのシナリオへと導くために」
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。