「へぇ?、俺がいなかった間に、そんなことがあったのか」
 まずったなぁと口にしたのはケンスケだった。
「俺も見たかったな、それ」
「笑いごとじゃないってのよ」
 不機嫌な様子のアスカに、ケンスケは曖昧に言葉を濁した。
(シンジが助かったってのに、機嫌悪いんだな)
 クラス中、いや、学校中がその話題によって盛り上がっていた、どこも誰も、情報を交換し合って、好奇心の穴を埋めようとしていた。
「で、相田くんはどこに行ってたわけ?」
「新横須賀だよ」
「そんなところに?」
 驚くレイとヒカリに対して、ケンスケは新しい船が入港したんだと告げた。
「どうしても生で見てみたくてね」
「あっきれた、まさか、力で中覗いたりしたの?」
「それって、国際問題とかにならない?」
「どうかなぁ?」
 ケンスケが首を捻ったのは、別の理由からだった。


「チルドレンの増員か」
 コウゾウはふんと鼻を鳴らして資料の束を放り捨てた。
 どさりとゲンドウの目の前に落ちる。
「ここに来て、ドイツ、中国からもだ、何を考えているのか」
「決まっている、もうすぐだからな」
「……そういうことか」
 何がもうすぐなのか、それは考えるまでもないことだった。
 ──最深部。
 この月の中心点だ。
「どこも自らの手で押さえたいのだろうさ」
「記述通りであれば、最初に触れし者の意志が反映されるそうだからな」
「その資格を問うために、試練がある」
「使徒か」
 コウゾウは深く溜め息を吐いた。
「教えてやれば良かろうに」
「教えたところで、訊き入れはせんさ」
「無駄な死人を出すことになるかもしれんぞ?」
「その時はその時だ」
「碇……」
「認識の甘さを知らしめねばならん、どのような解釈をしているのかは知らないが、使徒を倒せるのはエヴァだけだ」
「だがここには4号機がある、トライデントもな」
 沈黙、そのことに対して、コウゾウは深い疑念を抱いた。
「碇……」
 まさか、と考える。
「お前、それらが役に立たないことを知っているのか?」
 返事はない。
「物理兵器では抗し切れないことがわかっていて、そこに目を向けさせるつもりか?」
 こいつは、と、コウゾウは握り拳を強く固めた。
 ゲンドウが何を考えているのかは分からない、計り切れない。
 しかし、その犠牲になるのは、間違いなく子供たちであるからだ。
「お前はっ!」
「冬月」
 出鼻を挫かれ、少々咳き込む。
「っなんだ!」
「南極へ行く、後は任せる」
 コウゾウはそれが指し示すものに気がついて、それこそ完全に絶句した。


「そんじゃなー」
「ばいばーい」
 授業が終わると、そんな呑気な挨拶がかわされる。
 アスカは鞄の中に机の中のものを詰め込むと、肩に下げて席を立った。
「アスカ」
 少々急ぎ足の彼女を呼び止めたのは、レイだった。
「一緒に行っていい?」
 アスカは溜め息を吐くと、レイの額の少し上を、こつんと叩いた。
「聞くようなことじゃないでしょうが」
「うん……」
 妙に気落ちした様子で後に続く。
 廊下を歩いて、玄関へ、そこから出て、校門へ。
 ふたりの髪の取り合わせが、非常に人目を引いてしまう、だからこそ隠れてこそこそというわけにはいかない。
 皆、聞きたいのだ、碇シンジのこと、エヴァのこと。
 ふたりならば、より真相に近いだけに、なにか知っているのではないかと、だが……
(功を奏すって言い方あるけど、これもそういうの?)
 シンジのことを邪推して、またも小馬鹿にしてしまった。
 本当は力が使えたというのに、使徒を恐れる余り、隠して逃げ出そうとした、そんな具合にシンジのことをおとしめてしまった。
 その罪悪感が、学校の中に蔓延していた。
 あの実験に携わったみんなから、碇シンジの戦線離脱と、その後のことについての経緯を聞かされ、さすがに罰の悪い思いをしていた、なにしろ誰も止める者がいなかっただけに、尾鰭をつけて、相当酷い噂にまで発展させてしまっていたからだ。
 今下手に触れれば、アスカやレイの逆鱗に触れることになるかもしれないと、皆はすっかり脅えていた、特に、アスカをである。


 ──どけってのよ!
 最初、シンジが収容された時、集中治療室での治療となった、もちろん、医療班以外の人間は、完全締め出しとなったのだ。
 これに激怒したのはアスカだった、どうしてシンジの顔を見てはいけないのかと訴えたのだ。
 手術をするというわけではない、治療するだけだというのなら、手術室の様子を見るくらいはいいはずなのだ、手術室を覗ける部屋はあるし、カメラだってある、なのに、そのどれもがいけないと制止されれば、怪しむのも当然だった。
「あんたたち、これ以上シンジになにかしてみなさいよ!、ただじゃおかないから!!」
 理不尽な言葉だったかもしれないが、何故だかその訴えは非常に正しく心に響いた。
 事実、何もかもをひたかくしにして、あの実験に望んだのだ。
 画策したと思われたとしても仕方がない。
 それでも、治療を担当することになった医師は必死になって訴えた、今、彼がどのような状態にあるのか。
 精神を刺激するという、心理面を重視した実験だっただけに、誰の存在がどのような影響を及ぼすか。
 それを考えれば、アスカの存在はおそろしく危ういと彼は告げた、もちろん、それだけというわけでもない。
 長くエヴァと共存状態にあった彼の肉体がどのように変貌しているのか分からない、下手をすれば人に有害なものを宿すようになったかもしれない。
 触れることはおろか、呼吸によって吐き出される息すらも検査対象に含まねばならないのだ、そんなところに、医療班以外の人間を入れることはできないと、だから隔離するのだと彼はアスカを押し戻した。
 畜生とアスカは唸った、カメラ越しに、それくらいはと思ったのだが、これはミサトに駄目を言い渡された。
 カメラは証拠を残すことになる、一歩間違えれば、敵対組織に情報が流れることになるかもしれない。
 またもすべてを闇で行うと宣告されてしまったのだ。
 アスカは歯噛みした末に、レイを頼った、力で覗いてくれと、教えて欲しいと。
 だがレイは耳を塞いでうずくまり、ただひたすらかぶりを振って拒否を示した。
 レイがアスカに脅えているのは、そのようなことがあったからだった。
(アスカには、分からなかったんだ)
 一緒になって水底を覗き込んだ時、レイは水面に写ったコダマの顔を見てしまっていた。
 酷く寒気を覚えさせられる、妖艶なものを浮かべていた、期待と、蔑みと、そして憐れな子を尊ぶような、矛盾した、混濁した表情を。
 その時になって、レイは知ってしまったのだ。
(小さな能力じゃ分からない、ちょっと調子に乗ってしまうだけのことになるだけだから、でも大きな能力は人を変える)
 それは物の見方だけではなくて、認識そのものを変えるから。
(コダマさんは、あたしたちと同じ物を見つめても、同じようには受け取らない、色も、形も、そこから感じ取れる情報、認識?、読み取る『形』が、全然違っちゃってるから)
 なら、それがシンジに当てはまらないと何故言えるのか?
(シンジクンは、元々大きかった、ううん、元々ああだったから、変化に気付かなかっただけで)
 思い返せば、カヲルとの会話などは、どこか浮き世ばなれしていたように思えて来る。
(どう、なんだろう……)
 一応、今は落ち着いた、しかし落ち着いたからこそ、不安はより具体的な形となって襲って来る。
 シンジもまた、その精神、心理状態に、異常としか捉えられない変革を抱いているかもしれない。
 今までも抱いていたのなら、それが進行したかもしれない。
(あたし、臆病だ)
 心のどこかで、そんなシンジを見たくないから……
 寝顔を見る度に、ほっとしている、今日も起きないでいてくれた、と。
(いつまでも、起きないなんて、それも怖いのに)
 どうすれば良いんだろう、と……
 レイは意気地のない自分に、落胆をした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。