ズズゥンと低い震動が伝わって来る。
「始まったみたいね」
よろめき、壁に手を付いてしまったシンジは、不安になってリツコを見やった。
「近いですね……」
「そりゃね、本部と遺跡は何枚かのゲートで区切られているとはいえ繋がっているもの、特に本部の最下層なんて、そのまま遺跡の施設を流用しているのよ?、使徒はもうすぐそこまで来ているわ」
シンジは眉間に皺をよせた。
「使徒……、なんですか?、あれが」
「そうよ、使徒、わたしたちの敵」
「でもあれはエヴァでした」
「そうよ、エヴァは敵に回ったの」
嫌な予感が身を駆け抜ける。
「そう言えば、父さん、帰って来てたんですね」
「ええ」
「いつ?」
「今朝よ」
「今朝……」
「そう、南極から、何か持ち返ったようだけど」
それがなにかはわからないらしい。
シンジはリツコの背中に違和感を感じて目を細めた。
違うと感じる、焦りのようなもの、それは嫌な予感だった。
立ち止まる。
暫くしてから、気付いて、リツコは振り返った。
「どうしたの?」
「……」
シンジは、呻くように口にした。
「どこに……、行くんですか?」
「え?」
気持ちの悪い間が開く。
「どうして……、父さんが戻って来てるって、教えてくれなかったんですか?、どうして」
「別に教えるようなことじゃないでしょう?」
「嘘だ、リツコさん、何を隠してるんですか?」
隠してないわと、リツコは視線を逸らした。
「ただ……」
「ただ?」
「行きましょう」
白衣の裾を翻す。
「この先に、答えはあるから」
行ってしまう。
暫く迷ったシンジであったが、結局は後を追うように歩き出してしまった。
●
「くうううう!」
レイ、アスカの順で立ち、二人は敵からの攻撃を引き受けた。
「直撃したわけじゃないのに!、なんて力なの!」
それがどんな力なのか、攻撃なのかはわからなかった。
隠れていた壁の角が、押されるようにしてへこみ、潰れていく、そのエネルギー波は壁の向こうに居るアスカたちをも翻弄した。
レイのATフィールドが減衰をかける、さらにアスカの能力が圧力を風圧で相殺する。
壁や天井がビシビシとひび割れる、それをなんとか堪えたかと思えば、今度は巨大な爆発が起こった。
通路を熱風が吹き抜ける。
「くあああああ!」
ムサシは必死になって堪えた、一瞬でもレバーから手を離せば、機体は機首を持ち上げられて、ひっくり返ってしまうだろう。
「ムサシ!」
マナとケイタが左右から機体を抱きつかせた、三機の重量でなんとか押し返されるのを耐える。
「やれるのか!?」
「やるんでしょ?」
よいしょっと、っと、背後から身を乗り出して来た。
「座ってろよ!」
「さっさとやろ?」
にこっと、危なく聞こえる台詞を吐く。
「ゆっくりやっても早くやっても変わんないって、ね?」
でも焦っちゃや〜よ、っと頬をつっつく。
「あたしに任せとけば、だいじょーぶー!」
そんな勢いに、負けてしまう。
「知らないからな!、どうなっても!」
ムサシは精神を集中させた。
「あ……」
シンジはそれ見上げて、唖然とした。
「これって……」
「エヴァンゲリオン、その素体よ」
「素体……」
「それもわたしたちがコピーしたもの」
「コピー?」
「十三号機まで量産する計画があるのよ」
そこには巨大な円管があり、不細工に肉のたるんだ巨人が収められていた。
「これはそのサンプルなんだけど……、あなたにくり返し行っていた実験ね、あのデータ、これに直結させていたのよ」
「直結って……」
「見て」
円管の根本にあるコントロールパネルを操作する。
シンジは彼女の手元を見て首を傾げた。
「なんですか?、これ……」
「あなたと、これとの、シンクロデータよ」
「シンクロ、データ?」
ごくりと唾を飲み下す、波長を示す並の具合が一致していた。
「これって……」
身を乗り出したシンジに、リツコは場所を譲って身を引いた。
●
(なんだこれ!?)
その瞬間、ムサシはこれまでにない違和感を感じた。
意識が錐のように尖る、尖ったものが鋭く何かに向かっていく。
先端が放射状に広がった、そこに居た何かを覆うように捉える。
二つ一度には無理だったが、片方は包み込めた、最初はもがいていたその動きも、徐々に緩慢になって、凍結する。
──やったぁ!
頭に声。
『レイ、行くわよ!』
通信機からの肉声。
ムサシの意識は上位の次元の領域と、肉体の二つに別れていた。
(なんだこれ)
自分は確かに『ここ』にいるのに、下で機体を操っている自分も在る。
二つにわかたれながらも、確かに繋がって、自分は一人だった。
(なんだよ、これ)
「カウントスタート」
マヤが真剣な調子で報告した。
ミサトが注意を付け加える。
「ムサシ君の脳波に注意して」
「はい!」
リックが呟く。
「能力の大きさは無意識領域で展開される認識と想像力によって決定される、マサラの力は一時的に脳と神経を活性化させて、働きを無限に高めるものだ……、けど」
カウントは、無情ながらも、症例として保存するためのものである。
「脳神経が焼き切れるまで、何秒堪えられるか」
「救護班の用意をしておいて」
「はい!」
「シンジ君」
リツコはシンジの両肩に手を置いた。
(大きくなったわね)
昔は平然と裸にして検査していたものだが、今ではもう立派な男の子だ。
「あなたに酷なことを告げなければならないわ」
「え……」
振り向くなと、手に力を込められ、シンジは痛みから顔をしかめた。
「リツコさん?」
「良い?」
黙って聞けと、リツコは言う。
「あなたの中にある魂は、間違いなくエヴァのものよ」
「はい……」
「エヴァンゲリオンと、あなたのお母さんが融合したものが、そのままあなたの中に宿っているの」
「……」
「あなたの魂は、もう無いわ」
シンジは小さく俯いた。
「わかってます」
「では、これは?」
「え?」
「あなたの中に、魂の代わりとなるものを込めれば、少なくともあなたの中にあるお母さんの命を、元通りゼロワンとして復元できるかもしれない」
「え!?」
シンジは手を振り払って振り向いた。
「本当なんですか!?」
「ええ……、でもそれは酷く確率の低い話よ」
リツコの目には、不安があった。
「エヴァ……、いえ、使徒の『命の素』が適合しない可能性、あるいは抜き出された魂が大人しく定着しくれない可能性、誘導に従ってくれない可能性……、幾らでもあるわ」
それでも。
「あなたから抜き出された魂は、再びゼロワンとなる、そうなれば、今度はゼロワンから同じ方法で……」
「母さんを……、助けられる!?」
こくりと頷く。
「そうよ……」
「でも……」
不安になる。
「どうして、今、そんな話を?」
「今だからよ」
力を込める、まるで説得だった。
「今、強大な敵が迫っているわ……、そしてこの状況で頼れるのは、以前のシンジ君だけよ」
「……」
「だから、今なの」
さあ、どうするの?
そう訊ねられ、シンジの心はぐらついた。
──レイのおかしな様子が思い浮かぶ。
(そっか、だからレイ……)
死ぬつもりで?
そんな不安に苛まれる。
だからシンジは顔を上げた。
「わかり……」
『だめよ』
声が聞こえた。
「え?」
思わず振り返る、そこには人の形を取った光があった。
眩しさに目がくらむ。
「かあ、さん?」
同じようにリツコが驚く、だが彼女の眼はその幻を捉えてはいなかった。
その向こうに居た男を捉えていた。
「司令!?」
シンジに向かって、捻じれた枝のようなものを持って突進して来る。
幻影が掻き散らされる、そこから現れるのはゲンドウだ。
父さんと驚く暇も無く、シンジは胸を刺し貫かれた。
肺が、心臓が……、捻じれに絡み取られ、背中へ押された。
きゃああああと、リツコの悲鳴がこだました。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。