哄笑がビルの谷間にこだまする。
コダマという精神探索者から送られて来る恐怖を煽るイメージが、怯えと言う名の鏡像の形を彼に与える。
彼の心は壊れ始めていた。
その姿を写し取る余り我を忘れて。
恐れられれば恐れられるほどに、それが強大な力となって我が身を変える。
これほどの愉悦を彼は知らなかった。
「なんて……」
リックにはもう、呻きながら逃げることしかできなかった。
「なんて不安定な力なんだ……、僕たちの力は際限無く拡大するか、ゼロとなるか、どちらかしかあり得ないのか」
そして制御を失った力はこうも巨大に暴走して行く。
やがて恐怖は伝染を果たして世界中に広がり、彼を宇宙規模の化け物へと変えてしまうだろう。
──星をも呑み込み。
(誰か止めてくれ!)
もうちょっとした丘ほどもある大きさに成長している、山となるのも時間の問題だった。
どろどろの黒い奇怪な生物が、ヘドロの山を思わせ蠢く。
彼は跳んだ、アポーツと呼ばれる物質を引き寄せる能力こそが彼の能力だった、跳躍はその応用に過ぎない。
遠くの空間を引き寄せ、そちら側にわたり、後は次元の修復能力に任せて運んでもらう。
そうして少し離れたビルの上に立って、彼はおかしな人影をまたも見付けてしまった。
「ゴリアテ!?」
加持はレイが奇行の果てに取り出したものに気を奪われてしまっていた。
確かに二股に別れている槍なのだが、その存在感が希薄なのだ。
実際、半透明で、柄と穂先はガラスや屋根を透過している。
──ならばレイの胸元を濡らす血はなんなのか?
「早く……」
レイははぁはぁと荒い呼吸をしながら前髪を掻き上げた、広くおでこを見せる、まるで性行の後の気怠さを思わせたが、それもあながち間違いでは無かった。
──生臭いのだ。
独特の香りが加持の鼻を刺激する。
(興奮してイッたってのか?)
体を切り裂かれて。
濡れてしまったのかと空恐ろしくなる。
それは異常者が持つ性癖だろうと神経を疑う、と、レイの目が急にきゅっと小さくなった。
どんと強く突き飛ばされる。
「うわ!」
シートベルトをしていた、ドアロックもかけていた、なのに加持は車外に放り出されてしまい、肘を打った。
──ドン!
何かが車の屋根を踏み潰した、何事かと見上げれば、そこには屈強な体躯を持った青年が居た。
「ゴリアテ!」
短く叫ぶ、しかしゴリアテが振り向くことは無かった。
彼はもう一人と目を合わせていた。
槍を振り、構えるレイと。
「ロンギヌスの槍……」
レイの槍が赤黒く色を増す、濃く、どす黒く、それに合わせてぎゅるぎゅると捻じれが蠢いた、生きているような蠕動をして見せる。
「なら……」
ゴリアテは右手を真横に伸ばした、まるで皮が剥がれるように、全身を形作っていたものがぎゅるりとそこに捻り尖った。
──槍になる。
レイの持つ槍と同じ形の、鉄の色をした色違いの槍に、そして。
「え……」
さすがのレイも驚いた。
『化けの皮』を剥がしたゴリアテの姿、いや、その顔が。
自分と同じ顔だったから。
「くっ!」
腐汁が音を立てて広がって行く、側溝に、ビルの中に、地下にと染み入り、広がって行く。
真っ先に埋まってしまうのはジオフロントだろう、だがジオフロントを埋め尽くすほどに溢れるには時間が掛かるに違いない。
その間にこの街だけではなく、関東平野、いや、もしかすると日本全国と言う初めての規模での避難すらも可能かもしれない。
それでもシンジは逃げようとはしなかった。
ATフィールドを正面に張って、汚物の川を左右に割る、だがそこまでだった、格好を付けて見得を切ったものの、潜在的な力など知らなければ無いも同じだ。
そしてシンジは、実際に気付いてもいなかった。
(このままじゃ……、このままじゃ)
力の枯渇に対する不安は無い、魂がエヴァの根源であるとわかっても、ATフィールドはエヴァとはまた別種の力であるからだ。
──存在場。
自己が確立するために必要とする領域、特別な力が生む空間のことではない、誰もが身にまとう気配、それだけのものだ。
シンジはこの醜い感情を拒絶していた、そして感情こそがエヴァの発現に関っている以上、汚物となったエヴァはシンジの拒絶を受けて、感情から切り離され、純粋なエネルギーへと復元されてしまっていた。
実はシンジは焦っていたが、非常に正しい選択をしていた、こうしてATフィールドを用いてレイノルズの放つエヴァを純エネルギーに転換し続けていれば、やがてレイノルズは魂を削り過ぎて力尽きるだろう、そして純エネルギーは新たな魂となって転生するに違いない。
だがそれでは彼を殺すのと大差が無い。
シンジが引かない理由は簡単だった、溢れ出す醜さの根源、噴水の位置が、全く移動していないからである。
レイノルズは、同じ位置に居る、ただエヴァが広がっているだけ、シンジはそう直感していた。
だがそんな二人の拮抗を崩すものが、地下の倉庫で事件を起こしていた。
──行かなくちゃ。
余計なことだったかもしれない。
「行かなくちゃ、あたしが……、倒さなくちゃ」
彼女、マサラは青白い顔をして、壁を支えにネルフ本部を徘徊していた。
戦闘配置中だったことが、彼女に強く味方した、一般通路には人影が無く、彼女は見咎められることなくここまで来ていた。
「あたしが……、あいつを」
──シンジが使った共振誘発。
その範囲をリツコは見誤ってしまっていた、正確には球状に展開されていたのだ。
その効能は近距離に居る通常人を、一時的な能力者に仕立て上げた、しかし通常人とは感覚の鈍さ故に力に目覚めることの無かった者たちを指し示す言葉なのだ。
元々能力者であり、そして能力強者でもあったマサラには、その影響は距離に関係無く届いてしまっていた。
シンジの願う癒しの気持ちが、彼女の精神を癒していた、しかし、それは彼女にとって、とても嫌悪すべき事柄だった。
──あんな化け物に。
同情と情けをかけられたのだ。
──あんな化け物の。
だから、彼女は精神的な屈辱、汚辱を晴らすべく、力を求めて、エヴァの格納庫へと進んでいた。
「なっ!?」
最初は何が起こったのかわからなかった。
背後の交差点の中央部分が唐突に左右に割れ開いた。
そこに向かってどっと汚物が流れ込む、と、ドンドンと空気の突き破る音を立てて、何かが高速で舞い上がり、腐汁を空に吹き散らした。
とても汚らしい雨が降る。
砲撃だった。
──エヴァンゲリオンの。
「なんで!?」
驚くシンジを尻目に、エヴァはエレベーターによって地上へと運ばれた、零号機であった、台座に片膝を突き、腕にはロングバレルのライフルを筒を上向きに掲げていた。
──なんで!
シンジよりも驚いたのは発令所のミサトであった。
「リツコ!」
「あたしに訊かないで!、マヤ!」
「パイロット搭乗中、詳細不明!」
「アクセスを急いで、コントロールを!」
日向が悲鳴を遮った。
「エヴァ零号機起動!、攻撃開始!」
「まさかあれを倒す気!?」
「いいえ狙いはシンジ君です!」
なんですってとミサトは喚いた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。