「おい!」
最初に気付いたのは誰だっただろうか?
整備服を着ている男性が怒声を張り上げた、明らかに整備班の人間ではないのが紛れ込んでいたからだ。
だが止めようとして伸ばした手は届かなかった、届くことは無かった。
「え?」
彼女が急に消えたからだ。
しかしそれも語弊があった、彼女が消えたのではない、彼の知覚が彼女によって障害を負ってしまったがために、取り逃がしてしまっただけなのだ。
彼だけではなく、マサラはケージの中の時間を丸ごと遅くして見せた、彼女はシンジによる共振作用によって、深層意識に刻み込まれていた、ムサシの能力を思い出してしまったのだ。
そして『エヴァ』が覚えていたムサシの力を、自身本来の『ブースト』によって強大化させて、邪魔な者全てを停止させた。
──男性の時間が正常に戻る。
空振った手に困惑する、バランスを失い躓いてしまう、その瞬間を狙って激しい震動が襲いかかった。
「うわ!」
転倒してしまう。
「なんだ!?」
見上げれば、影。
それは立ち上がった零号機が落とす、あまりに暗い影だった。
LOST in PARADISE
EPISODE42 ”太陽と北風”
「うわぁ!」
シンジは転がり逃げたが、そんなものでエヴァが放つ弾丸の被害の全てを避け切ることなどできなかった。
音速を突破して放たれる弾丸は、地面を穿って地震を起こし、足元を揺るがす、衝撃波を巻き散らし、風を起こす。
シンジは暴風と不規則な揺れに見舞われて、転ぶことしかできなかった。
──瓦礫と肉汁が降り注ぐ。
「なんで」
シンジは前髪をべっとりと濡らし、目に入ろうとする腐汁を拭い捨てた。
「なんで零号機が!」
『碇シンジ!』
思いがけず返事が戻って来た。
「その声……、マサラさん!?」
零号機は返答の代わりに足を上げた。
「うわっ」
迫って来る、追って来る。
ビルの谷間に埋もれるほど小さいとは言え、エヴァの巨体は十メートルもある。
(こんなに大きかったんだ!)
普段ケージや月内部と言った、比べるものの無い場所でしか見ていなかったために失っていたスケール感を、正常なサイズで実感させられてしまった。
(冗談じゃないよ!)
道の狭さを気にもせず、肩で腕でビルを引っ掛け傷つけながら追って来る。
そんなものに踏み付けられたらただでは済まない。
『くっ!?』
しかし零号機は立ち止まった。
足にまとわりつく何かに引き止められてしまったからだ。
『なにこれ?』
『それ』は忘れられている間にも蠢き続けていた。
零号機を呑み込もうと、意思を持って這い動いていた。
●
「何がどうなってんのよ……、レイは!?」
「それが!」
マコトが説明しやすいよう、シゲルが素早く情報を映し出す。
「なに!?」
上から見下ろす感じで、二人の人物が映し出された。
「レイが……、二人居る!?」
「あなた……」
驚きに目を丸くしているレイに対して、もう一人のレイは槍を振るった。
「フッ!」
息を短く吹き出し、槍を突き出す。
「くっ!」
レイはその穂先を穂先で、絡め合うようにして受け止めた。
ガゴンと固い音が鳴る。
しかし勝負に勝ったのはレイだった。
ザッとゴリアテの頬の肉が削げ飛んだ、じくじくと血が滲み出す。
上からと、下からで、槍の先で力を押し合いながら、彼だった彼女は口を開いた。
「さすがね」
口調が少女のものになっていた。
「わたしのATフィールドを、ただの衝撃波で貫くなんて」
「槍の力よ」
「いいえ、あなたの力よ、だってそうでしょう?」
横に力の方向をねじ曲げて、彼女はレイを転ばせた。
「きゃあ!」
レイが立ち上がるまでの僅かな間に、車の上から飛び下りる。
「槍は移植された後、宿主の遺伝子情報を写し取る、そうして寄生し、宿体の一部となって活動する、あなたが発する槍からの力は、あくまであなたの意思に準じて変換された『エヴァ』に過ぎない」
「……」
「でも……、そう、わたしのコピーよりも質が高いとは言え、使い方がなっていないわ」
「あなた、一体誰?」
彼女は皮肉を笑みとして顔に浮かべた
「わたしはあなたよ」
憤る。
「そんなわけないじゃない!」
「わたしはあなた、他に説明ができるの?、正しくはあなたと同じ、同じく作られた者」
「作られた?」
そうと頷く。
「碇ユイがそうであるように、発掘されたの、わたしもね」
「音声は取れないの?」
ミサトの言葉に、残念だけどねとリツコは返した。
「発掘って……」
青ざめるレイに、ゴリアテは語る。
「そんなに不思議?、他にも居たことが」
「だって!」
「そもそもあなたは何を知っているの?」
「何って……」
「月はなぜ二つあるの?、人類の発祥ってなに?、裏死海文書ってなに?」
くだらないと彼女は言う。
「全て人が人なりに都合よく解釈しているだけのものでしょう?」
レイはそれは違うと思った、根拠もある。
自分の記憶だ、だが語ろうとは思わなかった。
黙って聞くことにする。
「かつて、遠い昔、星の向こうから、沢山の種子が打ち出されたわ、その一つが白き月、そしてもう一つが黒き月」
「……」
「二つの月が同じ星に漂着する確率なんて、天文学的数字を持ってしてもありえないはずだった、でもそれが起こってしまった」
彼女は得意げに知識を披露して行く。
「その結果、二つの種は一つの星を奪い合い、争い始めた、一つの種は魂を中心に外郭を形成する生き物だった」
──使徒。
「そしてもう一つはエヴァを生命力として利用する種族だった」
──人類。
「これが二つの種を大きく別けていたわ、使徒にとってのエヴァとは、自身の存在を確定してくれる命そのもの」
──生命の実。
「そして人にとってのエヴァとは、便利な副次的能力に過ぎなかった」
──知恵の実。
「けれども二つの種は違い過ぎた、同じ魂、同じエヴァを持ちながら、意識するところが違い過ぎて、争いになった」
「どうして……」
「だって、使徒にとって世界ってなに?、生き物を殺さなくても生きていける『人たち』にとっての世界ってなに?、でも人間は生き物を殺すわ、食べないと生きていけないから」
「人間が……、生き物を殺すから、戦争になったって言うの?」
「そうは言わない、だって食べなきゃ死ぬもの、なのに食べるななんて無茶だもの、それこそ生物としての存在の違いなのよ、比べるだけ意味が無いわ」
さらなる皮肉を貼り付ける。
「根源エネルギーとでも言うべきものを直接摂取することのできた使徒と、他の生物を媒介することでようやく取り込める、食すことでようやくエネルギーを補填できる人間との間には、それほどの意識差があったのよ、そこには優越感、劣等感、色々とあったでしょうね、人にとって当たり前の営み、命を食らう行為を使徒は嫌悪し、使徒の一方的な不理解を人間は詰り、ぶつかり合って……、問題はその果てに合ったのよ」
「果て?」
「……使徒、人間はお互いに、お互いの『道具』を真似始めたの、戦争に継ぐ戦争の最中、相手の兵器を分析し、解析し、コピーを作り、強化した、その結果、使徒はエヴァを使う術を手に入れたわ」
「ATフィールドは……、後天的な能力だったの?」
「そうよ、そして人は使徒の強靭な肉体を模倣した」
「エヴァンゲリオン!」
「だけどね、そうなってくるとお互いの開発競争には行き詰まりを見せはじめたわ、だって相手の武器を真似てるんだもの、行き着く先は同じでしょう?」
困惑するレイに、わからないのかと問いかけた。
「エヴァは、人を食らうわ」
「あ!」
「そして使徒は人に近くなって行く」
正解かどうかはわからないが、レイが思い浮かべたのは先日の事件だった。
使徒たちが食い合って融合して行った。
「同じところから生まれ、別の形に進化した者たちが、戦争の果てに統合を迎えたのよ、でもそれって、どっちの人間なんだと思う?」
「どっちって……」
「使徒?、それとも人間?」
レイはまるで今のシンジのことだと考えた。
あるいはナンバーズのことではないかと。
「そんな具合に、己の存在そのものに疑問を抱いた人間がいたとすれば?、確かめたくなるのは仕方のないことだとは思わない?」
「なにが……、言いたいの?」
生唾を呑み込み、返答を聞く。
「狂っているのよ」
「……」
「白き月も、黒き月も、自らの種子であったはずの者たちによって狂わされてしまったのよ、自分たちがどちらの『ヒト』であるのか、人はそれを月の裁定に任せたの」
えっと思う。
「でも……、月は待ってる」
「そうよ、白き月は彼らの意図通りに、自らの子でない者を裁いたわ、けれども自己診断プログラムのようなものが働いた黒き月は、種子の末裔が『何者』であるのか、それを判定するために待ちわびているのよ」
「……」
「自らの眼鏡に適う者が現れると期待してね」
でもとレイは疑った。
「その時に、違う者が現れたとしたら?、期待にそぐわない、『人間』でもない、『使徒』でもない者が現れたとしたら?」
「セカンドインパクトの再現」
「!?」
「それが嫌だから、みんなでヒト以上のものを作り上げようとしているのでしょう?」
レイはさらに疑いを深めた。
「じゃああなたはなに!?」
しかし彼女ははぐらかした。
「アメリカのネバダ州、大変なことになったわね」
「それがどうしたっていうの?」
「ネバダになにがあったか知ってる?」
「ネルフの支部でしょ?」
それとと楽しげに口にする。
「エリア51、そう、UFOで有名な、あの基地よ」
レイは激昂した。
「からかってるの!?」
「さあ?」
面白げに、槍を振る。
「あなたとわたし、どちらが優秀か確かめたいだけ、だってわたしはあなたの逆、使徒から育った人間だから」
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。