似つかわしくないと彼女は思う。
(こんな役回りは本当に……)
 それでも彼女は追い詰める。


LOST in PARADISE
EPISODE43 ”終わりのはじまり”


「折れてしまいなさい」
 アスカの心を深くまさぐる。
「挫折を知らない、知りたくなかった……、怖かったんでしょう?、敗北が、敗残者となることが、そう、あなたの今のお母さんが怖かった、『いつでもあの子の母親をやめられる』、その言葉が怖かったのよね?」
 アスカの表情が緩んでいく。
「女として負けたお母さんが、科学者としての道を極めるしかなかったお母さんが、どれだけ憐れな敗北者であったのか、本当はあなたは知っていた、だから」
 ──お母さん!、またクラスで一番になったの、シンジにだって勝ったんだから!
「日々やつれていくお母さん、帰って来なくなるお父さん……、気付きたくなかったのね、捨てられたのだということを、だから捨てる側に回りたかったのね?、そうなんでしょう?」
 ママ、確かにアスカの唇がかすかに動いた。
「でもね」
 コダマはいやらしい笑みを浮かべた。
「ウソツキ」
「……」
「シンジに全部を明かした?、シンジに全部を話した?、なにも話してない、そうなんでしょう?」
 穏やかだったアスカの表情に翳りが差した。
「あなたのお母さんが死んだ時……、どうだった?」
 ──ママ!
 ばたんと扉を開いたそこに……、首を吊った母の姿が。
「目が飛び出して、下が膨らんでべろんとたれて、首が伸びて……、足からはオシッコがつたい落ちてて、その上緩んだお尻から洩れたものが臭かった」
 それが。
「敗残者の姿なのよ」


 ──発令所。
 ミサトたちはその光景に魅入ってしまっていた。
 使徒の翼は大きく広がり、ジオフロントを右から左へと収めるまでに至っていた。
 金色の光が無残な光景を荘厳なものへと塗り変えている。
 もはや本体であるはずの中央部分は、閃光に埋没してしまっていて見えなかった、ただ大きな翼が存在している、それだけだ。
(アスカは……)
 いまさら彼女の安否を気遣う。
 だが誰に訊ねるべきかでミサトは迷った。
 耳に入ったのはキーを叩く音だった。
(リツコ?)
 リツコはモニタを見ていなかった。
 何かを必死に確かめている。
(そう……)
 今はその冷たさこそが必要なのだとミサトは気付いた。
 だからミサトは指示を出した。
「日向君……、日向君!」
 はっとする。
「あ、はい!」
「シンジ君の誘導よろしく」
「はい!」
「青葉君は回収班を零号機へ」
「はい」
「救護班の用意も忘れないでね」
「わかりました」
「マヤちゃんは回収班と地上へ、零号機のシステムチェックよろしく」
「え、でも……」
「ここはリツコだけで良いわ」
「はい……」
 渋々マヤは従った、戦闘配置だというのに持ち場を離れることに抵抗があったからだ。
 それと、慣れた場所に居たかったこともあった、このような時は知っている人たちの側に居たいものである、心細くなるから。
「行ってきます」
 だからマヤはそう口にした、どこか気に止めてもらいたくて。
 しかしそんな彼女に行ってらっしゃいを言う者は居なかった。
「……」
 無言でリツコは調べものを進める。
(シンジ君のそれが相転移現象なのに対して、アスカはただ位相がずれていただけに過ぎない、シンジ君のそれがレイを乗せられるような変異であるのに対して、アスカの場合はただの陽炎に過ぎなかった……、ここまでは間違いないとして、その力はなんのために必要なものなの?)
 リツコが探しているもの、それは先の考えを否定するための材料だった。
(例えば……、そう、あの子たちがATフィールドで限られた『宇宙』を作り、その中心となって種子を放てば?、そこには銀河が、太陽系が、そして地球が発生するのかもしれない、まさかわたしたちの宇宙もそうして作られたものの内の一つだというの?)
 そのことがどうしても信じられない。
(そして……、使徒と洞木……、コダマ?、あの子との関係はなに?)
 あまりにも足りない情報が多過ぎた。
(月の中核を目指すわけでもなく、そして月の中心を守るわけでもない、明らかに今までの使徒とはパターンが違う、行動目的がわからない……)
 一体どこから降臨したのか?
 コダマと使徒の情報を呼び寄せる。
(ATフィールドが同調してる、精神汚染が起こっているの?、使徒があの子を侵食してる?、使徒が人を操っていると言うの?)
 否定できないと青ざめる。
(できる……、はずね、人が同化することで使徒を自在に操る様に、使徒もまた人を取り込むことができるのかもしれない、そして高度に発達した使徒は、人の心さえも解せるのかもしれない)
 だがそこまで『式』を導けたとしても、『解』が見つかるわけではない。
 式に当てはめなければならないピースが足りない、揚げ句公式を導き出すための解すらもが、全てが見えているわけではない。
(これがわたしの、科学者としての限界なの?)
「シ……、初号機、ジオフロント内部に出ます!」
 日向の言葉が、新たな緊張をこの場に強いた。


 エレベーターにより一旦本部内に下りたシンジは、そのままジオフロントに移送された。
 森の一部が左右に割れて、エレベーター口が顕になる。
 もちろん開かれた扉から持ち上げられたのはシンジでもあるエヴァンゲリオンだった。
 炎は去っても、まだ熱気がくすぶっていた、煙のためか視界がぼやける。
(アスカ……)
 レイはシンジの苦痛を聞いた。
(コダマさん)
 そこからどれだけ二人にこだわりがあるのかを知る。
『コダマさん、どうして』
 もはやコダマの姿は見えない、使徒に完全に呑み込まれていた。
『この子が真実の姿をさらけ出そうとしないから』
『だから?』
『苛付かない?、そういうのって』
 バチバチと音がする、炭化した木の持つ熱が、新たな火事を起こそうとして割れ爆ぜた音だった。
『コダマさん!』
 シンジの激情が渦を巻く。
『シンジ……』
 静かな怒りが火を煽る。
『そこまでする権利なんて無いのに!』
『ある……、はずじゃない』
『どうして!』
『この子はあたしからシンジを取ろうとした、でも、わたしはそれが許せなかった』
『でも!』
『別に奪われたってかまわない、そこまでシンジにこだわってるわけじゃなかったから、けどね?』
 意味のある間が取られる。
『あたしを傷つけたのは、この子よ』
『傷つけた?』
『そうじゃない?、余裕しゃくしゃくで、必死になるわけもなくって、ねぇ?、あたしをどれだけバカにすれば気が済むの?』
『……』
『あたしなんて、本気を出すまでもないってこと?、シンジ?、勝負した時のことを覚えてる?』
『はい……』
『あの時、シンジは手加減してくれた?、違うでしょう?、やり過ぎない様には注意していても、手を抜いたわけじゃなかった、でもこの子はどう?』
『……』
『余裕を持ってた、必死になるほどの相手じゃないってこと?、そんな馬鹿にした話がある?』
『だからこんな真似をしたって言うんですか!?』
『そうよ』
『コダマさん!』
『どちらがくだらないか、それを思い知らせただけよ』
『コダマさん!』
 シンジの必死の声に、レイは、ああ、ウソツキなんだと思った。
(あの人、何か嘘を吐いてる、だからシンジクン怒ってるんだ)
 だが、それがなんなのかはわからない。
(でも……)
 妬けてくる。
(力も使わないで、わかっちゃうの?)
 ──鳥が体をのけぞらせた。
『ぐだぐだ言ってても、始まらないし』
 微風が煙を横へと流す。
『あたしに風の使い方を教えてくれたのはシンジなんだから』
 だから。
『この風でシンジにあたしを教えてあげる』
 七色に光る不思議な風が、シンジの体を包み込んだ。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。