「なにを……なにを言ってんだよ、アスカ」
シンジはアスカの正気を疑った。
通路の真ん中に立ちつくす。
アスカもまたシンジを見つめた。
「だから……」
アスカは静かにくり返した。
「あんたがね? 初号機の命を食ったっていうんなら、他人の命だって獲れるんじゃないの?」
「……」
「他の物体から魂を抽出して取り込んだってことはそういうことでしょ? で、あんたはその命から徐々に自分の分を削ってる。ならそのまま確保しておくことだってできるんじゃないの?」
あるいは予備として保存……など。
「でもそうなった時……魂を奪われた人間ってどうなるんだろう? あんたの場合はどうなのかってことなのよね。ほんとうに体って必要なの? エヴァってものが究極のところで魂の力なら、魂単体で存在していてもいいことになるわ、いつでも肉体を生成できるんだから」
「だから?」
「その魂と肉体とが必ずしも同じ場所になければならない理由ってなに? エヴァが認識によって発現の仕方を変えるなら、肉体はエヴァを使ってリモートコントロールされるだけの物体として位置づけることだって可能なはずよ」
「だから!?」
「怒鳴らないでよ……魂を抜かれても人として存在することはできるわ。魂が消滅しさえしなければね? あたしには自分の体から抜け出すような真似なんてできないけど、あんたならあたしの魂を抜くことができるかもしれない」
「だからって……なんで」
それが証明になるからよ。アスカはくり返し説明した。
「あんたがあたしの魂を所有してくれるなら、あたしはあんたに命を預ける。そうすればあんたはあたしはそれくらいあんたを信じてるんだって信じてくれるでしょう? あたしはあんたが死なない限り死なないし、あんたが生きてる限りはあんたと共に生きてくことになる。どう?」
「どう……って、僕にどう答えろって」
「もちろん、なにかの実験とか、検証ってものは必要だけど……そうだ、あんた次の機会があったら、エヴァを作ってみなさいよ」
「エヴァを?」
「初号機を……自分とは別に創造するのよ。そして自分の体のようにそれを操ることができるなら」
「アスカを人形にするだけかもしれないじゃないか!」
叫んだシンジの口を、アスカは唇を軽く押しつけて閉じさせた。
「……あたしはその覚悟があるって言ったでしょ?」
「アスカ……」
「まあ……それであたしはあんたに弱みを握られることになるんだけど……あんたもあたしに後ろめたさを感じるようになるでしょう? 弱みを握られてるから優しくしてくれるんだよな……なんて考えて、あたしをどうこうしようとか、どうこうしろって命令なんてとてもできないでしょ?」
「……だったら、だったら意味なんてないじゃないか」
「でもあたしはあんたと一生付き合ってくつもりだから、命くらいかける用意がある」
「アスカ……やめてよ。やめてよアスカ」
「……あたしはそれくらい思い詰めてるんだってことを覚えてて。だからそれが嫌なら真剣にあたしとのことを考えて」
「どうしろってのさ? つきあえっていうの?」
「そんな単純なことじゃないでしょう?」
「…………」
「……あたしも少し思い出してきた、夢のこと。だからさ、今まではあたしが必死になってあんたにまとわりついてた。その関係を少しだけ変えようって言ってるのよ。今度はあんたから動いてみてよ? 受け身から代わってよ。そうすればちょっとはバランスが取れるんじゃない?」
「……それでいいの?」
「たぶんね」
肩をすくめる。
「あんたに必要なのは、暇ならゲームをするんじゃなくて友達の家に押し掛けるような、そんな子供の頃の感覚なのよね」
だから都合好くできる……都合を考えなくてもいい間柄になりましょうよと……。
アスカはシンジの首に腕を絡めた。
──米国で暴動が発生したんだとゴリアテは語った。
彼らに主義や主張はなかった……ただ鬱積したものを晴らしたいだけのことだった、と。
レイは弐号機を駆るムサシの様子を、カヲルと共に眺めていた。
その隣にはミサトがいる。
──カヲルは悠然と歩いて何十という能力保有者の中に歩いていったと身震いをした。
泰然と、恐れるものはなにもなく、そして力に固執した者たちは、まさに烏合の衆となった。
カヲルが一歩を踏み出すたびに、天井をなめていた炎が、床を張っていた冷気が消えた。
雷が、閃光が、爆発が起こらなくなった。
そして彼らは無力なただの子供となった。
──酷いものだったと彼は言った。
ただの子供に戻った時、彼らは身を守る術を知らぬこねずみだった。
追い散らされ、蹴散らされた。彼らを静止しようとして、逆襲を喰らっていたナンバーズが、ここぞとばかりに勢いを盛り返し……。
襲いかかった。
後は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。何人かは死者が出た。しかし半数以上が重症で済んだのは奇跡だった。
ただの子供を……それも戦意を失った少年少女を、ナンバーズが蹂躙したのだ。
このことは多くの人間に未来の様子を想像させた。
カヲルは言った。
『人はみな痛がりなのさ……だからこそ痛みを与える者たちを嫌い、排斥しようとする。これは正当な権利だよ。痛みを与えられた彼らにとって、痛みを与える人間性は暴力的で、許し難い』
その冷たい笑みが変わったのは、日本に行ってからだという。
だが今のカヲルの微笑は、そのことの冷たいものをかいま見せていた。
「……なにが楽しいの?」
レイは思わず訊ねていた。
「ムサシ君が調子づいているから?」
「いや……」
カヲルは小さくかぶりを振った。
「僕の力は使徒の力は封じられない……同様にエヴァを介したナンバーズのエヴァもね? ならこれで僕の価値は無に近くなる。僕はそれがうれしくてたまらないのさ」
そう語ったカヲルの本当の心境を、レイには察することなどできなかった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。