──いっくぜぇ!
 赤い右拳が繰り出されると、空飛ぶ巨大ヒルの群れは殺到した状態のままで静止した。
 空中でかたまり、後続のものに飲み込まれて姿を消す。彼らはその群れの中でもみくちゃにされて潰れて壊れた。
 今度は繰り出した拳の手首に左手を添えて、ムサシは手のひらを開くと同時にそこから念力のようなものが噴き出す様をイメージした。
 グワンと世界が歪んだ音を発し上げた。
 展開された不可視の力場が群れを飲み込む。S2機関だの生命活動などといったレベルではなく、完全静止を受けた物体は運動そのものを封じられ、熱を発することができなくなり凍り付いた。
 背後からの軍団が凍った先兵に衝突して粉砕する。粉砕した者たちは力場に飛び込んで凍り付いた。
 その状態が繰り返される。
(こりゃ……思ったより、楽だな)
 その上にエヴァとはなんと強く、使徒とはなんと弱いものか。
(渚が釘をさすのもわかる気がする)
 だからと彼は気を引き締めた。
 慢心して、調子に乗って馬鹿をさらして、マナに嫌われるのは嫌だった。


「まったくこんなのしかないなんて……」
「誰の服だろ……」
「捨ててあったんじゃないのぉ?」
「……なんでそんな発想ができるんだよ」
 大げさに嘆息する。
 それもそのはずで、彼らは脱ぎ捨てられていた服を発見して拝借したのだ。
 その服はもともと地下の影響にあてられて運び込まれた少年たちのものだった。
 症状の酷い人間については着衣をはぎ取って治療したのだ。寝かしつけている人間にいたっては着替えさせてもいる。
 シンジとアスカは下着を付けずに直接ジーンズをはいていた。靴もだ、素足である。
 上着にいたってはジャケットの前を合わせているだけだったので、はなはだ心許なかった。
「……」
「なんだよ?」
「ぜんっぜん似合ってないなぁと思って」
「悪かったね」
 アスカは似合ってるよとからかう。
「胸見えそうだしね!」
「へえ!?」
「なんだよ!」
「カンドー! あんたがそういう冗談言うなんてねぇ」
 うりうりとつつく。
 医療棟のエレベーターに乗り込むと、彼らは地下に下りるのに任せた。地下三階でネルフ本部へと向かう移動通路へと乗り換えることになる。
「へぇ……あんたレイを乗せたんだ、自分に」
「そういうことに……なるのかな」
 シンジは暇な時間を潰すために、覚えている範囲でのことを伝えていた。
 アスカもそのあたりの記憶が曖昧なのか真剣である。
「エヴァにねぇ……」
「多分……エヴァっていうのは僕の中にあった巨人のイメージなんじゃないかな? 戦うのに一番慣れてたものになろうとした」
「そういうことってあるのかもね」
 エレベーターが到着する。
 二人は移動通路へと歩き出した。
「あ〜あ……でもとうとう本当に人間じゃなくなったってわけね」
「まあね」
「にしては明るいじゃない?」
「……悲観的になっててもしかたないしね。とりあえずそれくらいじゃ嫌わないでくれるんだなってわかったから」
「なにそれ?」
「さっきも話したけど……使徒が僕の周りの環境を参考にするために、サンプルとしてアスカに接触したのなら、アスカからなにかもってっちゃったんじゃないかって思ってたから」
「たとえば?」
「気持ちとか」
「気持ち?」
「好きとか嫌いとか」
「ああ……」
「どう思われてもかまわない……って思うほど、もうひねくれてるつもりはないよ。やっぱり好きなんだってわかったしね。アスカのことは」
「あ……あんたね」
「なに赤くなってんだよ?」
「なるわよ!」
 シンジはくくくっと笑った。
「深読みしすぎなんだよ」
「あんたねぇ……女の子にとって好きとか嫌いって言葉はっ、恥ずかしかったりショックだったりするもんなのよ!」
「そうなの?」
「そうなの! ……ホントに女心のわかんないやつ」
 ぶちぶちとぐちる。
「まぁ……そういうのがわかってるんなら、もっと女をばかにしてるか」
「どういうことさ?」
「女って生き物をさげすんで利用して吐き捨てるような男になってたんじゃないかってことよ!」
 なるほどとシンジは納得してしまった。
「アスカを重ねて復讐してるつもりになって?」
「シンジ……」
「ちょ……ちょっと泣かないでよ!」
「うっそー! んなくらいで泣くわけないじゃん」
「……」
 そうだよそんなやつだよと今度はシンジがぐちぐちと言った。
「そうやって僕をからかって楽しんでるんだ」
「そうよ、あたしだけの特権なんだから使わないとね?」
「なんで特権……」
「ん? じゃああんたはあたし以外のやつにからかわれたいの?」
 ん? っとさらに追い詰める。
(うん……っていうのも変だし、いわなかったらアスカにいじめられるの喜んでるみたいだし)
 どっちにしても変である。
「ねぇ……」
「なに?」
「アスカは将来……どうしたいの?」
「どう……って?」
「だんだん夢のこと思い出してきた──アスカって将来僕とどういう付き合い方がしたいのかなって思ってさ」
「それは……」
「恋人とか家族? それとも友達? 最低ラインって友達だよね? でも友達にもいろいろあるし」
「難しい問題ね……レイは?」
「かなり複雑」
「は?」
「ほら……レイを乗せた時に、どうも僕の中を覗かれちゃったみたいなんだ」
「中?」
「心とか……気持ちとか」
「そんなことにもなってたの!?」
「だって繋がるんだよ? 精神的に……多分肉体的にも」
「えっちぃ……」
「あのね……だからさ、顔も合わせづらいし、なにか話そうにもきっとこう考えてるとか読まれるんだなとか……きっと知られてるよなとかそういうのがあるし」
「それは……嫌かもね」
「嫌なんだよ。だからあたしもとか言い出さないでよね!」
 ちっとアスカは舌打ちをした。
 そんなことを考えていたらしい。シンジは先手を打っておいて好かったと胸をなで下ろした。
「だからさ……レイってもうただの友達っていうには抵抗感あるんだよね。苦手意識を持っちゃうくらい近いよ、結構。じゃあアスカは?」
「あたしは……」
 う〜〜〜んと悩む。
「あんたと……かぁ」
「そう……もうずいぶんとアスカにはいろいろしてもらったし、今じゃ昔ほど嫌ってるわけじゃないし」
「今でもちょっとは嫌ってる?」
「好きだよ? たぶんね……でもやっぱり昔のことがあるから抵抗感があるんだよな。無条件で好きって気持ちを信じるとか伝えるとか……なんだよ?」
 アスカは二度三度と首をひねった。
「ねぇ……」
「なにさ?」
「だったらさぁ……もし……もしもよ? もしあたしがあんたのことを好きで、その好きって気持ちを証明する方法があったとしたら……」
 ──あんたはそれを受け入れる?
 眉間にしわを寄せたアスカの問いに、シンジは嫌な予感を覚えて答えられずに立ちつくした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。