──状況終了。
 仮にであっても、そんな報告が届けば安心はする。
「地下からの連絡です。葛城さんを保護。そのほかの問題も終息。司令には葛城さんから後で報告することがあるとのことです」
「わかったわ」
 リツコは棟の上にと視線を投げた。
 いつの間にかやってきて、そのくせなにも言葉を発しなかったゲンドウがそこにいる。
「碇……」
 コウゾウが他の者には聞こえないように話しかけた。
「報告次第では委員会が動くぞ」
「わかっている……が、これで彼女のもくろみ通りになった」
「彼にとってもだろう」
 二人が話しているのは、マリアとリックのことだった。
 リックについては、手元の情報掲示板に、意識不明と届けられていた。
 確実になにかがあったということだ。
「彼らがなにを見聞きしたかが重要になるな」
「ああ……リッキー・ドナルドの処遇については本部預かりとして尋問する」
「おい碇……」
「尋問の担当官には彼女を当てておけ。しょせんは茶番だ」
「彼がなにを知ったか……か」
「ああ……知ろうが知るまいがそれこそ問題ではない。すでに時の流れは確定している。われわれの目的も、他者の思惑も、その大いなる流れの中で行われる戯れ言に過ぎない。流れが変わることはもはやない。本質も真実も必要とはしていないのだから、無駄な努力になるだけだ」
 そうだな。コウゾウはそんな具合に了解した。
 確かに自分たちが望んでいるものは理屈でも真相でも、納得するための説明でもない。
 彼が知ったことは学者連中にとっては興味と好奇の対象となろうが、自分たちには必要がない。
 必要なのは……。
 彼は情報掲示板の隅に表示されている、もう一つの情報に目をやった。
 そこにはシンジとアスカが目覚めたことが、本当に小さな表示で知らされていた。


LOST in PARADISE
EPISODE45 ”僕は君といたかった”


「信じらんねー!」
 ムサシはテーブルをひっくり返しかねない勢いで喚き叫んだ。
「じゃあなにか!? 人が必死になってた時にお前らシャワー浴びて着替えてたってのかよ!?」
 言葉だけをおうと怪しいことをしていたようにも聞こえるのだが、実際には違う。
 シンジとアスカはタイミング良く……あるいは悪く、事態が落ち着き始めたその境目に、本部をうろつくことになってしまっていただけだった。
 そのため特に慌てた空気を味わうことなく、ケージ近くにある更衣室へとたどり着いてしまっていた。
「人の服なんて気持ち悪いじゃない」
「着替えあるんだ……」
「ばぁか。女の子ってのはなにがあるかわかんないんだから、いろんなところにストックしてるもんなのよ!」
 いろんなことってなんだよぉとシンジは拗ねたが、それに対する答えはなかった。
 本当は非常時での搭乗はたいてい私服でとなってしまう。それでは帰ることができなくなるのでおいていただけだ。
「あんたは……そうね。力で服を出してみれば?」
「はぁ?」
「エヴァになれるんだから服くらいなんとかできるんじゃないのぉ?」
 じゃあと更衣室へと入っていった。
 シンジはそんなアスカにふくれっ面をさらしたものの……しかし。
「できちゃったよ」
 その十分後。
 シンジは消毒液の甘い匂いを流そうと、シャワーを浴びた後で冗談半分に実行したことが成功してしまい、とまどっていた。
 そして……。
「シンジぃ」
「アスカ!? どうしたの!」
 アスカは涙目になっていた。
「あたし……エヴァ使えなくなっちゃったみたい」
「はぁ!?」
 アスカはくすんと鼻を鳴らした。
 ──試してみたところ、完全に使えなくなっているわけではなかった。
 ちゃんと火を生み出すことも熱を発することもできた。だがそれは手を振って風を起こす程度のことで、エヴァ本来の嵐を生むような派手なことについてはできないようになっていた。
 意識すれば理屈的なものを考えてしまう。するとどうやっていたかわからなくなり、空回りしてエヴァの発現が失われてしまうのだ。
「とにかくさ……使えなくなったわけじゃないんだから」
「うん……」
 そんなわけで……心細くなっているのか、アスカはシンジの傍にいるようになっていた。昔は頭の良さで、その次はエヴァを持って、人よりもひとつ抜きんでていたアスカである。その態度にはいつも根拠のある自信が裏付けとして存在していた。
 学力社会では学力で、特殊能力者の中においては特殊能力によって彼女は自分の立場というものを支えてきていた。それが失われつつある今、彼女は自分の居場所に対して、非常に強い不安感を覚えていた。
 ここは本部内のラウンジである。席の距離は等間隔であるはずなのに、彼女は心持ちシンジよりに近く移動させていた。
 そんな二人の会話の相手は、ムサシとマナの組み合わせであった。
 二人は正面の席にいた。会話の内容は地下でなにがあったかであった。
「でもねぇ」
 シンジの背後の席に座っているカヲルが口を開いた。
「今回の事件においては能力の桁が高い者ほど影響を受けていたんだよ? 惣流さんの目覚めはその苦痛によるものだったんだから」
「惣流さん?」
 シンジはその呼び方に引っかかりを覚えた。
「なんだい……シンジ君?」
 二・三度首を傾げるシンジである。
「いや……なんだか他人行儀な言い方するんだなって」
「な、なんのことだい?」
「だって二人って」
 がたんとムサシとマナが飛び退いた。
「げっ、え……お前ら」
「そ、そうなの?」
 ムサシが信じられないと奇異なものを見る目つきをしているのに対して、マナは顔を赤らめてちらちらと視線を向けた。
 アスカが反応したのは、主にマナの目つきに対してであった。
「ちがーう! あたしは」
「でもしたって認めてたじゃないか」
「し、シンジ君……なにか含むものがあるのかい?」
「ううん。別に?」
「し……シンジはあたしのことが嫌いになったの?」
「いや別にそういう話でも」
「今はそういう話をしているんだとおもうんだけどねぇ」
「じゃあカヲル君は好きでもないのにアスカをもてあそんだんだ」
「ヒドイ!」
「って霧島さんに言われる覚えは……」
「でもヒドイ!」
「…………」
「まあ……渚。責任は取れよ。うん」
「どう取れというんだい?」
「それは……」
「それは?」
 カヲルは急にまじめな顔つきになって口にした。
「責任を取れ。うん。取れというのなら僕は惣流さんと付き合うこともやぶさかではないよ」
「じょーだん。こんなキモチの悪い男ぉ」
「……だそうだよ。どうでもいいけど今のはちょっと傷ついたね」
「どうでもいいんでしょ? あたしはシンジが基準に来てるからあんたはハズレ」
「そうかい。だそうだよシンジ君」
「でもカヲル君もてるからなぁ……」
「君もだろ?」
「僕はなんだかわからない内にってのが多いからね。好かれてもデートの行き場とか話題とか会話とかなんにも引き出し持ってないもん。でもカヲル君なら顔だけで持たせそうだし」
 うんうんと力強く頷いたのはマナだった。
「そうそう。ちょっと渚君。机に肘ついて両手を組み合わせて顎を落としみて」
「こうかい?」
「そう、それで微笑って感じでにっこりと笑って」
「こうかな?」
 きゅーっとマナはぶるぶる震えながらのけぞった。
「いい! サイコー!」
「……なんだかよくわからないねぇ」
「じゃああっちの席に座ってる子の前にここいいかいって座って同じことやって来てみて」
「……嫌な予感がするんだけどね」
「いいからいいから」
 行ってきてっと強引に。
 四人は遠くからその様子を見守った。
「あ、話しかけられただけで驚いてる」
「あの子ってさっきからこっち見てたっけ?」
「カヲル君を見てたんだと思うよ? あ、なんだか赤くなってそわそわしてる」
「趣味悪いなぁ」
「そわそわしてる。そうそう、あんな感じであれだけでもつよね」
「ごちそうさま。でもあの調子だと」
「ああ! 倒れた!?」
「鼻血が……打ったかな?」
「ううん。あれは興奮しすぎてのぼせたんじゃない?」
「うれしさ絶頂ってやつね」
 よくわかんないなぁとシンジは口にした。
「なによぉ。先にモテるとかってからかったのあんたじゃ」
「そうじゃなくて」
 向こうのことは放置する。
「カヲル君って支部とか他の場所じゃ相当怖がられてたって聞いたから」
「そのことね」
 確かにとアスカは腕組みをして頷いた。
「あんなののどこが怖いんだか」
「ネコかぶってるだけなんじゃないのか?」
「あれがネコなら猛犬ですらもかみ殺すネコだな」
「あれ?」
 シンジは話しかけてきた人物に驚いた。
「ゴリアテ……君だっけ? もういいの?」
「ああ」
 ゴリアテは素っ気なく答えた。
「今度のことについては不問とされた」
「そんな!」
 立ち上がったのはマナである。
「あれだけの事件起こしといて!」
 がるると唸る。
「まあ落ち着け」
 ゴリアテは別のテーブルから座席だけを奪ってそこに座った。
 声を潜める。
「不問となったのにはわけがある。俺はそれを宣伝するように命令された」
「命令って……」
「今度のことについては噂として真相を広め、処理しなければならない。それをお前たちに頼みたい」
「冗談じゃないぜ」
「こちらとしても冗談ではない……が」
 シンジを見る。シンジは彼の視線を受けて頷き返した。
「リック君の処遇っていうか身柄っていうか……それのことだよね?」
「そうだ。わかりがよくて助かる」
 ぶつくさと愚痴ったのはムサシだった。
「頭悪くてわるかったな」
「あたしもわからないんだけど」
 説明を求めるマナの目に、シンジはこういうことだよねと確認の意味合いで口を開いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。