──2018旧第三新東京市。
 独立国家アースを名乗るこの国は、周囲を日本国というたった一国に囲まれているという、非常に特殊な環境下に置かれていた。
 ──中央庁舎、最上階。
 地上百二十階にある部屋である。まるまる一階すべてが国家元首の執政室として用いられているため、あまりにも広大な上、無駄が多かった。
「大体ミニサッカーができるような部屋で、僕になにをしろというんだい?」
 愚痴っているのはカヲルである。
「これならまだ、ネルフに詰めている方が楽だったね」
「少しは俺たちの苦労を知れ」
 ファイルをめくりながら吐き捨てるリック。さらに彼の後ろではほほえましい光景にマリアが苦笑していた。
「僕としてはお前に騙されたという感じの方が大きいんだ。あの時……碇や惣流、綾波といった連中のことを聞かされて、ちょっとでも深刻に思ったのが馬鹿だったな」
「そうかい?」
「そうさ。あれから一年。平和なものだ」
「いつまで続くかわからないのに?」
 嫌な顔をするリックである。
「まあ、君たちには関係のないことさ」
 カヲルは椅子を回して、背後にある窓から景色を眺めた。
 机の正面、南側の壁には出入り口を兼ねているエレベーターがあり、席の背の側になる北側全面は、すべてガラス張りとなっていた。
「この世界のことは、しょせん僕たちで作り上げていくしかない。歴史をね?」
「そうしていると、本当に様になるな、お前は」
「そうかい? 碇司令にもまれたからね」
 苦笑いをする。
「操られたくなければ、悪辣になれとね。ポーズを付けるのもうまくなったよ」
 そうは思わないかいとマリアに微笑む。
「人気も出てきているしね」
「そうね。本当に……秘書課ではもめているそうよ?」
「秘書はアスカが居れば十分だよ」
「綾波じゃないのか?」
「彼女は事務仕事向きじゃないよ」
「今日は?」
「ネルフ本部さ、二人ともね」
「二人とも?」
「今日の訓練はレイが教官役だからね。今頃下は大騒ぎになっているんじゃないかな?」


LOST in PARADISE
EPISODE46 ”時の始まり”


 ──ネルフ本部。
 かつてシンジが上下階層を繋げてしまった爆発の跡地も、今では跡形もなく修復され、改装されてしまっていた。
 ここまでの道は整備され、まさにジオフロントと呼ばれるにふさわしい地下街が形成されつつある。
 そしてこの消失跡地には、球形の戦闘闘技場が設営されていた。
 ──わぁあああ!
 内壁上部にある窓の中に、多数の人間の姿が見える。彼らはすり鉢の底で対峙しているエヴァンゲリオンを応援していた。
 中央にいるのは青いエヴァンゲリオンだった。一つ目の00(ゼロ)である。
 手に持っているのはナイフだった。それを素早く突きだし、不用意に長刀(なぎなた)を振り下ろそうとした白いエヴァンゲリオンを牽制した。
 のけぞるようにその機体は下がる。
 てやぁっと拡声器からの声。エヴァンゲリオンの通信機からの声だった。ドームのスピーカーにも繋がっている。
 00の背を狙っての攻撃。白いエヴァンゲリオンは四体もいた。しかし彼らは00を捕らえられずにいた。
 ──ぺろりと唇を舌で舐める。
 顔を上げたのはレイだった。彼女は両のグリップを引くようにすると、これが訓練であることを知らしめてくれるアドバイスを放った。
「声を出したら、わかるに決まってるでしょ?」
 とたんに無口になろうとする四機である。荒くなっている呼吸まで止めようとしているらしい。
「ま、無駄だけどね」
 レイは第三眼を起動した。
 エヴァの巨眼前にスパークする球体が発生する。おびえる四機。
「まずイチ!」
 00の姿がかき消える。
 南側のエヴァが倒れた。00に突き飛ばされたのだ。
 慌てた東西のエヴァが槍を向けるも、その時には00は北側のエヴァの懐にいた。
 白いエヴァののど元にナイフを当てて横に引く。切れはしない。ただ赤いラインが装飾された。
 模擬戦闘用のナイフなのだ。
 斬ったという証を残して、残りの二機に取りかかる。
 繰り出された槍の鋭さは、訓練を十分に積んでいると思わせられるものだった。だがレイはその穂先を軽くあしらって見せた。
 速度が徐々に上がっていく。穂先が残像となるほどに速く。だがそれ以上に00の右腕が見えなくなる。
 速度が力を加えるのか? 白いエヴァンゲリオンが先に根を上げた。ナイフに弾かれて槍を失ってしまう。
「てい!」
 レイは左腕を左回りするように大きく振った。
 量子を操る彼女ならではの『空気投げ』である。
 白いエヴァはなすすべもなく上下を逆さにされて、頭から落ちた。
 ──ガピーッとスピーカーの割れる音。
『こぉらレイ! エヴァを壊すんじゃないって言ってるでしょうが!』
 声の主はミサトであった。
『またリツコに文句言われたらどうすんのよ!』
 レイは仲間を失って棒立ちになっている最後の一機を、かるくひねって押さえつけた。
 地に叩き伏せて、その背に足を乗せ、右腕を固めてひねる。
 訓練終了の合図が鳴った。


「ま、レイのことだから心配ないだろうけど」
 アスカである。
 彼女は車を運転していた。
 隣に乗っているのは相沢ケイコである。彼女は三つ編みを作ろうと、右肩から前に髪を束ねて、四苦八苦していた。
「でも時々やりすぎるのよね、あいつ」
「そう?」
「鬱憤たまってんだろうけどさ」
 横目にケイコを睨んだりもする。
 二人ともに、ネルフの人間であることを示す、クリーム色の制服を着ていた。
「で、今週は?」
「一回」
 はぁっとため息。
「ま、あいつがああいう奴だから仕方ないんだけどさ」
「でもキスもなにもなかったのよ? ほんとに」
「そりゃそうでしょうけど……」
「まああたし以外のみんなまでは知らないけど……」
「どうしてあんなのがモテるんだか」
「そう? シンジ君って学生の頃からモテてたけど」
「わかってる! そういう自称昔の彼女がまた噂振りまくもんだから、変な注目生んでまた女の子の目を引いちゃってるってのもね」
 にやりと笑ったのはケイコだった。
「心配なら、つき合ってるって言い切ってもらえばいいのに」
「それはだめよ、できない」
「どうして?」
「だってあいつの彼女は……他にいるから」


 ──ネルフ本部。
「というわけで、今日の訓練は終了しました!」
 敬礼するレイ。正面の塔の最上段には、昔のようにゲンドウがいる。
「ごくろう」
「はい!」
「で、レイ?」
 ぴくぴくと眉をつり上げているリツコ。
「これ、始末書」
「うう……やっぱり?」
「当たり前よ! あなたならこんな損傷出すことなくどうにでもできたはずよ!」
「でもほら! 訓練って言っても実戦形式な以上はこういうトラブルも」
「どこがトラブルよ! 明らかに故意のことでしょう!?」
 オペレーターである三人は、まあいつものことだからなと聞いても居ない。
 実際のところ、未来を見て、さらには量子の流れの中を渡り、時にはその量子を武器として使用すらしてみせるレイを前に、勝てる者などいないのだ。
 例えレイの未来視の予測範囲内から逸脱したこと行動を行えたとしても、彼女には高速展開能力がある。自身を量子エネルギーに変換して、時間の制約すら突破するレイの動きに、追従できる者など居はしない。
「まったく……貴重なエヴァを」
 リツコははぁっと肩を落とした。
 エヴァンゲリオン量産機。それは各支部で開発されたものであった。
 現在本部には九機届けられている。新たな軍事力として注目されたのは過去のこと、今では危険視され、どこの国も扱いに困るからと言って忌避するようになっていた。
 ──理由はコアを搭載しているからである。
 ネバダでの消失事件。04(ゼロフォー)を巻き込んだあの事件の真相は、使徒から回収されたコアの復元事業にあったのだ。
 アメリカ政府はこれを宇宙船計画に参加していたナンバーズに託した。訓練の一巻として研究させていたのだ。
 エヴァンゲリオン量産機。これらは02(ゼロツー)03(ゼロスリー)を祖にして培養された組織片から生成されている。
 だがS機関が発生するように遺伝子改良を行ったところ、コアが発生してしまったのである。
 01(ゼロワン)がそうであるように、魂の収まっている機体にはコアがある。このコアは一種の自律稼働用の演算機であり、人工知能的な役割を果たしているのではないかと考えられていた。
 ──量産機は、独自に行動することがあるのだ。
 ただしそれが、パイロットの無意識下での判断に応じているだけなのかどうか? 詳しく区別は付けられていない。
 それでもパイロットが気を失った後も、自動的に自己防衛行為を行う様を確認されていれば、誰しもが恐れるのも無理はなかった。
 エヴァとはそういうものだ……ですませられる神経を持っているのは、およそ本部の人間だけなのである。
「ちゃんと始末書は出すようにね」
「はぁい」
 いい加減な返事に、さっさと行けと手を振って追い出す。
「で、ミサトは?」
「ブリーフィングルームです」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。