ちょっと来てと呼ばれたマユミは、まずなにか失敗しただろうかと、ここのところの自分の行動を振り返ってみた。
 思い当たるのは地下書庫整理での盗み読みであるが、マナと書庫整理との間に関係があるとは思えない。
 呼び出された先は格納庫そばの一室だった。
 ここは退屈している人間がおしゃべりのために集まる場所であり、場合によってはブリーフィングルームとしても活用される部屋であった。
 マユミが「え?」と驚いたのは、そこに以前の仲間……トライデント班が一同そろっていたためである。
 ついでに、アスカとレイ、それにシンジとカヲルまで混ざっていた。
「これで全員だね」
 カヲルがやれやれと前髪をかき上げた。
「悪いね。でもこういうことは当人抜きで話し合うものじゃないだろう?」
 反論したのはアスカだった。
「そりゃ後から聞かされるよりはいいだろうけどさ、でもやっぱりどうかと思うわよ? あたしは」
 なんのことだろうかと首をかしげるマユミを、マナは一応の監督者であるシンジの隣に座らせた。
 狭い部屋に四十人近い人間が集っていた。壁際から中心を向いて、雑多にパイプ椅子を並べて腰掛けている。適度な間隔で長机があり、それらもまた椅子として使われていた。
 マユミが着くよう指示されたのは、輪のもっとも内側になる列だった。
「マユミ」
 アスカの声に、マユミははいっと背筋をしゃっきりとさせた。
「あんたはどうなの?」
「アスカ……」
 レイがいさめる。
「意味伝わってないよ」
 まったく、と、めんどくさい、を等分に混ぜ合わせて、アスカは丁寧に訊ねなおした。
「マユミもいい加減わかってると思うけど……ナンバーズって、やっぱり特別視されがちなのよね」
 ナンバーズという表現がすでに廃れているものであったから、マユミは能力発現者のことだと理解するまでに多少の時間を必要とした。
「はぁ」
 だから、生返事をした。
「えっと……それが」
「だからね、特別扱いをしてないで、あんたを元の所属……整備班に戻せって言うのよ」
 マユミが思ったことは、「はぁ?」だった。
「え? え? でも」
 誰が?
「あたしは今の書庫整理の方が、あんたにはあってると思うんだけど……」
「僕もだよ」
 カヲルである。
「トライデント運用班は、戦闘部署に区分されているからね。時には血なまぐさい経験をさせられることになる」
「わざわざマユミにそんな経験をさせることないじゃない」
 一応と断りを入れたのはマナだった。
「別に戻ってきてほしくないわけじゃないんだけど、マユミには合ってなかったと思うのよね、トライデント班って」
 レイがねぇっと質問を発した。
「マユミちゃんに戻ってほしい人、手を挙げて」
 三分の二が手を挙げた。
「この中で彼女のいない人ー」
 ぽかりとアスカの手が頭をこづいた。
「やめなさい」
「……ほぼ全員か」
 反射的に上げかけた連中ににやりと笑う。
「マユミちゃん大人気だ」
 え、え、えっと、赤くなってうろたえるだけのマユミであった。
「この際、トライデント班のモテない度はおいとくとして」
「だったらなんで聞いたのよ」
「ただの暇つぶし」
「あんたねぇ」
 これ以上おちゃらけると本気でどつかれるな……とでも思ったのか、レイはまじめな調子に切り替えることにした。
「能力者って言うのは便利なものでしょ? だからって言うことを聞かせようってする大人って多いの。それがお父さんとかお母さんだったら騎士団の目も届かないでしょ? 口出しもできないしね……だから正式な公的機関として、人権擁護団体みたいなのが設立されてるの、今回はそこからの横やりで……」
「トライデント班から赤木博士の研究室へ、そして今度の書庫整理係への移動は、本人の意志を無視した行為だ……として、正式な抗議文が送られてきたんだよ」
 僕の元にねとカヲルは明かした。
「こういうことは、本当は監督として付いているシンジ君に話が行くのが筋なんだけどね」
 どこかおもしろがっている風であり、それがアスカには癇に障ったのか、険のある調子でつっかかった。
「あんた、理由わかってんの?」
「もちろんさ」
 肩をすくめる。やれやれと笑いながらため息をこぼした。
「山岸さんは普通じゃない『入国』の仕方をしている。シンジ君ではなく『碇さん』に話を通すのが筋だけど……と、どちらが特別視をしているんだか」
 静かだねと、シンジを話題に取り込んだ。
「なにを考えてるんだい?」
「面倒だなってあきれてるだけだよ」
 嘆息する。
「どこに所属してなにをするかなんて山岸さんの勝手だろ? なんで僕たちが話し合わなきゃいけないのさ?」
「彼らの心理分析によれば、山岸さんは自分では意見を口にできない、精神薄弱者だということだよ。反抗心が薄くて弱いから、現状を受け入れがたく感じていても、唯々諾々と僕たちの言葉に従っている……んだそうだよ」
 カヲルは前屈みになってマユミを見つめた。
「そうなのかい?」
「え……」
「君は本当に弱い子なのかな」
 マユミはちょっとだけうなだれた。
 そんな風に見えているのだろうかと落ち込んでしまったからだ。救ったのはシンジだった。
「……そんな風に臆病だったら、仕事をさぼって本を読んだりなんかしないよ」
 だろう? ……そんな具合に振られても、それはそれで恥ずかしくなるだけである。
 今度は小さくなってしまったマユミに苦笑して、場は少しだけ和んでしまった。
「結局、マユミの意思次第なのよね」
 アスカはみなに対して、それでかまわないなと目で確認を取った。
「マユミ……」
「え、あ、はい」
 ほんとに大丈夫かなぁと皆の目が心配するものになる。
「あんたの取れる道はけっこうあるけど……どうする?」
「どう……って」
 とりあえず……と、思いつく順番に上げていく。
「今の書庫整理を続けるって道がひとつね。後は整備班に戻るか……リツコ、赤木博士に協力してもらって、エヴァが使えるようになるまで努力するか」
「…………」
「他には……そうね、いったんネルフから離れてみるってのも良いかもね」
「離れる?」
 ちょっとアスカと、マナから非難の声があがった。
「それってまずいんじゃない?」
「どうして?」
 カヲルとシンジに目を向ける。
 二人とも、特に問題視していないようであった。
「マユミは市民登録を受けてるだけで、ナンバーズ登録を受けて所属してる人間じゃないんだから、そこんとこは自由じゃない」
「でも……」
「ネルフの所属っていうかさ、もともと整備班への所属だって、生活費の問題があったからなんだし」
 マユミと訊ねる。
「貯金、ある? お金貯まってる?」
「あ、はい……少しは」
「じゃあなんとかなるでしょ……住むところも食べるものにも困らないんだし」
「え……」
「別に追い出しゃしないわよ」
 ぱたぱたと手を振る。
「ただねぇ……マユミの主体性のなさって、どっか猫に似てんのよね。それが気になってるの」
「猫?」
「そ、猫」
 どういうことだろうかという雰囲気に引き込む。
「猫ってさ、知らない場所に連れて行くと、おびえてその場から動かないのよね。でもって、少しずつ場所を移動して確かめていくわけ、行って良い場所か、安全かどうかって」
 なるほどとぽんと手を打ち、カヲルは言った。
「山岸さんでなくても、こんな街に連れ込まれてしまったら、どんな人間だってとまどってしまうのは当たり前だね」
「そういうことよ……主体性の問題じゃなくて、どう振る舞っていいのかっていうとまどいの問題だと思うわけよ。でもマユミもいい加減この街の生活に慣れてきたみたいだしね。だったらしてみたいこととか、やってみたいことなんかも、ちょっとは出てきてるんじゃないかって気がするし」
 突き放すようだがとさらに続ける。
「あたし……一つだけ気になってたことがあるのよね」
 なによとマナが先を促す。
「マユミってさ……」
 ごくりと皆、つばを飲んだ。
「なんだか特殊な人間ばっかりに囲まれてない?」
 普通の知り合いや普通の友達を増やすべきではないのかという意見に対して、みなに見つめられたシンジ、カヲル、レイとマナは、どういう意味だと頬をふくらませて見せたのであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。