「このっ!」
 レイは未来視を操る力を発展させて、量子を操ることをいつからか覚えた。
 その延長で、もっとも単純な使い方は、単に熱量を増大させることである。
 空中を火線が走り、幻の女へと駆け上る。そして爆発──。
 ひょいと避けた女の後を追うようにして、爆発は不自然な形を取り、曲がっていく。
 それでも、女を捉えることはできない。
「このっ、このぉ!」
 自棄になったレイは、女を追って宙を舞いつつ、第三眼を発動させた。
 未来予測を利用する。その上で、第三眼から火線を発信する。
 導火線が見えるということは、避けやすいと言うことではあるが、それでも火が襲いかかって来るという光景は、普通は足がすくむ恐怖を覚える物である。
 ──だが、この場合、恐怖を覚えているのは女ではなく、少女であった。
「ひっ、はっ!」
 炎が滝となって降り落ちてくる。
 肉だるまと化している少女には避ける術がない。身じろぎすることがやっとである。
 さらには爆発である。余波は山の一角を削り取る。
 爆発の度に赤子の体が宙を舞う。落ちる。悲鳴が上がる。
 消し炭となり、赤くくすぶり、煙を上げる。
 鼻腔をつく臭い。吐き気を催す光景。
 少女は涙を流しながら、恐怖しながら……だが、どこかで幸せを感じていた。
 こんな光景は、嘘のはずだから……。
 消えてしまえば……きっと良いと。


 ──金切り声を上げそうになる。
「どういう状況なのよ……」
 アスカは親指の爪をかんでこらえた。
 シンジとレイが先行したのは確認している。そして二人のシグナルが消えた。
 消失した地点は深い闇に包まれている。昼日中にあって暗いのだ。もう十数時間が経過して、いまだなんの進展もみられないでいた。
 ──十数時間。
 シンジたちがわずか数分の出来事を体験している間に、外界ではそれだけの時間が過ぎ去っている。
 なにかあったのではと、アスカは口に出そうとしてしまった。だが、すんでの所で唇をかみ、耐えた。
 それだけ彼女のいるフロアは緊張に満ちていた。ここは市当局の保安維持を目的とした部署である。ほんの少しの言葉から、どのような不安が広がるものか、予測がつかない。
 ネルフへと戻る時間を惜しんだ彼女は、強引にこの部屋へと乗り込んだのであった、ここからならネルフとも連絡が取れると踏んだのである。
「騎士団が動いてくれてたのは助かったけど」
 実は、アスカが到着するよりも早くに、異常事態の発生しているワンブロックを、彼らが完全に封鎖していた。
「早すぎない?」
 当然の疑問ではあったが、これに答えられる者はいない。
 実を言えば、トップとの会談以降、シンジは彼らに監視されていた。もっとも、双方暗黙の了解の上での行為であった。


 シンジは、騎士団の働きには、さほど期待していなかった。
「ふっ、はぁ!」
 剣ばかりではない。シンジの光弾をまねて、武者剣士は刀身を輝かせ、その光を閃光としてほとばしらせた。
 シンジはその場で飛び上がり、つま先の真下を平行に光が通り過ぎるのを見た。
 落ちるように地に降りて、そのまま転がり、なんとか剣士の左側に回り込む。
 もちろん、武者はシンジを捉えようと身をひねる。左足を引くようにして正面を回転させる。
 だが、体格にして軽量、小柄なシンジには追いつけない。もっともシンジも、盾を正面とすることになって、なまなかな攻撃では、ダメージを与えることができなくなってしまっていた。
(これじゃあ、ジリ貧だ)
 もともとシンジは、状況に合わせた戦い方を考え出せるほど器用ではない。
 だから、シンジは、ここだと思い切った場所で足を止め、真っ正面から武者に襲いかかるべく、駆け、地を蹴り、高く飛び上がったのだった。


「ああ、はぁ、ひはぁ!」
 気狂いの声を出して、少女は喜ぶ。
 もっと燃やせと、灰にして、消し去れと。
 同時に、炎の熱にあぶられて、恐怖する。
 死ぬ、死んでしまうと、泣き叫んで、逃げようともがく。
 その狭間で、彼女は自分を見失う、そんな境界線の最後の一線で、見てはならないものを見てしまった。
 毛細血管が破裂して、赤くなった彼女の瞳に、小さな赤ん坊の手のひらが映りこんだのである。
 いかなる偶然によるものか、白く小さく、とても綺麗な、丸い手が、ちゃい、ちゃいと、まるで彼女に存在を呼びかけるようにして動いていたのだ。
 赤ん坊の半身は醜く水ぶくれている。だが、彼女がわずかに首を右向けた坂の下には、その赤子の無事な腕だけが見えていた。
 ──ゴウ!
 その手が、レイの炎に包まれた。
 炎が過ぎ去ると、手の形をした消し炭が残されていた。……いや、消し炭のようであっても、それはやはり赤子の腕で、筋の隙間、奥には、赤い光がくすぶっていた。
 そして、ぼろりと炭化した表皮がはげると、白くゆがんだ骨が見えるのだ。
 びくん! っと、断末魔のけいれんがあって、そのけいれんに刺激されるように、彼女もまた、激しい身震いを起こしたのだった。
「あ……あっ、ああ」
 そして、彼女の、狂気に染まった瞳に正気が戻った。
「あああああ!」
 自分はっ、と、彼女は嘆いた。
 自分は、なにを思って、なにを願って、なにを考えたのか?
 幸せな未来、夢? だが、自分はと思う。
 たとえ、どんなに醜かったとしても、どんなに汚らしく、いやらしい存在であったとしても……この子供たちは、自分から生まれた、自分の子供たちではないのだろうか?
 ──その子の死を、願うとは!
 肉によって関節が埋まり、動かなくなっていた腕を、彼女は力任せに持ち上げた。
 そうして両腕を折り曲げて、自らの頬をつかみ、引っ張り下げた。
 爪を立てて顔を傷つける。
「あああああっ!」
 ──罪深い自分を。
 お許しくださいと、彼女は思うことができなかった。
 自身が願ったこと、その罪業に押しつぶされて、深い慟哭の縁にはまりこむことしかできなかった。
「うぉああああああっ!」
 洞窟の奥より吹き出す風のような雄叫びを上げて、彼女はうめいた。
 許してくださいと泣くことは、傲慢な行為に思えてしまって、彼女は、みすぼらしい自分の人間性に絶望した。
 その声は太く、大きく響き渡り、女を追いかけ回すことに夢中になっていたレイも、さすがに気がつき、動きを止めた。
「なにっ!? どうしたの」
 ほほほほほ、と、あざけるような哄笑が降る。
「なにがおかしいのよ!」
 叫ぶレイを見下ろして女は言った。
「なぜ、気づかないの?」
「なにがよ!」
 鼻で笑う。
「これが、あなたの、あなたたちの、未来だと」


 なにを言っているのだろう?
 レイは、表面上は聞き流しながらも、少しばかり気になった。
 にやりと笑って、女は問う。
「これは……」
 手を前に差し出し、手のひらの上に光を生む。
「願うもの」
「願う?」
「そう……願いが生む奇跡の光」
 軽く手首だけで放り上げる。
 光はどこまでも浮かんでいく。
「でも、幼い命は、納めることを知らない」
 はっとし、レイは足下を見た。
 数々の躯たち。
「じゃあ、あの子、え!?」
 想像が加速する。
 命は、精子と卵子が結合することによって発生する。だが、子を想像するということが、エヴァを刺激して、処女懐妊を可能としたのならどうだろうか?
 いや、発生の形態問題はともかくとして、生まれる命はどうなのだろうか?
 母胎の中で、胎児は夢を見ている。夢は情報の整理現象であるのだから、与えられる情報とは、すなわち母の思考であろう。
 無作為に伝えられる膨大な情報を、理論的に整理する方法はない。それができるのならば、人は夢を自在に演出してみることができる。
 胎児は、まるでとりとめがなく、そして突飛で、矛盾だらけの夢の世界で、どのような反応を示し、なおかつ、エヴァを発現させやすい性質を宿していたならば、それはどのような結末を導くのだろうか?

 ──パシン。

 音がして、レイは、「え?」と、いやな光景を見てしまった。
 女がいた。青い髪の女だ。それは悲劇の物語であった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。